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本やビデオで学ぶ人気バンド再結成術 ⑥エアロスミス「THE MAKING OF PUMP」

 ロック誕生以降、数多くのバンドが解散~再結成を行ってきているが、成功するためにはノウハウが必要。
 私も過去にロックバンドのマネージメントをし、数年後に再結成も担当、様々な問題・課題を解決・克服して幸いにも成功を手に入れた。
 その時に参考になったのは私がこれまでに見て・読んでいたビデオや書籍であった。
 ここではバンド再結成を担当する読者に向けて、私が有益だと感じた情報をお届けしたい。


この作品は・・・

 1973年にデビューしたエアロスミス。
ヒット曲にも恵まれ、KISS、クイーンと共に3大バンドとして70年代後半以降のロック界に君臨したが、1979年、Vo.のスティーブン・タイラーと人気を二分するギタリストのジョー・ペリーが脱退。バンドは低迷期となる。
 1986年、ラップグループRun-D.M.Cが「ウォーク・ディス・ウェイ」をカバーし大ヒットしたのをきっかけに再びエアロスミスにスポットライトが当ようになる。
 翌年、オリジナルメンバーで再始動、脱ドラッグをし、健康的な生活を手に入れたメンバーは1989年、10枚目のアルバムとなる「PUMP」をリリース。全世界で1100万枚を超えるセールスを記録。
 本作品はこの大ヒットアルバムのレコーディング・ドキュメント作品で、スタジオでの映像とメンバーのインタビューで構成されている。

このビデオから学ぶべきポイントは・・・

 「あなたがイメージするエアロスミスのヴォーカル スティーブン・タイラーの印象は?」と聞かれたらどう答えるであろう?
 私はこのビデオを観るまで彼を”マイクスタンドにスカーフを巻き、ステージを縦横無尽に歌う口の大きいヴォーカリスト”だと思っていた。
 それ以上でも以下でもなかった。ただバンドのヴォーカリストという印象だ。
 しかし、このビデオを観るとその印象は一変する。
 スタジオ内でメンバーが円座に向かい合い曲を煮詰めている時、彼はキーボードを弾きながらアレンジの指示を出してゆくソングライターや、サウンド・プロデューサーのような立ち位置なのであった。
 あの大ヒットアルバムが誕生する過程を克明に記録し、メンバーへのインタビューでより具体的にさせてゆくこの手法はこの後、数多くのアーティストが参考にした手法である。
 エアロスミスは解散こそしていなかったが、ジョー・ペリー脱退後、ほぼバンドとしての活動は機能していなかった。
 そこにたまたまRun-D.M.Cのカバーがヒット、オリジナルメンバーでの活動再開と繋がったので、ほぼ再結成のような状態だった。

 もし、あなたがアーティストの再結成を担当する人間だとすれば、このビデオをとても興味深く観ることができると思う。
なぜなら彼らは人気と共にドラッグに溺れ、自身ではコントロールのできないところまで突き進んでしまい、どん底へ。
やがて失ったものが何かを気づき、またそこに戻ってきた人間達であるからだ。

 さすがに日本ではドラッグで身を持ち崩す可能性は少ないが、アーティストの人気が上がれば上がるほど集まってくる取り巻きも増え、デビュー当時には思ってもいなかった”不満”や”欲”が湧いてきて、どうしようもなくなってしまうことがあるだろう。
そこからはエアロスミスと同じだ。失ったものに気づき、再びメンバーが集まることがあるのだ。
 メンバーが再び集まった時、以前と明らかに違う点が出てくる。それは、目には見えない”ある種の限界点”を感じて、それを回避しようとする能力である。
 以前であれば相手の中に土足で踏み込んででも自分の意思を貫いたかもしれないが、今はお互いを尊重してバランスを取ることができるようになる。
 そうすることによって、お互いの引き出しからアイディアを出し合うことが可能になり、より深いレベルでの話し合いをすることができ、結果として手応えのある楽曲が生まれるようになる。
 このビデオを観て感じることは、曲の断片を相手に示すことがきっかけで、そこからもう1段階深い階層に曲が昇華しているということだ。
 このアプローチができるようになったので、本アルバムは1曲ごとのアレンジというより、曲間の繋ぎ方などを含めたアルバム全体を通しての作品という印象になる。
 それはギターやドラムといった楽器よりも、スティーブン・タイラーが奏でるシンセによる味付けが乗ることで大きく印象が変わることがビデオを観ているとわかるだろう。
 また、スティーブンのキャラクターも重要な鍵となっている。メンバーを褒め、なだめ、時とて厳しくあたる彼はバンド全体を追う牧羊犬のように思った方向にメンバーを導くために七色の言葉を使って会話している点に注目してほしい。 
こうしたアプローチはきっと自分が担当するアーティストでも有効な方法になるはずだ。

ベースとなる知識

 読者にレコーディング経験があるならこのビデオを観ただけでメンバー達がどんな作業をしているのかわかるだろうが、レコーディング経験のない方のために説明しておこう。
 「レコード」=(記録)という文字の通り、音をテープに記録することがレコーディングだ。
 しかし、ただ演奏すれば良いのではなく、どんなアレンジで、どんな音で記録するのか?を突き詰める作業となる。
 エジソンが蓄音機を発明した頃は録音のやり直しはできなかったが、磁気テープに音を記録していたエアロスミス達は何度でも録音のやり直しができるので、一番いいテイクを録音することがレコーディングとなる。
 一人が思いついた曲の断片をメンバーに聞かせ、イメージを広げてゆくことで1曲になるという手法で本アルバムは作られているので、レコーディングはメンバーが集まり、話し合いを進めイメージを広げながらアレンジを決め、アイディアが固まったらすぐに録音できるよう、レコーディング・スタジオで作業されている。
 まず最初に必要となるのは、一番広いスペースが必要で、曲全体のベースとなるドラムを録音することで、同時にベースやギターと演奏し曲のビート感を統一させることが多い。
 次にエレキギターやシンセサイザーの音を重ねてゆき、最後に歌とコーラスを録音すると全ての音の録音が完了。
 次は録音した全ての音のバランスを取り、エコーを足すなど化粧的要素を足すと1曲完成となる。

このビデオからわかること

 このレコーディング風景には音楽プロデューサーのブルース・フェアバーン氏が参加している。
 一般の人にはレコーディング作業の中でプロデューサーがどんな役目を負っているのか分かりにくいだろうが、ひと頃で言えば”お母さん”なのだろうか?
 メンバー同士の兄弟喧嘩をいさめ、メンバーという”子供”を励まし、嫌がる時には背中を押す、そんな役目をバンドに対して行い、良いテイクを残させるのが彼の仕事だ。
 このアルバムは演奏だけではなく、エレベーターガールの声や、飲み屋のような喧騒など『曲のイメージを膨らませる音』が含まれている、そうした細かいアイディアを散りばめることによって、アルバム全体を一つに仕上げたのはプロデューサーの手腕だったと思う。
 では、なぜエアロスミスのレコーディングには音楽プロデューサーが必要だったのだろうか? 日本とは違い、アメリカではアーティストの意思が第一優先だ。バンドがやりたいようにすることができる中で、ブルース・フェアバーンを招いたのは誰の判断だろう?
 きっとそれはバンド側が欲したのだと思う。客観的に良いテイクを取るためのアプローチを知っている人間に参加して欲しかったのだろう。その判断は、十分キャリアを詰んでいる彼らからすると不必要にも思えるが、それほどバンドとして底辺まで落ちてしまったエアロスミスはこのアルバムをヒットさせることに必死だったのだということだと思う。
 レコーディング中、ドラムのプレイをめぐってメンバー同士で揉めるシーンもある。このギクシャクとした様子をそのまま収めて世に出すエアロスミスもすごいが、映っている場面はかなりシリアスで、こんなレコーディング現場もなかなかお目にかかれない。
 注目すべきは気分を害したドラムのジョーイ・クレイマーが再びドラムに座り、プレイし直す時の表情だ。
 
誰にも文句を言わせないような気迫のこもったプレイを見せる。このプレイが引き出せたのはあのギクシャクなのだろう。
こうして考えると、これほどまでにピリついたレコーディングを経てあの名盤が生まれたということである。
 笑顔の絶えない現場も大事だが、お互いが高みを目指しギリギリまで磨き上げていくという事も時に大事であると思わせてくれた。
 このビデオの中に映るスタジオ風景は1990年代に音楽関係の仕事をしている人間であれば懐かしい機材だらけで、現在のPCを使ったレコーディング世代の人間からすると見たこともない大きな機材だらけだろう。
 ギタリストの背後には何台ものアンプヘッドが並んでいるが、今の時代、PCを使ったレコーディングだったら1台も必要ないのだから進化は恐ろしい。
 後半、レコード会社の偉いさん(長髪ひげメガネで、とても大きな会社の偉い人には見えない)がアルバムの上がった曲を聞きに来るが、こんなルックスの人が偉いさんなのはさすがアメリカと言わざるを得ない。(彼も新曲の出来に満足しているのでビデオに収録されたのだろうが・・・)
 結果として大ヒットしたこのアルバムから何曲かのシングルカットも出て大成功を収めたのだが、それは結果であって、録音している最中はどれほどの人気になるのか? 何枚売れるのか?全く予想できない中でメンバー達はもがきながら作業を進めているのだ。
 後から評価されるメロディラインや印象的なイントロも、作っている最中は褒められることも、メンバー以外の反応もないまま、自分達だけを信じて積み上げているのである。その事を意識してビデオをみると、遊んでいるような、楽しそうな彼らの演奏シーンの裏側には”不安”と”葛藤”が入り混じりながらも自分達が信じた出口に向かって突き進んでいるということがわかるだろう。
 ただ、その不安や葛藤をファンがメンバーと同じように感じる必要もないし、メンバーがその気持ちを話す必要もない。
ただ、こうしてアルバムが作られたんだという事を伝えたくてエアロスミスはこのビデオを発表したのだと思う。
 このようなビッグセールスを記録したアルバムのレコーディングドキュメント映像はかなり珍しく、アルバム全体がどのようにして作られたのかがわかる貴重な作品なので、ぜひ鑑賞する事をお勧めする。

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