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天使はコンビニの制服を着ていた。

天使の背中には、
必ずしも羽根があるとは限らない。
あの日の私の天使は
コンビニの制服を着ていた。
黒髪のナチュラルショートで、
ゆでたまごのようにつるりとした白肌を持つ
男子学生だった。

なにしろ心が逆毛を立てていた。
やけに気持ちがくさくさとして、
そればかりか少し捨て鉢にもなっていた。
仕事のこと、家族のこと、人とのこと。
心配事が幾つも重なって、
それぞれが違う深度で同時進行する。
いつでも悩みたちが私の内にひっかかっていて、
すべてのことに影を落としていた。
何もかもを投げ棄てて
逃亡したい。
そんな日は
明るい空さえ悲しく見える。
幻の天気雨がそこらじゅうに降り注いで、
私は見えない雨に濡れていたのだった。


身も心もすり減って
遠くのスーパーへ行くのも億劫になり、
私は近くのコンビニで
買い物を済ませることにした。
そんな日に限って、
買い物荷物は重い。
米(五キロ)も買わなければならなかった。
心まで地面にめり込むことだろう。
どうしてこんなに重たい想いを
しなければならないのだろうか。
つい買い物荷物に当たりたくもなる。
やり場のない感情が私の中で渦を巻いていた。

コンビニのレジでは
私ばかりがせわしなかった。
自動精算機で支払いを済ませ、
お釣りを受け取り、
袋詰めをしなければならない。
バーコードを読み取った店員さんは
台の下で手を組んで
ただただじっと私の行いを見ている。
その視線に焦りを感じる。
すると後ろのドアから現れた
男子学生アルバイトと思しき青年が
「重たいですよね。
袋詰めいたしましょう」
と言って、
手際よく米(五キロ)や牛乳やヨーグルトを
私のマイバッグに入れてくれた。
そこで手助けしてもらったのは
初めてのことだった。
その人の咄嗟の優しさが
私の心に不意に沁みてきて、
涙ぐんだ。
なんだ、そんなこと。
と思われるかもしれないが、
弱っている時ほど
ささやかな優しさに敏感になり、
心震えるものだ。
思いつく限りの賛辞を送って感謝を伝えると、
コンビニの天使ははにかんで笑った。
ぴかぴかした笑顔に
私の心はあたためられた。

お客さんが店を出る時の、
店員さんの決まり文句
「ありがとうございましたぁ」
の言葉を背中に受け、
「いやいや、ありがとうはこちらこそだよ!」
と心の中で泣きべそをかきながら
お礼を言った。
五キロの米袋プラス牛乳ヨーグルトで
ふらついた足取りの私は、
救われた気持ちで歩き出した。
アルバイト青年の申し出と優しさが、
私にとってのその日のすべてだった。





『その日の天使』中島らも


死んでしまったジム・モスリンの、
なんの詞だったのかは忘れてしまったのだが、
そこに The day’s divinity, the day’s angel.
という言葉が出てくる。
英語に堪能でないので、おぼろげなのだが、
ぼくはこういう風に受け止めている。
「その日の神性、その日の天使」
大笑いされるような誤訳であっても、
別にかまいはしない。
一人の人間の一日には、必ず一人、
「その日の天使」がついている。
その天使は、
日によって様々な容姿を持って現れる。
少女であったり、子供であったり、
酔っ払いであったり、警察官であったり、
生まれて直ぐに死んでしまった
子犬であったり。

心・技・体 ともに絶好調の時は、
これらの天使は、人には見えないようだ。
逆に、絶望的な気分におちている時には、
この天使が一日に一人だけ
さしつかわされていることに、よく気づく。
こんな事がないだろうか。
暗い気持ちになって、
冗談でも"今自殺したら"などと考えている時に、
とんでもない友人から電話がかかってくる。
あるいは、
ふと開いた画集か何かの一葉によって
救われるような事が。
それはその日の天使なのである。

『その日の天使』中島らも
(日本図書センター) より抜粋

(本当はこの文章全文を読んでほしい)





先日、新聞で見かけた
中島らもさんの文章を読んでいると、
私の喉の奥から慟哭が迫り上がってきた。
それをなんとか押しとどめて、
鳩尾のあたりへ落ち着かせる。
本当はもうべそべそに泣いてしまいたかった。
ああ、あれは
その日の天使だったのだな。
天使が私を支え励ますために
かたちを変えてやって来たのだと知った。

そういえば以前にも
思い当たることがいくつもあった。
八方塞がりの心境の時、
ふと見上げた空に
鮮やかな織物のような彩雲が広がっていて、
しばし悩みも忘れて魅入ったこと。

孤独の海の底に心が沈んでしまう夜、
学生時代の親友が
五年振りに突然連絡をくれたこと。
今までにも何度も
その日の天使は遣わされていたのだった。

一人の人間の一日には、必ず一人、
『その日の天使』がついている。


天使はきっといる。
それはまさかと思うような
かたちをしていることもあるだろうから、
見逃さないようにしたい。
悲しいことやつらいことは誰にでもある。
そんな時に
『その日の天使』の存在に気づくことは
幸いである。
自分はひとりではないと、
安らかで穏やかな気持ちを
少しでも取り戻せたら、
ああ、明日も生きてみるか。
と思えるのだと思う。

私も誰かの天使になれるだろうか。
あの日救われた私が、
今度は誰かの明日の希望に繋がるような
おこないができるだろうか。
おそらくそういう瞬間は、
知らず知らず訪れるものなのかもしれない。
私の背中には羽根もないし、
特別な何かを持ち合わせてもいない
平凡な人間だけれど。
いつか人の心を軽くする手助けができたら
いいと思う。


文章を書いて生きていきたい。 ✳︎ 紙媒体の本を創りたい。という目標があります。