「シャーロック・ホームズ最後の挨拶」(アーサー・コナン・ドイル著、深町眞理子訳、創元推理文庫刊)

 日本のシャーロキアンの間では底本と言ってもいいくらいの延原謙訳・新潮文庫版とは一線を画し、創元推理文庫が放つ新訳決定版である。

 本短編集は、ホームズ作品の中の4番目の短編集にあたり、ほかの3つの短編集とは異なり、先の短編集から漏れたものや断続的に書かれたものなどが収録されていて、その結果、執筆期間が四半世紀にわたるやや寄せ集め感のある短編集となっている。

 長編小説『恐怖の谷』ではアメリカのピンカートン探偵社が重要な役割を担っているが、本短編集の中に収録されている『赤い輪』にもピンカートン探偵社から派遣されてきた人物が登場する。ホームズ作品全体を通して、ピンカートン探偵社が登場する場面はあまり多くないと思うが、「腕利きの探偵を送り込んでくる会社」という位置づけでほぼ確定しているようでもある。

 本短編集の最後の作品『シャーロック・ホームズ最後の挨拶』は、典型的な推理モノ探偵モノの域を越え、インテリジェンス小説とも言える国家規模の潜入工作の話である。ホームズは齢を重ね、経験豊富な熟年スパイという雰囲気さえにじみ出ている。世界初の「諮問探偵」は、孤高のプロフェッショナルへと成長しているのである。

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