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その一瞬の、心の交わりに。

先日何気なくTwitterをウロウロしていたら、「スペイン映画」という言葉をふと目にした。

そのときに、ある記憶が鮮明に蘇って、懐かしさと、その記憶に関わる感覚が一気に呼び覚まされ、それをただ手放してしまうのはもったい無い気がしたので、ここに記してみたいと思う。

「帰郷〜ボルベール〜」の試写会へ


「スペイン映画」という言葉を目にして真っ先にフラッシュバックと共に思い出したのは、女優のペネロペ・クルスだった。別に今現在ペネロペ・クルスが特別にものすごく好きというわけではないのだけれど、何年も前に、ペネロペ・クルスが主演のあるスペイン映画を見た経験があり、そのとき記憶が呼び覚まされたのだ。

映画のタイトルは「帰郷〜ボルベール〜」。

この映画を見たのは、恐らくもう10年以上前なのだけれど、今でも当時公開されたその映画の興行ポスターのイメージ(赤と黒の背景のど真ん中に、力強い表情のペネロペクルスの胸から上のカット)が思い浮かび、当時なかなかのインパクトだったことを覚えている。

その映画を見に行ったのは少し面白い経緯があるのだけれど、それはまだ私が新卒で入社した大手出版取次会社に勤めていた頃のことだ。

当時の私は、確かまだ入社一年目とか二年目とかのペーペーだったのだけれど、同じ部署の先輩に「映画の試写会チケットを取引先からもらったんだけど、行く?」と声をかけてもらった。当時から出版物の映画化というのはかなり流行っていて、その流れで出版業界の我が社と映画配給会社が仕事で関わるということはそこそこあったのだ。

仕事の一環として、映画の試写会にお呼ばれする!仕事としてまだ世の中に公開前の映画を見に行けるなんて!(しかも無料で!)

そもそも当時大の映画好きだった私は、公開前の映画を一足先に見えるという特別感にに一気に浮足立ち、その場で「行きます!」と返事をした。

さらに話を進めていくと、どうやらチケットは二枚あるのだけれど、もらった当の先輩は別の仕事があるので行くことができず、代わりに私ともう一人別の先輩が行くことになった。

もう一人の先輩というのは私の二年上の男の先輩だった。仕事とはいえど、一応「男女二人で映画を見に行く」というシチュエーションだな、なんて、ちらっと思ったりしつつ、なんなら一瞬ちょっとドキドキしてみたりもしたけれど、当時の私には付き合っている彼がいたし、先輩の私生活は知らないけれど、結局のところ仕事の延長線でのことだし、何がどうということもなかった。なんだかとりあえずときめいてみたいお年頃だったのかもしれない。

その先輩とは、同じ部署なのでもちろん毎日顔を合わせていて馴染みの人物ではあったのだけれど、業務内容的には直接的に関わることは少なかったので、ものすごく親しいかというとそこまでではなかった。でも端から見ていて、なんだか穏やかそうな雰囲気の先輩だったし、ちょっとしたことで部署内で言葉を交わすときも話しやすい感じで、好青年という感じだった。

もっと年上のおじさん先輩と二人で試写会に行くことを仮に想像してみたら、年がそこそこ近い先輩の方がよっぽど気軽で、相手がこの先輩でよかったなと思った。

というわけで、試写会当日。
試写会は確か18時とか19時とか、夜の時間帯だったので、日中はいつも通り出社して日々の業務を終わらせてから、先輩と二人定時で上がって、電車に乗って試写会会場へ向かった。

具体的な場所までは覚えていないけれど、会場の最寄駅が六本木だったことは覚えている。六本木といえば、TOHOシネマズがあり、当時付き合っていた彼とのデートでちょこちょこ来流こともあったので、「おぉ、六本木とは、さすが映画の試写会!」なんて思った記憶がある(試写会をしたのはTOHOシネマズではないのだけれど)。

会場に着いたら、先輩が先頭だって進んでくれた。実際の試写が始まる前に、取引先の人と挨拶をしたようなしてないような、そこら辺は曖昧だけれど、とにかく人生初の試写会にワクワクと緊張を感じていたのは覚えている。

普通の単館映画館の一室のような場所に案内され、座席に着き、試写が始まった。

私にとってはこれが初のスペイン映画でもあった。私は小さい頃から親の影響でかなりの数の洋画を見てきて、そこから日本映画はもちろん、フランス映画にハマった時期もあったけれど、スペイン映画に触れるのは初めてだった。

この映画の前情報としては、スペイン映画であることと、主演がペネロペ・クルスであることくらいしか知らなかった。当時のペネロペ・クルスといえば、ハリウッドでも結構売れっ子女優で、実際私も彼女の出演する映画をいくつか見たことがあった気がする。ただ、ハリウッド映画はもちろん基本英語圏を対象とした作品が主なので、私がこれまで見たことある彼女は、英語の言語を主とする映画の中で、英語を喋っていた。
でも今回はスペイン映画。彼女がスペイン語、つまり母国語で演技するところを初めて見るのである。そこはまた趣があって面白そうだなと思っていた。 

さて肝心の映画の内容だけれど、正直今思い返してみると、全てのストーリーを鮮明に覚えているわけではない。当時印象的だったいくつかのシーンは結構鮮明に覚えているのだけれど、それも断片的で、映画の全体像は思い出せなかったりした(というか、実は当時の私にとってその内容は完全に理解しきれなかったところもあったりで、全ては咀嚼できないままになってしまった部分もあったような感覚だ)。

今回、このnoteの冒頭で書いた通り、「スペイン映画」という言葉をきっかけにこの映画の存在を思い出し、懐かしくなったところで一度この映画のあらすじをネットで検索してみたりした。そうしたら、記憶通りだった部分もあれば、「え、そんな展開のストーリーだったっけ?」というような部分もあった。

そんな曖昧さも含みながらではあるけれど、ネットで検索したところもちょっと交えながら簡単にストーリーを説明すると…

主人公のペネロペ・クルズの役名はライムンダ。ライムンダは、失業中の夫とティーネイジャーの娘との生活のために、日々一生懸命真面目に働く女性。冒頭から夫との関係が微妙な様子が描写されていたけれど、映画が始まって間も無くして、ある日ライムンダが外に勤めに出ている間、夫が娘を襲いそうになり(最低だなオイ)、それに抵抗しようとした娘が、謝って父親を殺してしまう(!)という出来事が起こる。このシーンはやはり衝撃で、鮮明に覚えていた。

ライムンダは娘が夫を殺してしまったことを知ると、「全部忘れなさい。彼を殺したのは私よ」と娘を庇い、色々事情があってレストラン経営者の知り合いからたまたま預かっていた業務用冷凍庫に死んだ夫を隠して保管することにした…

で、正直、ここからは、あまりストーリーを覚えていないのだ(え、ほとんど覚えていないじゃん)。ただ、ライムンダの死んだはずの母親が実は生きていて、生前の娘と母は仲違いしていたのだけれど、映画の中のいろんな出来事を経て、最終的に娘は母を素直に頼れるまでになり、夫を殺してしまったことまでを明かして…みたいな感じで、大まかなラストは脳裏に残っていた。

あまり要領を得ない自分の記憶を保管すべくネットであらすじを検索したところ、ライムンダの家庭には色々と複雑な事情があるのだけれど、映画全体のテーマとして描かれたのは、「女性」の持つ力強さ、絆、生き様を描く、そんな感じだった。

(あまりにも曖昧すぎる説明で申し訳なさすぎるのだけれど、この映画は公開後高い評価を得ていて、主演のペネロペ・クルスもアカデミー賞主演女優賞候補になったり、他にもいくつか主演女優賞を獲得するような結果となったらしい!見て損はない映画だと思うので、興味のある方はぜひチェックを!というか私ももう一度ちゃんと見たい!)


さて、そんな朧げな記憶の中でよくこの映画について語り出そうと思ったな!と思われそうだけれど、当時どこまでこの映画を理解できたか、今どれほど詳しく記憶しているか(むしろ記憶していないか)は別として、久々にこの映画を思い出して、その記憶をただ流れるままに手放すのではなく、これについてちょっとnoteにでも書いてみようと思ったのは、この映画にまつわるあるエピソードが大きく影響していると言える。

それは、この映画そのものだけでなく、この映画を当時試写会という場に、例の二年上の先輩と見に行った中で、印象に残っているエピソードがあるのだ。

先輩との一時の「共有」

映画はとても良い後味を残して終了した。その作品を当時の若い私がどこまで理解できたか受けとめられたかは別として、「見てよかった」という感覚でその時間を終えたことは印象として残っている。

元々仕事の関係でたまたまやってきた試写会の映画なので、自分が見たいと思って映画館に見にきたタイトルではない。見てみたら正直つまらなかった、とか、微妙だった…みたいなオチもあり得たと思うのだけれど、ありがたいことに「充実した時間だったな」と思えるような内容の映画であり、試写会だった。

そして印象に残っているエピソードというのは、試写会が終わって、配給会社に提出した試写後のアンケートに関係している。会社側も遊びで試写会をやっているわけではなく、公開前にいち早く映画を見てもらった人々に、その感想を聞いたり、そこから映画にまつわるデータを集めることが一つの目的なのだろうということは、当時若かった自分にも十分わかる。

試写会には数十人の人が参加していたと思うのだけれど、誰もが映画が終わったその席で、事前に配られたアンケートのプリントに感想を書き込んでいった。取引先への提出なので、私も適当なことを書くわけにもいかず、自分なりに心を込めて書き込んだ。というか、そのときは実際にその映画に充実感を感じていて、自然と結構熱量のこもった感想を書いた気がする。

一緒に来た先輩も、私の隣でしっかりアンケートに記入していた。お互い書き終わったのをなんとなく確認すると、一緒に席を立って出口に向かった。アンケートを提出して、試写会会場を後にした。

そのあと、先輩と一緒に軽く夕飯を食べに行ったような気もするし、もしかすると時間も遅かったし、そのまま駅辺りで解散となったような気もする。そこら辺も記憶が定かではない。

ただ、その試写会の帰り、駅までの道のりでだったか、そのあと行ったご飯屋さんでだったかはわからないけれど、いずれかで先輩と交わしたある会話が、今でも非常に印象に残っているのだ。

試写会会場で記入したアンケートに「映画の中で一番印象に残ったシーンはどこですか?」という項目があった。その質問について、先輩から「青木さん(私の旧姓)はあそこなんて答えた?」と質問されたのだ。

私は「主人公が(ギターに合わせて)歌を歌っているところ」と答えた。

すると、先輩の顔がパッと明るさを増したかと思うと、
少し興奮した様子で、
「あ!俺も!」と返してきたのだ。

その表情は明らかに笑顔で、どこか嬉しそうだった気がする。

そしてそれを聞いた私もまた、
「え、ほんとですか!ですよね!やっぱりあそこ印象的でしたよね!」
みたいな返事を、嬉しくなって返した気がする。

私と先輩が挙げたのは、確か映画の真ん中あたり、もしくは最後の方の少し手前くらいのシーンで、具体的にどんなシチュエーションだったのかは定かではないのだけれど、あるとき主人公のライムンダとその他登場人物数人が集まって、最初は会話をしていたのかもしれないけれど、その後、誰かがギターを弾き始め、そのギターに合わせて、ライムンダが一人歌い出すのだ。確かその歌った歌が、映画のタイトルである「帰郷」だった。

とにかくそのシーンで歌うペネロペ・クルスの印象が凄まじかったのだ。陽気に歌っているとかではない。むしろ、どこか哀愁漂うような、しっとりとした、でも曲調的には熱情もあるような、深く、重く、どこか悲しげな、そんな印象を受ける歌であり、空気だったように思う。

そのときのペネロペ・クルスの表情、歌声が、ものすごく美しく、どこか迫力があり、と同時にとても悲しげなような、苦しげなような、なんとも言えない感じだったのだ。ライムンダは歌いながら少し涙ぐんでいたような気もする。

(娘が)夫を殺してしまったという事実、そしてそれ以外にも、ライムンダはなかなか壮絶な過去を背負っており、そういった人の中に存在する陰の部分が滲み出てくるような、けれど一方で、その陰の部分も抱えながら力強く生きるライムンダの哀愁、葛藤、それら全てを表現するペネロペ・クルスの美しさが圧倒的なシーンだった。

だから、
「印象的なシーン」のアンケートには 、真っ先にそのシーンを書き込んだ。

それだけ印象的だったシーンに対して、隣で同じ映画を見ていた先輩が、同じシーンを印象的だったと感じ、似たような感覚を共有してたことに、私はなんだか嬉しいような、感慨深いような、不思議な高揚感を味わっていた。目の前の先輩の表情からも、似たような感覚を見てとることができるような気がした。

別にそこから私と先輩の間にロマンスが生まれるとかそんな話ではないのだけれど(笑)。

でも、ただただ、いっときあの同じ空間で、同じ感覚を共有したということ、自分と自分以外の誰かとそれが起きたということ、それはやはり特別なことに思えて、その「特別な共有感」こそが、その夜の印象深い出来事として私の中に刻まれたのだと思う。

あの一瞬の、心の交わり。

それを今でもふとしたときに、思い出したりする。

あの先輩と記憶の残り香

そういえばあの先輩は、今頃どうしているだろう。この映画を思い出すとどうじに、久々にあの先輩のも軽く思いを馳せてみたりした。

私は当時勤めていたその会社を、入社五年目にして出産をきっかけに退職したのだけれど、私が退職する一年ほど前に、先に先輩は転職でその会社を去っていた。

退職する前の最後の出社日、定時を過ぎたところで、部署全員が先輩を取り囲み、彼から部署に向けて最後の挨拶をしていた姿を、実は結構鮮明に覚えている。いつもどちらかというとニコニコ穏やかな雰囲気の先輩だったけれど(だからこそ逆に、いまいち本心が見えにくい人だなぁ、なんて、私は勝手に観察していた)、最後は目を真っ赤にして涙を堪えながら挨拶していたのが印象的だったのだ。

さらには、ニコニコ穏やかキャラだからこそ、部署内においては少しイジられキャラ(ゆるキャラ的な)でもあった彼が、ひととおり周りに感謝を述べた後、最後の最後に、「実は、皆さんに隠していたことがあります…!」と前置きし、続いて、「実は僕、彼女がいます!」とカミングアウトしたのも、鮮明に覚えている。

イジられキャラだった彼は、そういえば、「お前いつ彼女できるんだよー」「お前彼女いないくせにー」なんて、彼女いないネタで主に男の先輩たちからかわれることもしばしばだった。基本的には愛ある職場だったので、嫌な気持ちにさせる意図などはないイジりではあったのだろうけれど、あまりにも「彼女いないキャラ」が定着し過ぎていた彼は、どうやら彼女ができた後もなかなか言い出しずらかったらしい。

そういう気遣いをするところも、なんだかその先輩らしいなと、勝手に思ったりした。

その全体への挨拶のあと、確か私も最後に個人的に「お世話になりました」とか「頑張ってください」みたいなご挨拶をしにいった気がする。記憶が定かではないけれど、気のいい彼のことだから、きっと「ありがとう」とかなんとか、快い声をかけてくれたのではなかっただろうか。

私はその最後の挨拶を交わすときも、あの試写会の夜のこと、そこで交わした「印象的なシーン」を共有した会話を、思い浮かべていた。たった一日のことだけれど、あれから何年も経ったけれど、あの先輩といえば、あの日の思い出だった。挨拶をしながらも、その記憶を振り返って、なんとなく、ちょっとだけ切なくなったのを覚えている。

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