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恩讐の彼方に(令和版)

菊池寛の名作「恩讐の彼方に」。

あまりにも有名ですが、簡単にあらすじを。

「了海は主人を殺し、犯罪を重ねながら、あまりの因業な生き方を捨て仏門に帰依し、その後大分の山国川の難所に洞門(トンネル)を掘ることで自分の罪深さに向き合い、被害者の冥福、贖罪を誓い、経を唱えながら岩肌にノミを振います。
そこに父の仇討ちに実之助が現れ了海を討とうとしますが、逃げもせず貫通した暁には討たれるという了海の言葉の前にいつしか一日も早く貫通すれば仇が討てると共にノミを振るうようになります。
そして了海が最初にノミを打ち込んで21年目についに貫通します。その時2人は…」

というものですね。実際は「禅海」和尚が30年かけて掘られた史実を菊池寛氏が小説にし、主人公を了海にし、彼が主人殺しや数々の悪行を背負った道のり、その後改心して念仏を唱えつつ21年間ノミをふるい、そのことに実之助がどういう思いになるか、がエンディングです。

さて今回少し重なったのはタイトル写真にある「桐島聡」氏と自称する人の件。

彼は70歳で犯行時は20歳頃ですから、私の少し上だし、事件のあったのは私が高校生の頃ですから報道された記憶もあります。
この桐島氏は50年の逃亡生活、ここに了海が重なるのです。了海和尚も自首したわけではなく、名を変えてひっそり洞門を掘っていたのですから。

桐島氏が偽名で逃亡しつつ過ごした50年、彼がどう過ごしたかはわかりませんが、最初は逃げること、見つからないことに一所懸命の数年だったと思います。その後は逃げ切れたという思いがありつつ、いつか見つかるのではという不安、恐怖感の日々があったでしょう。そしてその頃からは徐々に自分の関わった事件、被害者への思いが重なってきたのではないかと思います。
もちろん保険証や、銀行口座も作れなかったわけですし、さらに悪いことしたり、不審をいだかれてはいけないと、品行方正な孤独な日々を過ごしてもいたと思います。
この辺り了海と重なるのです。もちろん桐島氏がノミを岩肌に打ち込んで(ひたすら利他に生きた)いたのではなかったとは思いますが。

逃亡者が50年も、というのも驚きますが、彼がその間どういう生活をして、どう重荷と向き合う日々だったのか。亡くなった以上、これはノンフィクションでなく、力量のある作家に作品にしてもらいたいです。本来なら彼に聞き取りをしてという時間があれば良かったのですが、時遅し。

また桐島氏が主人公というのとは別に、被害者やその親族を主人公にした50年という作品も出来るでしょう。
後は事件を50年追いかけていた警察、警察官の日々。
事件を立件し、全国指名手配をかけた検察、検察官の50年。
少なくとも4つの主人公が生きた50年の小説が4編生まれると思うのです。

ではそういう作品を書ける作家は?
やはり一番に「髙村薫」氏が思い浮かびます。氏が「福澤彰之シリーズ」みたいな取り上げを桐島氏を中心として書かれたら令和の「恩讐の彼方に」骨太の作品になるのではないでしょうか。


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