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砂漠の風に翻るのは、白いスカートだった。

映画の中で
登場人物の服が何かをシンボライズしている
ということは、
きっとよくあることなのだと思う。
主人公のその時の白い服は、
自由と解放の象徴として
私の中にすっと入り込んだ。
街の何処かで
白いスカートの裾が風に翻るのを見るたびに、
この映画の場面が頭の中でよみがえる。
光を纏う白いスカート。

映画『バグダッドカフェ』を
あなたは観ただろうか。
以下に簡単なあらすじを書く。

ラスベガスを目指して砂漠の道路を
ドライブしていたドイツ人夫婦が、
喧嘩をしてしまう。
妻ジャスミンは車を飛び出す。
重たいトランクを引きずり、
ようやく辿り着いた一軒が
『バグダッドカフェ』というモーテルだった。
埃まみれでさびれたバグダッドカフェには、
コーヒーすらなかった。
なぜならコーヒーマシンも壊れていたから。
そこにいたのは、
怒りっぽい女主人ブレンダをはじめ、
繰り返される毎日を虚ろに過ごす人達。
それでもジャスミンは
そこに滞在するしかなかったのだった。
暇を持て余したジャスミンは、
ブレンダが留守の隙に
勝手に事務所を掃除したり、
赤ん坊の子守りをしたり、
ブレンダの娘と仲良くなったり、
従業員達と心を通わせたりするようになった。
それを面白く思わないブレンダだったが、
ジャスミンのおおらかで温かい人柄に触れるにつれ、心を開いてゆく。

ジャスミンが夫婦喧嘩をして飛び出した時に
持って出たトランクは、
あろうことか夫の持ち物だった。
間違いに気づいて
ジャスミンは呆然とするものの、
入っていた手品グッズで練習をして、
店のみんなに披露したのだった。
人々の反応は上々。
ここから一気に心の交流は進んでゆく。
ジャスミンの手品は
店の利用客達の間でも評判となり、
バグダッドカフェは
手品目当ての客で賑わうようになった。
充実した日々を送るジャスミンやブレンダ達。
だが、ジャスミンのビザの期限切れや
労働許可証がないことが発覚し、
(もはや宿の労働者⁉︎)
ドイツに帰国させられることになった。
楽しい日々は終わりを告げた。
客足は遠のき、
ジャスミンの不在が
みんなの心にぽっかりと穴をあけてしまう。

だがしばらくして、
ジャスミンは再びバグダッドカフェを訪れた。
今度は通りすがりではなく、自らの意思で。
マジックショーも再開し、
以前のような賑わいが戻り
人々の顔も明るさを取り戻したのだった。

店の常連である画家の男性は、
ジャスミンをモデルに絵を描くようになる。
1対1で向き合ううちに、
2人は惹かれあっていった。
ある日。
ビザの心配をせず
ドイツへ戻らなくてもいい方法があると、
画家はジャスミンに提案する。
それは、ここの市民と結婚すること。
そうすればずっとここにいられると伝えた。
それは不器用なプロポーズだったのだ。
ジャスミンは微笑んで言った。
「ブレンダに相談するわ」

(あらすじ終)

特にこれといった大きな事件などは
起こらないのである。


最初にバグダッドカフェに
辿り着いた時のジャスミンは、
堅苦しい黒っぽい服を着て、
髪をキチキチと結い、
険しい表情をした『太った中年女』だった。
しかし、
ジャスミンが
みんなの心を解きほぐしていったように、
ジャスミンもまた、
店の人たちと過ごすうちに
偏見や堅さから解放されて、
だんだん綺麗になってゆくのだ。
笑顔も輝いていった。

皆と別れなければならなかった時の、
ファミリーを失ったような
寂しげな表情から一転、
再びバグダッドカフェに帰ってきた時の
ジャスミンは、本当に美しかった。
忘れられないシーンだ。
白いブラウスに
淡い花模様の浮かんだ白いスカート。
ゆるやかな髪を
強い風になびかせながら現れたジャスミンは、
砂漠の夢みたいだった。
彼女は何よりも自由だった。
自分を縛っていたものを手放し、
本当に大切なものに再会するためにやって来た
ジャスミン。
瞳の内側に光が宿っているのが見てとれた。
『太った中年女』と揶揄されていた頃の彼女は、
カラカラに乾いた風に
飛ばされていったのだろう。
白い服を着たジャスミンの美しさは、
私の心の中にじわじわと染み込んでいった。
もう一度ここで人生をやり直す。
今までのすべてを白紙に戻して、
自分らしく生きてゆく。
白いスカートの裾が翻る時、
そこにはその気持ちが象徴されているのだと
理解した。

この映画を見て以来、
白い服が風に翻るのを見かけると、
私は自由な気持ちを呼び起こされるのだった。
誰のものでもなく、
何にも染まらない。
自分の人生を楽しむために選び取ってきた
ジャスミンの強くしなやかな美しさ。
それを思い出す。
からっ風の強い日は特に。
白い服は最強だ。
それだけで光を纏う。


そしてこの映画の主題歌
『Calling You』が胸の内で響き渡る。
Jevetta Steeleの伸びやかな声が
聴こえてくると同時に、
心の映写機で
温かくてノスタルジックな場面が
映し出されるのだ。


#映画にまつわる思い出

文章を書いて生きていきたい。 ✳︎ 紙媒体の本を創りたい。という目標があります。