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やさしさラボ “コト起こし”実践7

これは、「やさしさラボ」の最終課題”コトを起こす”に関するメモです。
”コトを起こす”=やさしさの使い方の実験
ここでの定義は、
①自分と自分にとっての「むこうがわ」との間で
②自分にとって「やさしさとは何か」に近づく/を深める、あるいは「やさしさの使いかた」を表現する
③何らかの「コト」(アクション、できごと)を起こすこと

私の”コト”は、
自分と関わりがある人と「やさしさ×〇〇」で対話をする

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山口先生 45歳 女性
関係性:中学の時の部活の先生(剣道部)
プロフィール:中学生1年生の時の隣のクラスの先生であり、部活の顧問でもあった。基本的に温厚ではあるけど、部活の時はちょっと怖かった。褒める時も怒る時も「あんたはねぇ!」って言う。頑張ったり良いところも「あんたのねぇ!良いところはねぇ、〇〇なのよ!大事にしなさい!」って直球でいってくれるのが嬉しくて頑張ったこともあったなぁ・・・

対談音声ファイル​↓


Q.教育の現場でやさしいなもしくは優しくないなと思ったエピソードを教えてください。

山口先生「エピソードっていうか、昔先生達と話し合った事があって。ちょっとやんちゃな子が違う部屋で授業に出ないでいて。そこにいると落ち着くってその子は言って。その子を教室に戻す戻さないとかそういう話なんだけどさ。怒ってでもいろいろ話を聞いて教室に戻れるならば、その子は戻れる子だから。甘えてそっちに居させてもらえるならば遊んでる感じの子だったわけ。戻せば全然戻れる感じの子なのにめんどくさいし勉強したくないからってそこの部屋にいりびたってたの。それをうちらは注意して教室に戻そうと思ったけど、向こうの労務主事さんみたいな人は「ここに居たいなら居させてやればいいんだ。」って言って。それで話し合って。我々は悩みは聞いて、教室に戻して、少しでも勉強する環境を整えてあげるとかさ。その方がいいんじゃないかって言ったら、労務主事さんはそれが嫌だからここにいるんだから、なんでそれを戻さなきゃいけないんだって言ったわけよ。労務主事さんはそっちの優しさで、我々は厳しいようだけど、いろいろ話を聞きながら教室に入れる環境を整えたり、相談事聞いたり、そこでやりたい放題遊んでたから「それじゃだめじゃないの?」って。教室に戻すっていう目的があって、厳しくする先生もいれば、どうしたの?って話を聞く先生もいて、チームで動くわけじゃん。ある先生が厳しく言ったら私が優しくしたり、たまには私が厳しく言うから後はフォローよろしくねとかね。そういうのは教育の現場では仕方ないかなって思うから。でも、それは「子供に対してやる事じゃない」って言ったの。未来がある子供だからそれは違うんだっていう話になったのね。年寄りのようにこの先こうなって欲しいと思わないんだったらそれでいいんだけど、未来があるんだったら、将来のことを考えたら、そこで遊ばせとくんじゃなくて、話をしたり、厳しくしたりして、将来のことを考えてあげるのが必要なんじゃないかって。まだ、社会の事も世間の事もわからない子供達に対してする事じゃないみたいな。年寄りのわがままはこれまでの人生を含んだもので、今はわがままを言う時って思ってのわがままだから、聞いてあげようって思うけど。その子にとってはこれからなんだからそういういろんなことを教えてあげるっていう意味と将来の事を考えたら何がいいかっていう。でも、私が歳とって思ったのは、厳しい事をいうのも話を聞くのも直接的な優しさじゃん。そうじゃなくて、間接的っていうか、別の子で何も言わなくても「あの時一緒いてくれて良かった」って言ってくれる子が結構いたの。時間が経ってからそう言ってもらって「あ、役に立ってたんだ」って思ったの。自分の役に立ってない部分だって思ってから。」

私「先生っていう存在ってめちゃくちゃ優しい存在ですよね・・・」

山口先生「やさしいかぁ・・・」

私「あ、次の質問に行きます。」

Q.やさしいってなんだと思いますか?

山口先生「やさしいって自分に”したごごろ”があったら、それは裏表があるっていうか、駆け引きだから、本来の優しさの意味とは違うと思うの。それは優しさじゃなくて自分の欲っていうか。私もちょっと前まではそういう優しさだったの。こんなにやってあげたのにって。でも最近ではそれがなくなってきて。これが私の役目だと思ってやってる事なの。仕事としてやってる部分もあるじゃない?教員って。教室でみんなと見てる厳しさと優しさ?一人一人と向き合うと優しくなりすぎちゃって。その子の人生を考えちゃって結果的には一人一人を考えちゃうんだよね。厳しい言葉を言ってもその中に優しさが隠れてる時があって。それは、その人生を思った時に言わなきゃと思って言ったことなんだけど。それが優しさだとは思ってないじゃない。言わなきゃっていう考えからきてるものなんだけど、それがわかってくれるかわかってくれないかはわからないけど、それは一人間として言ってる部分と先生として言ってる部分とあると思うの。だけど最終的に先生として言わなきゃいけない事ってありきたりだから。
やさしさって、その場では分からなくて相手の受け取り方でやさしさかどうかが決まるんじゃないかな。」

Q.今回のこの話をどれくらい未来の自分に送りたいですか?

山口先生「1ヶ月後ぐらい!もっと短いかもしれない!」

私「なんでですか!?」

山口先生「いつも怒っちゃう私がいるから。『もう!やってあげてるのに!』って言ってて。周りからはこんなに優しくしてるのにねって言われるけど、本人にとっては分からないじゃない。でも、優しくしてくれてありがとうって思ってくれたら本望だけど。自分が優しいことをしてあげてるって思いたくないから、その戒めのために。『優しいって言うのは、相手が思うものであって、自分が自分が優しくしてあげてるっていうのは思っちゃだめなんだよ。』って言うのを思い出したいね。」


私の感想
 先生が考えながら絞り出して話してくれているのが伝わってきて、とても嬉しかったです。
 先生の”相手がどう思うかが、やさしさかどうかを決める”という考え方はこれまでになかったのでそういう視点もあるのかと驚きました。

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