【真実】確かに公園で「才能」の話はしなかった
Youtubeにて大バズリして才能を見せつけている芸人さんの言葉が忘れられません。とてもいい言葉でした。こんな感じだったと思います。
「自分に面白い才能があると思ってやってません。それぐらいで良いんです。」
これには2つの気付きがあると思います。
■伝わるもの
不思議なもので、「どうだ。凄いだろ」みたいなテンションは直接的にそのような類の発言していなくとも、ものすごく伝わってきます。
たった140文字でしか表現できないTwitterから、ものすごく分かりやすく人格が伝わってくるから不思議です。
Youtubeもまた、そうかもしれません。芸能人がゆるーくプライベート感満載でダラダラやってる動画の方が受けが良いというのも頷けます。
なので、とっても面白い動画ですが「自分に才能があると思っていない」ぐらいの緩さでやっているというのは恐らく本当で、それ故に(じわじわと)面白さが伝わってくるというのは大いにあると思います。
■自分に期待しない
もうひとつは、これかなと思います。
自分自身を否定しているわけではない。自らを蔑んでいるわけではない。ただ、自分が”良いな”と思っているからやっているだけ。たとえこれがスベっても大丈夫。もともと期待なんてしてないんだから、落ち込む理由もない。ただ、自分は面白いと思ってやった。それ以上でも以下でもないから。
期待は裏切られると落ち込みます。それは自分が自分に期待している時も同じです。
ならばそもそも期待なんてしない。少し危うい考えかもしれませんが、案外この方が上手く行く場合もある。Youtubeは生きるか死ぬかのステージというより、自分が楽しむためのスペース。そう思うことでアイデアの閉塞感から抜け出しやすくなるのかもしれません。
■そういえば、
子供の頃もそうでした。
公園で偶然会った友人達がとても楽しそうにふざけてたら「オレたちも混ぜてもらおうぜ」とかいって、気が付いたら大人数で遊んでいたこと。
彼らはその場を愉しむ一心で絶妙に協調しながらふざけていた。たまに真剣に新しいルールとかを考えて、より楽しくなる方法を考える天才たちだった。
だから側から見ていて嫉妬するぐらい楽しそうで、どうしても混ぜてもらいたくて声を掛けていた。
あの場に自分の才能に期待して誰よりも気の利いたことを言おうとしたやつはいなかった。逆に上手いことが言えなくてへこんでるやつもいなかった。
謙虚さって、こうやって作るものなのかもしれない。自分を一段下げるんじゃなくって、自分に必要以上に期待しない。そもそもそんなこと考えない。
なるほどそういうことか。
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