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ディスクレビュー:Dimmer『I Believe You Are A Star』

Dimmerが2001年にリリースした1stアルバム『I Believe You Are A Star』を聞きました。傑作です。『Kid A』に似た背景とモチベーションから始まって、違うところにたどり着いたアルバムかもしれません。日本語で書かれている文章がネットになかったから、聞いたついでにレビューを書いておきます。

そもそもDimmerとはどんなバンドか。それを説明するにはまずニュージーランドのダニーデンを中心としたインディペンデント・ロックシーンに触れる必要があります。これについては脇沙汰さんの書いた『「ダニーデン・サウンド」―NZインディーロック80年代から現在まで』という記事に簡潔にまとまっているので、以下に引用します。

ダニーデンニュージーランド(以下NZ)の南島の南側であるオタゴ地方に位置する町です。後述のダニーデンサウンド成立の契機となるNZ最古の大学であるオタゴ大学がある学生街でもあります。なぜ80年代初頭のこの町において独自の音楽のムーブメントが成立したのか。その要因は二つあったと思われます。まず一つはアメリカ・イギリスからの距離的な断絶です。70年代後半、当時の英米ではもはや従来のロックのメインストリームであった純粋なパンク・ロック固執することはなくなりニュー・ウェーブと呼ばれるムーブメントが勃興していた最中、遅ればせながらNZにパンク・ロックが上陸しました。しかしパンク・ロックがNZにおいて流行したのはオークランド(NZ最大の都市)周辺に限られていてオークランドから遠く離れたダニーデンの音楽シーンでパンク・ロックは流行ることはありませんでした。いわばダニーデンは二重の断絶にあったのです。そこでダニーデンパンク・ロックの代わりに流行ったのはThe Velevet UndergroundやThe stooges等のパンク・ロックよりもう一回り古いサイケ/ガレージ・ロックでした。ダニーデンサウンドを聞くときに思い浮かべられる60年代の面影はここに由来するものでしょう。こうしてメインストリームからの距離的な断絶があったことでニュー・ウェーブと同時的に再ガレージ/サイケ的な音楽を作り出すことができたわけです。そしてもう一つダニーデンサウンド成立の一端を担ったのが"カレッジ・ラジオ"の存在だと言えます。前述のオタゴ大学にて1984に開設された学生ラジオ局"Radio One"やクライストチャーチ(NZ南島の都市)で運営された学生ラジオ局は"The clean"や"The bats"等のダニーデン発のバンドの曲を挙って流しました。同時期にアメリカのカレッジ・ラジオがインディー・ロックシーンの発展に貢献したのと同様にNZのカレッジ・ラジオはダニーデンサウンドの人気を決定づけました。こうして距離の断絶、カレッジ・ラジオという二つの要因は偶然に一つの特異な音楽のシーンを作り上げたのです。

https://wakizata1115.hatenadiary.com/entry/2020/04/18/214702

このような経緯でダニーデンには独自のロックシーンが根付いていました。代表的なバンドとしてはThe Clean、The Bats、The Chillsなどが挙げられます。そして前述したバンドのレコードをリリースしていたのがインディペンデントレーベルのFlying Nun Recordsです。クライストチャーチのレコード店長Roger Shepherdがポストパンク音楽の急速な隆盛を受けて1981年に設立した同レーベルは、以後ダニーデン・サウンドの強力な擁護者となり、関連するリリースの中核を担っていきます。

ポストパンクの影響で生まれたシーンは短命に終わるのが常でしたが、英米でポストパンクの潮流が去った80年代後半になっても、ダニーデンのシーンは変化しつつ存続しました。その時代のダニーデンを代表するバンドの一つが1986年に結成されます。Straitjacket Fitsです。典型的なダニーデン・サウンドといえば時代錯誤のローファイ感と度を越したゆるさ、とっつきやすいメロディからなるガレージ・ギターポップという感じですが、Straitjacket Fitsはそうしたダニーデン・サウンドの「ゆるさ」を残しつつも新しいサウンドを作り上げています。強く歪んでいて、ときに緊張感の強い不協和なコードを奏でるノイジーなギターは同時代のUSオルタナティブロックに由来するものでしょうし、アルバム『Melt』(Flying Nun Recordsからのリリース)で顕著な強いリバーブのかかった音像はUKネオサイケ~ドリームポップへの接近を感じます。

上記の二曲を聞いてもらうとわかるのですが、ツインボーカルがこのバンドの大きな特徴です。甘く空間に溶けていくような歌い方のAndrew Broughと神経質にざらついた質感のShayne Carter。キャラクターの異なるボーカルが曲に表情を与え、甘いドリームポップもひねくれたオルタナティブロックもアルバムのなかでかけてはならないピースとして輝いています。

ツインボーカルが無二の魅力を放っていたStraitjacket Fitsだったのですが、91年にAndrew Broughが脱退。その後もShayne Carterを含む残ったメンバーで活動を続けていたのですが、94年にバンドは解散します。そしてStraitjacket Fitsの解散後、Carterが中心となって始めたバンドこそDimmerです。

Dimmerの初期のシングル『Crystalator』を見てみましょう。そこにあるのは永続するドローンとギターノイズ、催眠的なドラミングです。

Neu!の「Hero」からそこまで隔たっていない音だと思います。90年代に活躍したクラウトロックに影響を受けたポストロックバンドであるStereolabやFlying Saucer Attackとも重なるところのあるサウンドです。Carterは新しいバンドDimmerの方向性として完全なるアンチ・ロックを志向していましたが、このシングルはエクスペリメンタルなサウンドではあるとはいえ、ロックの要素が強く出ています。

様子が変わるのは次のシングル『Don't Make Me Buy Out Your Silence』においてです。

ドラムがドラムマシンに置き換わっています。つぶやくような調子の歌が入っているものの、ミックスにおける主役は明らかにファズのかかったベース。ギターは後ろに引っ込んでいます。楽器編成もミキシングもロックっぽくない。Carterはこの曲についてTrickyにインスパイアされたものだと語っています。Trickyといえばトリップホップの代表的なミュージシャンのひとり。Massive Attackとのコラボでも知られています。正直この時点ではトリップホップからの影響は「言われてみれば確かに」のレベルなんですが、ここから1stアルバムの『I Believe You Are A Star』に至って、トリップホップを含むロック以外の音楽からの影響が明確になります。

Carterは97年、前衛的なエレクトロニカの影響から、ロックを演奏するのをやめて、Pro Tools(代表的なオーディオ編集ソフト、DAW)による制作を始めたことを語っています。前衛的なエレクトロニカと言われてもなんのことやらという感じなので、実際にアルバムのなかでエレクトロニカの影響の強い曲を聞いてみましょう。『I Believe You Are A Star』より「Pendulum」です。

太いベース、バスドラムの四つ打ちと不明瞭な歌唱、なんかループしているグリッチしたサンプル。プチプチと爆ぜるようなノイズは細かくリズムを刻んでいます。このノイズは「クリックノイズ」と呼ばれるノイズです。マイクを接続したりスイッチをオンにするときに「ブツッ」って音が鳴りますね。あれです。一般的なレコーディングにおいては忌避されるものですが、エレクトロニカではそういう音をわざわざサンプリングして使います。

形式的にミニマルで展開の少ない曲ですが、だからこそ永遠に聞いていられるように錯覚します。リズムやボーカルだけでなく、うっすら響くパッドや遠くで鳴るギターの作るアンビエンス、1:20あたりから繰り返すロングディレイのかかったシンセのベルなんかもすべてよい。しかもリズムのはっきりした構造と口ずさみやすい歌があって十分にポップです。

好きな曲なので最初に紹介しましたが、「Pendulum」はアルバムのなかで比較的異色と呼べる雰囲気で、特にアルバム前半はエレクトロニカよりトリップホップからの影響のほうが色濃く出ています。

かなりトリップホップですね。バウンシーなブレイクビーツとくぐもったベースの暗い雰囲気。そしてダブの空間性。Trickyからの影響にも納得です。
ここまで聞いてわかるように、DimmerはStraitjacket Fitsのロックバンド然とした音とは全然ちがいます。ボーカルの歌い方からして違う。それについてはCarter自身「Straitjacket Fitsと違う音にする。そういうことをやりたくなくてバンドを解散したんだから」と言っているくらいで、ピストルズのあとのジョン・ライドンみたいなものですね。そういうアンチ・ロックのコンセプト、エレクトロニカやトリップホップへの傾倒が何年もかけて結実したのが『I Believe You Are A Star』というアルバムなんだなあという感じです。もちろん全然ロックと関係ないというわけではなく「All the Way to Her」にさしはさまれる鋭くノイジーなギターにはっとさせられる瞬間があり「Smoke」でアコースティックギターが奏でるあやしいコード進行に陶酔したりするわけで、ロックからの影響もそこかしこに感じられます。

全体的にはロックじゃない方向へ全力に走り出していったロックという感じです。それまでロックバンドとしてすばらしいものを積み上げていったからこその逆走、逸走。そういう意味では2000年にRadioheadというバンドが発表した『Kid A』にも近いものを感じました。あっちはAutechreからの影響を公言してましたが、Dimmerはなんでしょうね。OvalかSeefeelなのかな……。サウンド的にトリップホップやテクノ、ハウス由来の低域の押し出しの強さはあるんですが、楽曲の展開の仕方が繊細で派手なところがない。リバーブの使い方、空間の演出は絶品で音響派ポストロックといっちゃってもいいかもしれない。本当にすごいアルバムなので、さすがに本国ニュージーランドでは批評的に高い評価を得ていて有名みたいですね。よかった。

ニュージーランドのロックというと、度を越してゆるいギターポップみたいなのばっか聞いちゃうんですが、こういう極まった作りこみの作品もあって、すばらしいということでアルバムの紹介でした。サイケ、ポストパンク、ギターポップ好きな人にとっては、ダニーデンのシーンはいいバンドの宝庫だと思うので、気になる人は調べてみると面白いんじゃないかと思います。終わります。

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