人生で一番おいしかった料理
「人生で一番おいしかった料理は?」と聞かれたら、何と答えますか?
私は、小学生のころに家族旅行で新潟へ行ったときに食べた、のどぐろの塩焼きだと答えるだろう。
どんな味だったか。
実は覚えていない。
それどころか、のどぐろなんてそれ以来食べていないから、どんな味なのかいまだにわからない。
でも、人生で一番おいしかった料理というと、真っ先に浮かんでくるのは間違いなく家族旅行で食べたのどぐろの塩焼きだ。
父の友人を訪ねて行った新潟で、父の友人が夜ご飯の席を設けてくれ、父の友人夫婦と、父、母、祖母、兄、私の実家のフルメンバーで新潟の料亭に行った。
案内された和風な個室に入ると、真ん中に掘り炬燵の席があった。
黒くてツルツルの大きなテーブルの周りに、赤い座布団が飛び石のように置かれている。
幼ながらに、ワクワクしたのを覚えている。
メニューを開いてご飯を選ぶとき、みんなが口々に「のどぐろ、いいね!」「のどぐろ食べたかったのよ~」「わあ、のどぐろがある!これにしよう!」と言った。
私たちの意見は聞かれずに、全員分「のどぐろの塩焼き」が注文された。
私は、「のどぐろってなに?」と父に聞いた。
父は、「のどが黒い魚だよ」と答えた。
私は、けったいな魚だという情報だけ得た。
みんながこんな食べたいというからには、何か特別なものに違いない。
ただの魚じゃないのだろう。
そう思っていたが、実際に運ばれてきた魚は、一見ただの魚だった。
身をほぐしながら、身を食べる。
すると、私が身の味をしっかりと味わう前から、「んん~!うまい!」「おいしいねえ~」といった歓声が上がり始めた。
食べてみなさい、ほら、ねえ、おいしいでしょう。あったかいうちに食べなさい。
私の前に置かれたのどぐろの身をほぐすのを手伝い、口の中に食べやすいサイズの身を入れてくれた母を覚えている。
何かを食べて、ここまで感動する家族を見たことがなかったので、これはただものではないのだろうと、幼いながらに感じ取った。
私はのどぐろの味に関して記憶はないが、「あの魚はうまかったんだ」という強烈な記憶だけが残った。
それでも私がのどぐろを覚えているのは、両親や祖母がここまで食べ物に関して嬉しそうにしている姿をあまり見たことがなかったからかもしれない。
それ以来、のどぐろを食べる機会はないが、自分の中ではずっと「すんげえうまい魚」という立ち位置だ。
食べ物ノットイコール味。
食べ物イコール記憶だと思う。
だから、おいしい食べ物を食べるのではなく、食べ物にまつわる素敵な記憶をたくさん作りたい。
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