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理数系ショートショート『宇宙からの贈り物』

 少年は窓を開けてベランダに出た。雲ひとつない青空。少年は空をながめた。やがて、遠くの空に黒い点が現れた。黒い点は徐々に大きくなり、自分に向かってまっすぐ飛んでくるように見えた――。

「先生さようなら、みなさんさようなら!」
「それじゃ、みんな、気をつけて帰れよ!」
「先生!」
 一人の少年が先生にたずねた。
「今日の朝、地球に隕石が近づいているって、テレビで言ってたよ! 大丈夫かな」
「おっ、けん君よく知ってるね。でも大丈夫だよ。隕石が地球に衝突する可能性はとても低いし、もし地球に向かってきたとしても空中で粉々に砕けるから、衝突する可能生はほとんどないよ。だから大丈夫、大丈夫!」
「なーんだ、大丈夫なんだね。安心した」
「おーい、けん君。早く帰ろう!」
「あっ、ごめんごめん」
 少年は友だちの輪に飛びこんだ。

「お母さん、隕石大丈夫みたいだよ」
「隕石? そんなことより、もう塾の時間でしょ。早く準備しなさい」
「はーい」
 母親は、今朝やっていた隕石のニュースに全く興味がないようだ。

 一週間後、今日テストの九九の確認を終え、学校へ行こうとした少年の耳に、テレビのニュース速報がながれた。
『隕石が地球の大気圏に突入する可能性が極めて高いようです。ただし、巨大な隕石ではないため、大きな被害にはならないと考えられます……』

「先生さようなら、みなさんさようなら!」
「今日も気をつけて帰れよ!」
「先生!」
「ん、またけん君か」
「今日、家を出るとき、隕石が大気圏に突入するってテレビで言ってたよ。本当に大丈夫なのかな?」
「うん、そうみたいだね。でも地球に入ってきても、大気との衝突で粉々に砕けるから大丈夫。大きい隕石だと全部は粉々にならないけど、地球にぶつかる前に火球となって燃えつきてしまうから心配ないよ」
「火球って?」
「大きな隕石は地球に落ちてきたとき、高温になってとても明るい光を発するんだ。それが火の玉のように見えるから火球っていうんだよ。火の玉の流れ星。宇宙からの贈り物だね。もしかしたら見れるかもしれないよ」
「火の玉の流れ星! すごい!」
「けん君、野球しに行こう!」
「あっ、今日はごめん。ちょっと用事があるんだ」
 友だちの誘いを断わり、急いで帰宅した少年は、机の引き出し奥にしまっておいたお小遣いを持ち出し、近くの本屋に向かった。そして、宇宙図鑑を買った。火球の写真ものっている。大きな火球が、真っ黒な空にまぶしく光っている。
「わー、すげー」
 少年は、宇宙からやってきたその火の玉に、壮大なロマンを感じた。
「本当に宇宙からの贈り物。早く見たいな!」

「ハロー、マイケル隊員。こちらジョーンズ。応答せよ」
 ヒューストンのミッションコントロールセンターから、国際宇宙ステーションにテレビ電話がつながった。
「ジョーンズ所長、こちらマイケルです」
「宇宙ステーションの核融合発電は順調に進んでいるか?」
「はい、順調です」
「それはよかった。そのまま開発を継続してくれ。それとだが、例の地球に接近している隕石。軌道計算チームによると、宇宙ステーションへの衝突はどうにか免れるようだ。ただし、計算によると、ちょうど今夜二十四時二十分頃、一キロメートル先を一分間だけ、宇宙ステーションと並行して通過するらしい」
「一キロメートル先ですか?」
「そうだ。それでだが、こちらの解析では、どうやら地球に接近しているのは隕石ではなく、人工物ではないか、という話も出ている」
「人工物?」
「まだ確定はできていない。だから君にテレスコープで直接目視してもらい、その情報をこちらに伝えて欲しい」
「目視ですか?」
「もちろん映像も送ってくれ。しかし、テレスコープ映像は処理に時間がかかるし、途中でトラブルも有りうる。一刻も早く情報が欲しいので、まずは目視で伝えて欲しいんだ。形と、大きさと、そして仮に人工物だとしたら、それが一体何なのか。見たままを直接伝えてくれ」
「分かりました」
 ただちにマイケル隊員は、テレスコープ室に入り、準備に取りかかった。

 時計は二十四時を過ぎた。マイケル隊員は、隕石が近づく方向にテレスコープを向けた。
「ジョーンズ所長、準備ができました」
「よし、それでは観測を始めてくれ」
「わかりました」
 マイケル隊員はテレスコープを覗いた。間違いなくこちらの方向から物体はやってくる。確実にこの目でとらえよう。
 数分後、黒い物体が小さく見えた。物体は徐々に近づいてくる。マイケル隊員は集中してその物体を追った。
「所長、見えました。しかし、それが何なのか、まだわかりません」
「そうか。はっきりと見えるのは十分後、時間にしてわずか一分だ。そのまま観測を続けてくれ」
 マイケル隊員は、どんどん近づいてくる物体をテレスコープで追った。
「ん……?」
 マイケル隊員は首をかしげた。
「所長。どうやら、隕石ではないようです」
「やはりそうか。それで物体は何なんだ?」
「まだわかりません。まだ…………」
「おい、どうした」
「何か、ロケットのように見えます」
「ロケット? どんなロケットだ」
「ロケットはロケットですが……、エンジンは完全に止まっていて、機体のあちこちに穴が空いています。大きくひび割れている箇所もたくさん見られ、かなりぼろぼろのロケットです」
「宇宙ごみか? そのまま監視を続けてくれ」
 マイケル隊員は目をこらしてテレスコープを覗きこんだ。するとロケットの壁に、何やら絵のようなものが描かれているのに気づいた。
「所長、ロケットの壁に絵のようなものが描かれています」
「絵だと? 何の絵だ」
「まだよく見えませんが、あっ、見えてきました。赤い丸が一つ描かれてあります」
「よし、伝えてくれ」
「真ん中に赤い丸が一つあって、それを中心に大中小の三つの円が、同心円状に描かれています」
「ん……? 同じ赤丸を中心とする円が、異なる半径で三つ描かれているということか?」
「そうです。そして、内側から二つの円上には黒丸が一つずつ、三つめの円上には青丸が一つ、赤、黒、黒、青と四つの丸印が並ぶように描かれています」
「四つの丸印?」
「そうです。例えると……、太陽を回る惑星の絵でしょうか。それで、四つ目の青丸からは楕円状の線が伸びていて、その先の絵が……」
「その先の絵が?」
「さっ、先の絵が……、絵が……」
「どうした、絵が何なんだ?」
「放射性廃棄物のマークです!」
「放射性?」
「しょ、所長! 割れた機体の隙間からロケットの内部も見えます。ロケットの中身は、キャスクです」
「キャスク?」
「使用済み核燃料を保管する乾式キャスクです。そのキャスクが、びっしりと積まれています!」
「びっしりと? 数はわかるか?」
「数ですか? いやもう膨大です。恐ろしいほど大量に積まれています!」

 十分後、ジョーンズ所長のもとに映像が届いた。その映像には、あちこち大きくひび割れたぼろぼろのロケットが映し出され、割れた隙間から、乾式キャスクがびっしりと積まれているのが見える。そのキャスクの中には、割れて中の核燃料がむき出しになっているものも多数あった。壁には、赤丸、黒丸、黒丸、青丸と一列に並ぶ四つの丸印が描かれ、青丸からは放射性廃棄物のマークが伸びている。
 呆然と立ちつくすジョーンズ所長に、助手のジムが不安げにたずねた。
「所長、これはいったい?」
 ジョーンズ所長は、なんとか冷静さを取り戻し、話し始めた。
「赤丸は太陽、二つの黒丸は水星と金星で、青丸は地球……。そしてその地球から、放射性廃棄物が伸びている……」
「どういうことですか?」
 ジムは所長の目を見た。
「打ち上げられたのだ。昔、地球から宇宙に打ち上げられた放射性廃棄物が、楕円軌道を描いて再び地球に戻ってきたのだ……」
「放射性廃棄物……。所長! 地球はどうなるんですか?」
「このキャスクの量だと、ざっと見積もって数万個ある。これが地球に衝突すると……」
「衝突すると……?」
「滅亡だ……」

「寄り道しないでまっすぐ家に帰るように!」
 先生が厳しい顔で話している。こんな顔をした先生は見たことがない。突然の帰宅指示。楽しみだった給食も、午後の野球大会も突然中止。少年は先生にたずねた。
「先生、火球が見えるのって今日だよね」
「そんなことより、早く家に帰りなさい。そして、親の言うことをちゃんと聞くんだ。いいな!」
 先生は、すぐに目をそらし、もう何も聞くなと言わんばかりに帰り支度を始めた。

 少年は言われたとおり、まっすぐ家に帰った。今日はなぜか町がうるさい。いつもは静かな町なのに、やけに車が渋滞している。小さなスーパーも人であふれ、大きなレジ袋をたくさん指にぶら下げて、次々と人が出てくる。いつもと違う町の風景。とにかく少年は家に急いだ。

 帰宅すると、台所にはトイレットペーパーやら、米やら、缶詰やらが、山のように積まれていた。おばあちゃんは大量の食料品を床下収納にせっせと並べ、両親と兄は、窓の周りにガムテープをべたべた貼っている。
 テレビでは、キャスターが「外出しないでください」「窓を閉め、室内で待機してください」「窓の隙間をガムテープでふさぐのも効果的です」と、険しい顔でうったえていた。
「あっ、今、総理がこちらにやってきました。総理!」
 会議が終わり、帰りぎわの総理大臣に、大勢の記者がマイクを向けた。総理が何やら深刻な顔で説明をしている。
「直ちに健康に及ぼす害はありません……」
「総理!総理!」
 記者の質問を途中で打ち切り、総理はすたすたとどこかへ消えた。それを見て、コメンテーターの一人があることに気づいた。
「あれ? 帰る方向がいつもと違いますね」
「と言いますと?」
「その方向には、首相官邸の核シェルターがあります」
 すると突然、関係者が漏らしたとされるスクープ映像がテレビにながれた。地球に向かうぼろぼろのロケットが、嵐に襲われた難破船のように、黒い海にぼーっと浮かんでいる。
 そのとき、寝たきりのおじいちゃんが、介助なしでのそっと現れた。一人では歩けないはずのおじいちゃん。乱れた服もそのままに、テレビの前によろよろと歩き寄る。
 家族はみんなあっけにとられ、おじいちゃんの様子をうかがった。おじいちゃんはテレビに映るロケットをじっと見すえ、かすれた声でぽつりとつぶやいた。
「人類を、終わらせにきたな……」
 テレビ放送が突然中断した。

 少年は一人、二階の自室に行った。そして、ガムテープを伸ばし、窓の縁に貼ろうとした。
 が、少年はガムテープをベッドに放り投げ、窓を開けてベランダに出た。さっきまでの騒々しさが嘘のように、町はひっそりと静まり返っていた。少年は空をながめた。雲ひとつない青空。リフォームしたての透明屋根は、空全体を切れ目なく映し出した。少年は手すりをつかみ、火の玉の向かってくる方向に顔を向けた。
 「あ、見えた!」と思ったが、それは鳥の群れだった。大小様々な鳥たちが、大きな塊となって少年の頭上を通過し、同じ方向に向かって飛び去っていった。鳥だけではない。犬や猫や小動物たちも、鳥と同じ方向に走り去っていった。
 そのとき、遠くの空に黒い点が現れた。
――来たぞ、来たぞ、火の玉だ! 図鑑で見た火球だ!
 黒い点は徐々に大きくなり、自分に向かってまっすぐ飛んでくるように見えた。
――見れるぞ、火の玉。ぱーっと光を放つんだ。ぱーっと光を!
 少年は興奮をおさえることができなかった。少年は手すりをぎゅっと握りしめ、徐々に大きくなる宇宙からの贈り物をじっと見つめていた。

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