【図解】「覚醒」の次元

概要

・「覚醒」の訳があてられている英単語はいくつもある
・「どの次元(軸)での覚醒か?」について考えると意味がつかみやすい

wakefulness:目覚めた状態(awake)↔ 眠っている状態(sleeping)
arousal:気持ちが高ぶった状態(aroused)↔ 鎮静状態(sedated)
alertness:警戒している状態(alert)↔ うわの空の状態(absent)
disillusion:迷いや幻想から覚める(disillusioned)↔ 迷いや幻想に囚われる(illusioned)

・とくに、前者3つの要素は密接に関係している
 →3つの次元からなる空間で考えるとよい

あれも「覚醒」、これも「覚醒」……

以前の記事では、原語(英語)にいろいろな意味があり、混乱が見られる場合がある → むしろ訳に触れているわれわれのほうが混乱に気づきやすいかもしれない、という話をした。

今回は、訳語のほうにいろいろな意味が含まれているパターン。

つまり、日本語では同じ言葉で指している物事に、実はいろいろな要素が含まれている場合も、もちろんある。そしてそれは、日本語だけを使っているときにはあまり自覚されないが、英語と対応づけてじっくり考えると違いがわかってくる。

「覚醒」はその好例だ。神経科学や心理学での頻出語でもある。
しかし相当する英語には、"wakefulness" "arousal" "alertness" "disillusion" など、たくさんの単語がある。機械的に和訳すると、どれも「覚醒(あるいは覚醒状態、覚醒度といった派生語)」になってしまう。

とくに前者3つの単語は一緒に語られがちなので、なかなかに曲者だ。

別々に出てくるなら、なんでもかんでも「覚醒」にしてしまってもなんとかなるかもしれない。しかし、ひとつの文のなかに列挙されていた場合、そうもいかない。どう訳せば良いのかと途方に暮れてしまう。

言葉のイメージを掴む

こうしたとき、そもそも意味の違いがはっきり掴めていないと訳し分けようがない。

意味の違いを知るには、主に
・第一義だけではなく、第二義、第三義もちゃんと確認する
・関連語、派生語を通して理解する
・コロケーション(よく一緒に使われる単語の組み合わせ)から
 ニュアンスを掴む
・(関連語も含めた)対義語を想定して、次元の「軸」で考える
などが有効だ。

以上をもとに、 "wakefulness" "arousal" "alertness" "disillusion" の違いを考えてみよう。

wakefulness:目覚めた状態

"wakefulness" の関連語には、"wake (up)" (目覚める/起きる)や "awake" (「(動)起こす、起きる」、「(形)起きている、目覚めている」)がある。

また "wakefulness" は定訳では「覚醒(状態)」だが、意味としては「目が覚めている状態」を差す。

そして、"awake"(目覚めた状態)の対義語はもちろん "sleeping"(眠っている状態)。

というわけで、"wakefulness" の場合はわりと簡単に「目が覚めている/起きている状態、眠っている状態の反対」だと理解できる。

arousal:気持ちが高ぶった状態

"wakefulness" "arousal" "alertness" の3つの状態のうち、おそらく一番ピンときにくいのは "arousal" だろう。

"arousal" は動詞 "arouse" からの派生語だ。これも "awake" と同じく「起こす、目を覚まさせる」を意味することもあるが、他にも「(感情、性欲などを)刺激する、喚起する、駆り立てる」という意味もある。しかも、こちらほうが古い意味らしい。

対義語を考えてみると、"sedation"(鎮静状態、鎮静作用)が思い浮かぶ。実際にネットで検索してみると、臨床関係の論文で "arousal" と "sedation" が対比的に並べられているタイトルがいくつか見つかる。

つまり "arousal" は、「気持ちの高ぶり」というニュアンスがありそうだ。となると「興奮」と訳したくもなるが、神経科学で「興奮」といえば "excitation" との結びつきがかなり強いので、訳語としては使いづらい。

また神経科学での "arousal" は網様体賦活系(reticular activating system)とよく絡められる。網様体賦活系は "wakefulness"(覚醒状態)の維持に関与するので(下記リンクを参照)、なおさら "arousal" と "wakefulness" の違いが分かりづらくて混乱する。

とはいえ、ここでの "arousal" は「賦活(アクティベーション)作用」を指していると見ていいと思う。

飛行機で考えてみると、"arousal" はエンジン出力、"wakefulness" は飛行高度と見なせるのではないか。深く眠っているときは低空でふらふらと飛んでいるが、巡航高度(目覚めた状態)まで高度を上げるためにはエンジン(網様体賦活系)を勢いよく回さなければならない。このような、エンジン出力が高まっている状態を "aroused" と言うのだろう。

巡航高度に達して、緩やかに飛行しているときもエンジンはある程度は回っている(それなりに "aroused" の状態になっている)。つまり巡航高度(覚醒状態)の維持にも、当然エンジン(網様体賦活系)は寄与する。

その状態からさらにエンジンを回して(さらに "aroused" になって)高度を上げると、気持ちが高ぶっている(興奮している)状態となる。

一方でエンジン出力が下がる(鎮静化する)と、高度は次第に落ちていく。すると、眠りに付きやすくなる。

こうして考えてみると、"arousal" と "wakefulness" の違いがわかりやすくなるのではないだろうか。

alertness:警戒している状態

"alertness" は定訳では「覚醒(度)」だが、"alert"(アラート、警戒)からの派生語である。つまり全体的な注意力が上がっている状態を指す。

対義語は "absent(-minded)" あたりになるだろうか。不注意、つまり「うわの空」でぼーっといる状態である。特定のものに注意が及んでいないという意味(非注意、見落とし)ではなく、全体的な注意力が下がっている状態。

disillusion:迷い、幻想から覚める

最後の "disillusion" は、"illusion" に否定の接頭辞 "dis-" がついた派生語だと簡単にわかる。すなわち、「迷い、幻想から覚める」という意味だ。

"wakefulness" "arousal" "alertness" の関係

ここで、"wakefulness" "arousal" "alertness" の関係を改めて考えてみる。
それぞれの「軸」がわかったので、2次元平面や3次元空間で捉えるといいだろう。

まず "wakefulness" と "arousal" の関係を2次元で考えてみると、下図のようになると思う。

画像2

注:この図の矢印は、根元がプラス、矢じりがマイナスになっている。

まず、深い眠りの状態、浅い眠りの状態(また、このときに夢を見ている状態)はあまり説明は要らないだろう。

悪夢を見ているときは、寝てはいるが、普通の夢をみているときより気持ちが高ぶっている。

夜驚症と呼ばれる状態は、悪夢を見て半分だけ目が覚めた状態となり、叫び声を上げるなどの行動が現れる症状である。

不眠症は、いくら寝ようとしても寝れない状態。興奮して眠れない不眠症もあるが、ここでは気持ちは落ち着いているのになかなか眠れない状況を想定してもらいたい。

このように、 "wakefulness" と "arousal" の2次元軸上にはさまざまな状態をプロットできる。

ここでさらに "alertness" の軸を加え、"arousal" との関係を考えると下図のようになるだろう。

画像2

注:この図の矢印は、根元がプラス、矢じりがマイナスになっている。

"arousal"(気持ちの高ぶり)が強くても "alertness"(全体的な注意)が散漫な場合もある。何かに熱中、集中しすぎていて、他の物事に気が回っていない状態である。

逆に、落ち着いている="arousal"(気持ちの高ぶり)が低い状態でも "alertness"(全体的な注意)は維持できることもあるだろう。泰然自若……というと少し違う気もするが、武道の達人の境地というか、落ち着いていても周りの物事がよく見えている状態。

こうしてみると、同じ「覚醒」と言っても "wakefulness" "arousal" "alertness" は切り口が違うことがよくわかる。

これは日本語だけで考えていてもなかなか気づかないし、英語に触れていても普段はあまり考えずに見過ごしがちだ。翻訳していると、こうした違いをじっくり考え直す機会になる。それもまた、翻訳の楽しさだと思っている。

また「覚醒」と同様に、「意識」にもさまざまな軸がある。それが「意識」の話をするときの混乱の一因でもあると思う。

「意識」のさまざまな次元(軸)については、また稿を改めて論じよう。

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