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牛と暮らした日々-そこにあった句#41 イヌ

寒暁の家畜車犬の声浴びて  鈴木牛後
 (かんぎょうのかちくしゃいぬのこえあびて)
  ※「寒暁」とは、凍てつくような寒い夜明けの事。

うちでは、かつて「クリ」という名前のラブラドールレトリバーを飼っていた。新規就農のお祝いに仲間の農家が贈ってくれた子犬だった。

農家になって大型犬を飼うのが夢だったが、新規就農というのは甘くなく、最初の一年はとても子犬の躾をする余裕がなかった。その結果当然、躾の全然なってない犬が出来上がり、「うちのバカ犬が」と話すと犬好きの友人から「クリちゃんが悪いんじゃなくて飼い主が悪い」と言われたものだ。

そのクリだが、さすが盲導犬にもなるラブラドールなので人間が好きで絶対に吠えない。訪問者にも車にも絶対に吠えなかった。

でも例外が一つだけあって、早朝5時に牛を引き取りに来る家畜車にだけは、めちゃくちゃ吠えた。その友人は「牛が乗せられる時の嫌な汗の臭いが車に染み付いているんじゃない?」と言っていたが真偽のほどは分からない。

クリは脱走の常習犯だった。
ちゃんと外にチェーンで繋いでいたのだが、なにかの拍子にナスカンが外れるらしく(飼い主失格です。ゴメンナサイ)、市街地まで自主的にお散歩していた。

ヒトが好きで好きで、まちびとの誰にでもじゃれて飛びついて恐れられていた。うちの町には、ラブラドール愛好者の会(正式名称は知りません)というのがあるらしく、脱走するとそこの世話人の方に連絡がいった。

「どこの子だろうね?」
くんくん(匂いをかいで)
「牛舎の匂いがするから鈴木さんのとこの子だよ」
と身元がバレて、うちに電話がきた。
当時、電話のコール音が鳴る度に、ドキッとして嫌な気分になったものだ。
菓子折りを持って引き取りに行った。
私自身がどんなに正しく生きていても(本当はそんなに正しくありません。スミマセン)子供と犬のせいで、いい大人になってから他人から叱られていた。

クリは14歳の天寿を全うした。
そして、それからうちでは犬を飼っていない。


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