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「恐竜か!」

高校時代はまさか自分が芸人になるとは思ってもいなかった。漠然と、アナウンサーかテレビマンになりたかった。しかし青春真っ只中の3年間を過ごした野球部では芸人の基礎である「いじられる」ことが身に沁みついたため、私が芸人になったことは必然、とは言い切れないが、あの3年間も無駄ではなかったのではないかと都合よく思い返すことができる。私がいじられることによって生まれた笑顔、頭を丸めて心を尖らせていたチームメイトたちの笑顔は、乾ききった野球部ライフに降り注ぐ一雫の雨粒のように、彼らの日々に潤いを与えていたのだろうと、これまた都合よく考えられなくもない。都合というものは良いに越したことはない。事実、野球部の中には、練習が中止になり早く帰れるからという理由で雨天を望む者は少なくなかった。野球部には潤いが必要なのだ。恵みの雨とは、このことである。

今思えば、監督や先輩方からのそれは、愛のあるいじりだった。顔がでかい、足が遅い、汗かき過ぎ、といったわかりやすいものから「歩き方が親父に似ている」といった別角度のものもあった。最初は決して気持ち良くはない「いじられ」だが、それによって周りが笑ってくれたり和やかな雰囲気になったりするのならまあいいか、と思えるようになったのはこのような高校時代の経験に起因していよう。

恐竜事件。それは事件と銘打つのは憚られるほど些細な出来事なのだが。ともかく恐竜事件が、野球部時代のチームメイトたちと話していると話題に挙がることが多い。

高校時代、私は野球部でキャッチャーをやっていた。野球の守備練習つまりノックにおいては、最後にキャッチャーフライを捕ってノック終了というのが暗黙の了解になっていたのだが、恐竜事件はそのキャッチャーフライのタイミングで起こった。

ある夏の日の練習。いつも通りノックが始まり、外野、内野の順に進行する。ノックを受け終えたチームメイトたちは塁線上に一列に並び、その後の成り行きを「ナイスプレイ!」「もう一本!」などの声をかけながら見守る。
皆が塁線上に並んだ後、私の出番、キャッチャーフライが始まる。私がキャッチャーフライを受けるとき、チームはいつにも増して一丸となる。なぜか。それは私がキャッチャーフライを受けるとき、もはや定番となっていた『鉄板のくだり』でチーム全員が私をいじることができるからだ。連中はいじることが大好きなのだ。一丸となって、いじるのだ。

私が落球したら「そんなエラーじゃあ終われないからもう一本!」、捕球できたら「そんな簡単なフライじゃあ終われないからもう一本!」。つまり捕球しようがしまいが「もう一本!」が召喚され、それを私は喜んで受け入れるというくだり、噂の『鉄板のくだり』がそこにあった。これが毎回、ドカンとウケる。毎回やるもんだから「次はこうなるだろうと予想してその予想通りのことが起きて笑う」という、炎天下のグラウンドくらいあたたかすぎて暑すぎて実際熱中症で倒れるから塩をなめてアクエリアスの水割りを暴飲するチームメイトたちなのであった。彼らは私に「もう一本!」を言いたいがために、私の「喜んで!」を聞きたいがために、頭を丸めて塁線上にキレイに並んでいる。高校球児にはそのくらいしか楽しみがないのだ。心が乾いていることがよく分かる。

お待ちかねのキャッチャーフライ。監督は意気揚々とノックバットをブンブン丸。

「スカーン!!」
木製のノックバットで硬球を強く打つとスカーンという音がする。

高々と打ち上げられた打球はキャッチャーの守備範囲を大きく逸脱し、センター方向に飛んでいった。早い話がセンターフライだ。これはさすがに無理、無理なんだけどチームメイトは「いける!」「飛び込め!」と宣う。仕方なく、防具を着けた重たい四肢をえっさほいさと動かし、走り、飛び込む。案の定、定 of 案、数メートル先に落球。チームメイトたちはここぞとばかりに声高に宣う。

「もう一本!」

待ってましたと言わんばかりの大合唱。監督も続く。

「もう一本だ!」

だから、わかってるって。そもそも、今のはセンターフライ。ノッカーである監督のミスではなかろうか。しかし高校球児に反論の余地は与えられていない。言論の自由は入部時に剥奪され「はい!!」としか言えない体と化している。鈴木は自ら監督に「はい!!もう一本お願いします!」と申し込む。さっき飛び込んだ勢いで、頭につけていたヘルメットが外れていた。ホームベースまで走って戻りながらヘルメットを装着する。キャッチャーの定位置につき監督に「お願いします!」と言ったところで、監督の怒号が飛んだ。

「お前、恐竜か!」

全く、理解ができなかった。だって私は恐竜ではない。しかし脳で考えるより先に脊髄反射で反応する。

「はい!!」

恐竜になってしまった。監督がそう言うのだから、それは正しい。太古の昔に絶滅したとされる恐竜は、21世紀に再び現れた。栃木県立宇都宮高校のグラウンド、炎天下の下キャッチャーフライを受けていたその男は、人にあらず恐竜だったのである。もうじきNHKやBBCのヘリコプターがやってくるに違いない。速報!恐竜現る!父ちゃん母ちゃん、息子は恐竜だったよ。確かにティラノサウルスは頭部がでかい。だから顔がでかったのか。自身が恐竜であることが妙に腑に落ち始めたそのとき、監督は厳しい表情のまま、口を開いた。

「違うだろ!」

恐竜ではなかった。監督がそう言うのだから、それは正しい。NHKさんBBCさん、お帰りください。父ちゃん母ちゃん、息子は息子でした。またもや脊髄反射で声が出る。

「はい!!」

塁線上のチームメイト、ここでドッカンドッカン、拍手笑い。

「どっちだよww 意味わかんねえww」

まさにその通り。どっちだよ、意味わかんねえ、である。

「ヘルメットをかぶり直した鈴木が、恐竜に見えた。もちろん人間なんだけれども。刹那そこに恐竜を見た」

監督はそう伝えたかったらしい。種明かしをすると、私が被り直したヘルメットが前後逆になっていた、ただそれだけのことだった。キャッチャー用のヘルメットは後頭部を保護する部分に、キャッチャーマスクを引っ掛けやすくするために突起がついている。それを前後逆にし、突起を前に向けて被っていたのだ。その結果、鈴木は角を持つ恐竜トリケラトプスに見えたらしい。ティラノサウルスでも無いんかい。

この恐竜事件によって野球部史に残る大爆笑を掻っ攫った鈴木少年は、人を笑顔にすることの楽しさが忘れられなくなり、将来芸人になることを心に決めた、という都合のよいエピソードだったらいいのに、そうでもないから、現実ってのは都合が悪い。

都合をつけて来てほしいライブがこちら。同期ライブ。

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『どっきん!』26期ライブ【スーパー26期コレクション】
日時:7月14日(日)18:00~
会場:新宿バティオス
料金:前売1300円/当日1600円

同期の車海老のダンス根本が、ライブに来たくなるブログを書いてくれました。

先日、高校野球部時代のチームメイトがライブを観に来てくれた。ライブ後に一緒にご飯を食べていると、やはり高校時代の思い出話に行き着いた。当然、チームメイトの記憶には恐竜事件が深く刻まれているに違いない。

「やっぱり一番笑ったのは、説教してた監督のチャックが開いてたっていう、あの話だよな〜」

記憶というものは、各々にとって都合よく、アップデートされているのかもしれない。

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