見出し画像

UCIワールドカップ2020-2021 第2戦 ナミュール(シタデルクロス)

シクロクロス3大シリーズ戦の1つ「UCIワールドカップ」の第2戦が、12/20(日)にベルギー・ワロン地方の街ナミュールを舞台に開催された。

別名「シタデルクロス」の名が示す通り、郊外のシタデル(城塞)を舞台に、自転車を担がないと越えられない超激坂、長い危険な下りオフキャンバー、石畳の登りなど難易度の高いセクションが連続するタフコース。

昨年はどろどろのスーパーマッドコンディションで激戦が繰り広げられたものの今年は比較的ドライ。

その分、実力が問われる展開になったことで、とくに男子レースでは歴史的な白熱の展開を生み出すこととなった。


1.女子レース

今回は6周

UCIワールドカップ初戦「ターボル」で4位と大健闘した19歳のハンガリー王者カタ・ヴァス(ブランカ・ヴァスとも)が序盤勢いよく飛び出すも、コース中盤の急勾配ドロップオフで落車。このあとも数多くの選手が落車に見舞われるこの難所にてヴァスは完全に失速し、代わって先頭で独走態勢を築いたのが1週間前のX2Oトロフェー第3戦アントウェルペンで優勝したデニーセ・ベツェマパウェルス・サウゼンビンゴール)。

しばらく先頭で調子の良さを見せるベツェマだったが、2周目の途中で今季8勝・3大シリーズ戦全てで総合首位に立つルシンダ・ブラントテレネット・バロワーズライオン)が追い抜いて先頭に。

2周目までブラントに食らいついていた世界王者セイリン・アルバラードアルペシン・フェニックス)は長い下りオフキャンバー区間で毎回ペースダウンしてしまい、やがて突き放される。むしろ後続から追い上げてきていたアメリカ王者クララ・ホンシンガーに3周目で追い抜かれ、アルバラードは4位に後退する事態に。

ブラントに突き放され続けるベツェマ。3周目のフィニッシュ地点では、彼女の前輪がパンクしていることが判明。不運のヴェツェマは直後のピットエリアでバイク交換することができたものの、先頭のブラントとのタイム差は絶望的なものにまで広がっており、後方のホンシンガーに追い付かれるほどであった。

ライバルの失敗にも助けられたブラントはそのまま独走勝利。まったく危なげない形で、まるで昨年までのマチュー・ファンデルポールを彷彿とさせる圧倒的な走りで今季9勝目を掴み取った。ここナミュールでは実に3年連続となる勝利である。

そして2位争いは23歳のホンシンガーと27歳のベツェマとの間で激しい攻防戦が繰り広げられる。

下りのテクニックではベツェマやアルバラードの方が上手ながら、その直後の石畳の登りや担ぎが必要な急勾配では若さを武器にしたホンシンガーが一気にタイムを稼ぎ出す。

しかし、パンクのときに余分な体力を使ってしまったか。最後の最後でベツェマが失速。

今年、15年間にわたりケイティ・コンプトンが王座を守り続けてきたアメリカ国内王者の座を奪い取ったクララ・ホンシンガー。

初となるUCIワールドカップ表彰台、それも2位という大きな栄光を掴み取ることになる。

また一人、楽しみな選手が出てきた。

【UCIワールドカップ第2戦ナミュール 女子リザルト】

UCIワールドカップ第2戦女子リザルト

【UCIワールドカップ第2戦までの総合成績(女子)】

UCIワールドカップ第2戦までの総合リザルト(女子)


2.男子レース

男子レースは9周。

フロントロウ(最前列)にはクエンティン・ヘルマンス、ダーン・ソート、コルネ・ファンケッセル、トーン・アールツ、マイケル・ファントーレンハウト、ワウト・ファンアールト、エリ・イゼルビット、ラース・ファンデルハールが並ぶ。

前節優勝者トム・ピドコックトリニティ・レーシング)と2位マチュー・ファンデルポールアルペシン・フェニックス)はUCIワールドカップではまだポイントが蓄積されておらず、2列目からのスタートとなった。


前節のスーパープレステージ第6戦ガーフェレではまさかのピドコックによるマチュー・ファンデルポール打倒が実現。

今回はそこにファンデルポールの最大のライバルたるワウト・ファンアールトチーム・ユンボ・ヴィズマ)が2週間のミニキャンプを経ての復帰となり、今季初となるファンデルポールvsファンアールトの激戦とが期待された。

そしてそこに、ヨーロッパ王者でありシクロクロス専業選手としては今季1番の実力者であるエリ・イゼルビットパウェルズ・サウゼンビンゴール)がどこまで食らいついていくか。そんな「四つ巴」が注目されていた。


しかし、スタート直後。コース右端に陣取っていたイゼルビットが加速すると同時にその走りに違和感。すぐさま視線を下に向けながら失速していくイゼルビット。喧騒が過ぎ去ったあとコースに取り残されたのは、バイクを担いで走り出すイゼルビットの姿だった。

チェーン落ち?ディレーラーの破損? 理由不明ながら、彼がもはやこの日まともに走ることはできないということだけははっきりと分かった。半周以上をバイクを担ぎながら走り切ったあとにようやくピットエリアに辿り着きバイク交換するも時すでに遅し。挽回を期するも叶わず、8周目終了時点で足きりに遭いバイクを降りることに。

結果、31位でポイントを1ポイントも獲れなかったイゼルビットは、早くもUCIワールドカップ総合争いからの実質的な脱落を喫することとなった。


優勝候補の1人のあまりにも早すぎる脱落を尻目に、この日も快調に飛ばすのが前節覇者トム・ピドコック。

U23時代にこのナミュールで2連勝しているピドコックは、泥の登りでも急勾配のドロップオフでもほとんどミスをせずに独走。一方のマチュー・ファンデルポールは序盤から細かいミスを連発しイマイチペースを上げることができず。それでも泥の下りなどで唯一乗車しながら下り切るテクニックなどを見せたファンデルポールは3周目で一度先頭のピドコックに追い付きかけるが、ピドコックの異様なまでの「バイク交換のしなさ」が徐々にファンデルポールたちとのタイムギャップを開く要因となっていく。

前節ガーフェレでも妙にファンデルポールたちとバイク交換のタイミングをずらしていたピドコック。前節は毎周バイク交換しないとどうしようもないコンディションだったためにそこまで効果を発揮しなかったものの、今日みたいな比較的ドライで「交換しなくてもそれなりにいけなくもない」コンディションのときは、このコースになれているピドコックが交換タイミングを減らすことで優位に立つことができていた。

結果、4周目にはマチュー・ファンデルポール、ワウト・ファンアールト、そして現在UCIワールドカップ総合首位に立つマイケル・ファントーレンハウト(パウェルズ・サウゼンビンゴール)の3名パックに対して11秒差をつけて先頭独走状態に。

このまま前節ガーフェレに続く2連続の「怪物倒し」を成し遂げ、その実力が本物であることを証明してみせるか?


だが、それは経験の差だったのかもしれない。

前節の勝利によって「勝たなくていけない」というディフェンディングチャンピオン的な心境に立たされたことが原因であったのか。この日のピドコックの走りはやや「焦り」が見えていた。

4周目のピドコックのラップタイムは6分42秒。そこまでのラップタイムでの最速を叩き出し、状態が良いことを証明してみせた。

しかし5周目以降はこのタイムが10秒以上遅くなり続ける。一方のマチュー・ファンデルポール、そしてワウト・ファンアールトは、4周目こそピドコックから10秒近く遅かったものの、その後はそのタイムを維持し続ける。


じわじわとタイム差を詰めていくマチュー・ファンデルポールとワウト・ファンアールト。マイケル・ファントーレンハウトはいつの間にか突き放されている。

ピドコックはなおも粘る。やはり2人に対して異様なまでに「バイク交換しない」ことで一度詰めかけられたタイム差をさらに突き放していく。マチュー・ファンデルポールもやはり万全ではないのか、バイクを降りなければ絶対に攻略できない「超激坂」で、中腹近くまでシッティングで登る登坂力を見せたワウト・ファンアールトに一度前を抜かれる場面も。得意の泥の下りでも目の前にファンアールトがいたせいで降車せざるを得なかったファンデルポールはしばらく3番手の位置に居続ける。


だが、それでもすべてはファンデルポールの掌のうえで転がされた結果だったのかもしれない。

一時は圧倒的な速度で駆け抜けていたピドコックも、8周目の中盤、残り1周半ともなる頃にはややペースが落ちていた。

そして得意の担ぎ登り激坂区間で一気にピドコックに追い付いた2番手のワウト・ファンアールト。

直後のバイク交換エリアではさすがに交換せざるを得なかったピドコック。ここでファンアールトが一度、先頭に躍り出る。

常にピドコックが先頭で繰り広げられてきた今回のナミュール。

ラスト1周半でピドコック、ファンアールト、そしてファンデルポールの3名が一塊となった。

ここからが本当の勝負である。


そして、何よりもパワーが要求されるシンプルな登り区間で、マチュー・ファンデルポールが一気にペースアップ。アタックを仕掛けた。

ファンアールトはすぐにこれに食らいつく。しかし、ピドコックがここで遅れる。

ラスト1周。9周目序盤の階段区間で、軽々とバイクを持ち上げて攻略していくファンデルポール・ファンアールトに対し、ピドコックはもはや腕が上がらないのか、前輪を階段にぶつけながら息も絶え絶えに登っていく。

明らかにペースダウン。序盤~中盤のハイ・ペースから一気に落ち込んでしまったそのペースは、「勝たなくてはいけない」プレッシャーが作り出した焦りによる結果だったのか。

そしてファンデルポールはそれを見抜き、あくまでも自分のペースを保ち続け、最後の最後、本当に勝負を仕掛けるべきタイミングで最高の一撃を繰り出したのである。


そして先頭に立ったマチュー・ファンデルポール。そこに食らいつくワウト・ファンアールト。

しかし、この日、唯一ファンデルポールだけが優位に立てるポイントがあった。それはレース中盤。石畳の登りの直前に用意された、泥の下り。

ただ一人ここをバイクに跨ったまま攻略できるファンデルポールが、最終周回でもこれを完璧に実現。乗ったままと降りた状態とでは、そのあとの立ち上がりに圧倒的な差が生まれてしまう。

ここで完全にファンアールトを突き放したファンデルポールはそのまま独走でフィニッシュラインに到着。

しかし最終周回では肩を落とし、フィニッシュ後も座り込んでしまうほどであったファンデルポールは、シクロクロスでは珍しいくらいに「出し切った」レースであった。

それだけ、彼は本気で、自分の限界をも超えた走りをしなければ勝てないほどの相手であったのだ。ワウト・ファンアールトは、そして何よりも、トム・ピドコックは。

「もうちょっと彼ら二人がお見合いをしてくれると思ったんだけど・・・」とレース後に振り返るピドコック。

彼の敗因はもしかしたら、前節で鮮やかに勝ちすぎて「怪物」を目覚めさせ、彼の最大のターゲットにされてしまったことなのかもしれない。だからこその、最高のタイミングでのアタックを繰り出され、ピドコックは彼に負けたのである。

【UCIワールドカップ第2戦ナミュール 男子リザルト】

UCIワールドカップ第2戦男子リザルト

【UCIワールドカップ第2戦までの総合成績(男子)】

UCIワールドカップ第2戦までの総合成績(男子)


敗北したとはいえ、ファンデルポールとファンアールトという、ここ数年のシクロクロス界を支配し続けていた2人の天才に匹敵する走りをして見せたトム・ピドコック。

誰が勝ってもおかしくない。勝者を全く予想できない。ファンデルポールがいながらそんな風に思わせるレースは男子CXはどれくらいぶりだろうか。

ここから先も、目が離せない。もしかしたら世界選手権もそんな緊張感の中で繰り広げられるかもしれない。


この先のシクロクロスシーズンもまだまだ楽しみだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?