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ふしぎの国の毛玉

どうも!毛玉です。

昨日3.11の天気は10年前の3.11の天気とよく似ていました。

とても天気が良く清々しいほど晴れた日だった事を今でも覚えています。

私が10年経った3.11に関して言える言葉はこれしかないです。

被災していない私がそれ以外の言葉を上手く表す事が出来そうにないので心の中だけで留めておきます。

私は昔っから「あまのじゃく」で周りが右に進むなら左に進みたくなるタイプ。
利き手も左なので(それは関係ない)

「あまのじゃく」ってより「へそ曲がり」なのかもしれない。笑

人と違う感性でありたいと思っていたし、特別な自分でありたいとも今でも思ってしまうところがあります。

だから人から変わっていると言われる事もどこか誇らしい気がしていたしそれが私だとも思っていた。

でも実際はそれに憧れている一人の人間に過ぎないのかなぁと考えてしまう時とあります。

まぁ、それはそんな深く考える事ではないのですが、私にとって自分のセクシャリティがそれを満たす役割を果たしているのかもって少し思ってしまいました。

良い事なのか悪い事なのか…
それは実際わからないですが、

良い人生だったかどうかなんて自分が死ぬ時に味わえれば良いかなって考えている部分があって、
それは甘い考えなのかもしれないけれど、でもその時に「良い人生だった」と思えるように今を生きているつもりです。

その時までこのnoteは続いているのかな?
私が老いた時に自分の記事やフォロワーさんの記事を見返す事が出来るのかな?と思うと数十年後も少し楽しみになってきます。

noteを私は日中書くことが多いので、書き終わった時に「よーし!今日も始まるぞ」っていう気になります(始まるの遅すぎぃ)

その一方で私の頭の中の思考(本音の部分や思い)を綴っているのにどこか非現実的な感覚にもなって不思議な世界だなぁとよく思います。

私がフォローしている方の記事もその方々の現実な世界での話なのに、どこかの国のおとぎ話を読んでいるような感覚。同じ地球にいるはずなのに別世界にいるような人達。笑

あ、これもしかして失礼かな??
悪い意味ではないですよ…

なのに同じnoteの世界にいるってなんかもうパラレルワールドみたいな感覚になってきた!

私が別世界にいるだけですね(雑なまとめ)

あ、最後に、、
ふしぎの国のアリスって幼い頃からよく見てたけど、いつも怖い…と思いながら見てた(なら見るな)


今日も読んで頂きありがとうございました😊

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