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俺たちは樋口円香に共感する

沼の中にいる。
沼の名をシャニマスという。

0.

『noctchill』というユニットは、ジュブナイルを根幹に据えたユニットである。
この場合のジュブナイルとは今風でいえばエモい、もう少しいえば青年期への懐古。
過去に未練がない人なんていない。それが未熟だった頃であればなおさらだ。
俺たちは『noctchill』が魅せる特有の”青さ”に、懐かしさと、同調と、後悔と、自嘲と、羞恥と、それらがない交ぜになったもので感情を揺さぶられる。
そのメンバーの樋口円香は、「挫折」という誰しもがする経験に、行動原理を縛られている。その姿にまた、俺たちは感情を揺さぶられてしまうのだ。

1.

多くの人の樋口円香の第一印象は、毒舌という部分じゃないだろうか。朝コミュの全然楽しく話せていないパーフェクトコミュニケーションや感謝祭の嫌です→でも来るの流れはプレイヤーに強烈な印象を与える。

よし、楽しく話せたな!(固有結界)

公式プロフィールに『クールでシニカルな高校2年生』とあるように斜に構えた意見や言動を取ることが多いが、この年齢の「シニカル」なんて端々に未熟さがにじむもので、そこに”青さ”を感じる度、俺たちは痛みと少しばかりの気恥ずかしさで内を引っかかれるような心持ちになる。
『笑っておけばなんとかなる。アイドルって楽な商売』は共通コミュに登場するセリフで、シニカルと”青さ”とが表現された彼女を象徴するセリフといえるだろう。
俺たちはそれなりに年を食っているから、業務で笑っていなくてはならない大変さもそれでお金をもらう難しさもわかってしまう。逆立ちしたってこんなことはいえやしない。未熟さを持つ彼女だからこそ言えるセリフなのだ。俺たちに言えるのは、今の彼女の言動のいくつかはいつになるかわからないが数年後、数十年後にふと思い出されて頭を抱えて悶え苦しむことになる、ということくらいだろうか。覚悟しろ若人。

プロデューサーに対しての冷たい態度は変わらないが、WING編の終盤、樋口円香のもう一つの内面が明らかになってくる。

何かに本気で取り組むことの恐怖を、俺たちは知っている。
当たって砕けろなんて軽く掛けられる言葉だが、必死にやって砕けてしまった後は、どうすればいいのだろうか。本気であればあるほど自分の限界を突きつけられて、未来まで摘み取られるみたいに、今まで歩いていた道の先が急に見えなくなる。
もう一度立ち上がって同じ道を歩き続ければ、運が良ければ結果が返ってくることも知っている。けれど、それまで何度同じ苦しみがあっても立ち上がれなんて、その苦しみと喪失感を知っている俺たちは残酷な言葉を掛けられるだろうか。
俺たち、いや、私は、本気でいることを諦めた、少し大人な言葉で言い換えれば、現実を知った側の人間だ。自分のリソースを把握した上でセーブして、結果にも期待しない。そうしていれば、砕けてしまった時の被害を最小限にできるから。この常に予防線を張り続ける生き方は樋口円香に通ずるところがあって、だからこそ彼女が陥ったがんじがらめの状況に、ひどく胸が締め付けられた。
彼女と私で決定的に異なるのは、その斜に構えた言動とは裏腹に、とても誠実で真面目であるという点だろう。誠実ゆえに周囲からの期待を裏切ることができず、本気で取り組むことを強いられ、その本気を何度も何度も試される。いつか来る挫折の恐怖に怯えながら、何度も何度も。
こうしてみると、彼女にとってプロデューサーはなんて残酷な存在なんだろう。アイドルという道に引きずり込んだ張本人であり、期待を背負いたくない彼女に期待をもっとも寄せる存在で、努力が実った際には素直に喜びを表現できない彼女に代わって、ひょっとしたら本人よりも喜んでくれる。
予防線を張り続ける生き方には、感情の起伏が薄くなる副作用がある。彼女はプロデューサーや業界に関わる人たちをエネルギッシュと評したが、この副作用を抱える彼女には、嬉しい時に嬉しいと表に出せて、泣きたい時に泣けるプロデューサーが眩しく映っていたことだろう。

その眩しさに、少しだけ目を細める。

作中では語られていないが、樋口円香の行動原理には、過去の大きな挫折が伺える。初のユニットイベントで明らかになった浅倉透への強烈な対抗心が関係していそうというのが俺たちの妄想するところだが、まだまだコミュが少なく掘り下げの足りないノクチルに限っていえば、どう転ぶかとても読み切れない。作中で語られること自体ないかもしれないし、その前に、より大きな挫折に彼女はぶつかるかもしれない。
それでも、彼女が再び挫折に屈することはないだろうというのは、きっと、俺たちの妄想じゃない。樋口円香に輝きを見出したプロデューサーが彼女に期待し続ける限り、円香は歩みを止めることができないからだ。

おめぇそんな感情もってたんかぁ!と多くのPが悟空化したとかしないとか

そんな日がきたら、透明に戻れるわけがない。鮮明に輝き続けるしかない。汚い大人ですねぇ…。

俺たちは樋口円香に共感する。


要領良く平坦に生きる道を封じられ、摩耗しながら輝く姿は、息が詰まるくらいにいじらしい。


俺たちは、樋口円香という、がんじがらめのアイドルに共感する。

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