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【GoogleMap離島巡回の旅】#9 佐賀編 神集島(かしわじま)


前回訪れし高島より一里ほど船に揺られ、唐津の港へ。その後、陸路にて三里ほど歩みたる先は、湊町。そこより一里ほど船に揺られれば、目的地の神集島へ到着いたす。





神集島(かしわじま)について



神集島(かしわじま)」と申すこの島は、佐賀の唐津湊町の沖、およそ一里ばかりの距離に浮かびおる場所でござる。場所は東松浦半島の北西部、玄界灘に漂う形にござり、面積は凡そ一町四反ほど。元禄の頃にして、ここに住まう者は二百八十九人ばかりなり。


さて、この島の名の由来は、昔、神功皇后が新羅へ兵を送る際に行われた神事に因むと言われ申す。また、この島は台形の形をしており、その形ゆえに「軍艦島」とも称されることあり。かつては「狛島」とも呼ばれし古の名も伝わっており申す。


この神集島は、玄海国定公園といふ美景の地に含まれ、美しき海水浴場や野営場などもあれど、令和三年の初めよりは休止中なり。また、島内には古墳時代の末期に築かれし「鬼塚古墳群」と呼ばれる横穴式の古墳群があり、ハマユウの群落は唐津市の天然記念物として重んじられており申す。


さらに、島の北部には住吉神社が鎮座し、砂嘴の先端に建つこの神社は、海上の安全を祈願する場所として名高し。また、万葉の御歌を刻みし石碑が島内に七箇所あり、これらの御歌は天平八年、新羅へと旅立たんとする一行が立ち寄りて詠まれたものと伝わり申す。


この神集島へは、唐津の湊港より定期船「からつ丸」にて渡ること叶い申す。

されば、南国の趣を感じながら、神秘なる神集島を訪ねてみては如何かと存じまするぞ。


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■ 島の見所


名所壱 住吉神社(すみよしじんじゃ)


三百六十度の眺望を覧んと欲せば、こちらへお進み下され。👇



住吉神社は、島の北部より延びる砂嘴の突端にあり、主祭神として表筒男命、中筒男命、底筒男命の住吉三神を祀り申す。縁起によれば、神功皇后が新羅出兵の際、神集島にて神々を集め、海上の安全を祈願せられたという。

境内には、蒙古襲来の折の蒙古碇石と称するものがござる。この石は、暴風雨の中、外洋に逃れんとした蒙古軍船が海中に捨てたものであり、昭和二年に住吉神社沖合より引き揚げられた。材質は凝灰岩にて、長さ二丈六尺八寸、最大幅三尺八寸、最大厚み二尺六寸にござる。玄界灘沿岸で発見された蒙古碇石三十例の中でも、湊の八坂神社のものに次いで大きいとされる。



この蒙古碇石は、唐津市指定の文化財としてその歴史的価値を認められ、今に伝わる貴重な遺産となり申す。この碇石を見に参られたし、蒙古襲来の歴史を感じ、当時の島の様子を偲ぶことができるであろう。

斯様な歴史と神々のご加護を有する住吉神社に参拝し、運を開かれんことを願い申し上げ候。

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名所弐 神集島園地(エミューランド)


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「エミューランド」と名づけられたこの地、元は島のキャンプ場にてござりけり。

かつては国民宿舎も併設され、多くの人々で賑わいを見せておりましたが、今やその面影も無く、高き草が茂り、まるでジャングルの如くなり申した。現在、柵にて土地を区切り、エミューをその成長に応じて分け、計画的に放牧しておる。雑草を食ませつつ、少しずつ整備を進めておる次第でございます。



また、佐賀県基山町にてエミューの研究飼育を行う会社が、離島での飼育の可能性を探るために、この地でエミューを育てておると聞き及び候。

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名所参 神集島中学校跡(かしわじまちゅうがっこうあと)


三百六十度の眺望を覧んと欲せば、こちらへお進み下され。👇



神集島中学校は、二千四年に唐津市立湊中学校へ統合され、廃校となり申した。現在は、その面影のみが残っており、昔日の姿を偲ばせる場所となっておる。


かつての神集島中学校は、島の教育の場として多くの若者に学び舎を提供し、島の文化と学問を育んでおった。しかし時の流れにより、唐津市立湊中学校と合併し、閉校の運びとなり申した。


今やその校舎は、ノスタルジックな雰囲気を漂わせる場所となり、往時の面影を残すのみでござる。訪れる者は、かつての学び舎の記憶をしのびつつ、その静かな風景に心を慰めることができるであろう。


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名所四 鬼塚古墳群(おにつかこふんぐん)




玄界灘に浮かぶ神集島の北東部に位置する円墳群、これを詳しく申し上げると、四基の円墳が確認されておる。これらの墳は、玄武岩にて築かれた横穴系の埋葬施設を有しており、古代の埋葬方法を示す貴重な遺跡にございます。


また、これらの墳からは鉄刀や刀子、耳環、須恵器などの遺物が出土しており、当時の人々の生活や信仰について伺い知ることができるものでござる。市により昭和48年(1973年)に指定された史跡として、その歴史的価値が認められておる。


円墳群は、神集島の歴史を知る上で重要な遺跡とされ、その古き時代の様相を今に伝えておる。


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名所五 神集島区購買部(かしわじまくこうばいぶ)




神集島にて唯一、買い物が叶う所、それが「神集島購買部」と申す店にござる。この購買部は島民の憩いの場として、多くの人々にとって欠かせぬ存在となりおり、特にお年寄りの日常生活にはなくてはならぬ大切な店にございます。



神集島は、一日九便の汽船によって本土と結ばれておりしが、この「購買部」は、島の自治会、即ち神集島区が経営するところにござる。購買部は、島民同士の交流の場となりつつ、また区の重要な収入源となっておるのです。


近年、「神集島まちづくり研究室」がネットを通じて資金を募るクラウドファンディングを活用し、不足分の寄付を求めましたところ、全国より反響があり、七十二人より目標を上回る百一万六千五百円の寄付金が寄せられました。その中には、直接購買部を訪れ、寄付金を手渡してくださった方々もおったと聞き及びます。


待望の新冷蔵庫は、五月下旬に設置され、商品の品揃えも豊富になり申した。

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■ 特産品


特産品壱 石割豆腐(いしわりとうふ)




神集島に伝わる伝統料理「石割豆腐」は、その名の通り、まことに堅固なる豆腐にて候。


古の昔より、豆腐に箸を突き立てて食すことが習わしとされしほど、頑強なる一品なり。伝説に曰く、豆腐を石の上に落とせば、その石さえも割れるほどの硬さを持つと云われ、これにて「石割豆腐」の名が附けられたり。


此の料理は、島民の知恵と工夫が生んだもので、口にする者に驚きを与え、また感服せしめる逸品なり。


此の書は、NHKの『美の壺』なる番組にて取り上げられし豆腐の特集にて紹介された、江戸の時代の豆腐料理を、完全に再現せしレシピ集なり

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次の目的地

次回は小川島(おがわしま)を巡り候。楽しみにしておるがよい。


付録:大日本沿海輿地全図(離島巡回の旅)



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