ショートストーリー:1人になりたくて
どうにもこうにも、モヤモヤする。
なんなんだろう。
どうしてあんなこと言うのか。
なぜ、私ばかりがやらないといけないのか。
心の中いっぱいに広がる、どろどろとした感情を持て余しつつ、雨で濡れた路面をずんずん歩く。
誰かに愚痴を聞いてほしいけれど、うまく説明できる自信がないし、分かってもらえなくて、余計イライラするのが目に見えてる。
傘を持つ手がかじかんできた。
早く家に帰って、こたつに足を突っ込んでゴロゴロしたいけど、この暗い気持ちを持ったまま家に帰るのは嫌だ。
かといって、どこにも寄る気にはなれない。
心も体も宙ぶらりんのまま、駅に向かって進んでいると、鮮やかなブルーグリーンのお店が、目の端に入った。
こんなところにケーキ屋さん、あったんだ。
どんよりとした冬の空とは対照的な、まるでそこだけ爽やかな風が吹いていそうな佇まいのお店だ。
なんか、おいしいものでも買っていこう。
小さなケーキ屋に入る。
目に飛び込んできたのは、きらびやかなケーキたち。
今食べたいのはこういうキラキラしたものじゃない。
だけど、素朴な焼き菓子を食べたい気分でもない。高級感があるけど、かぶりつけるようなワイルドさもあって、でもしっかりおいしくて、噛み答えのある何か。
そんなワガママな心の内に気づかない店員さんは、ニコニコと私の動向を見つめている。
小さな店内をうろつくわたしの目が留まったのは、冷蔵庫にひっそりと、だけど抜群の存在感を放って鎮座しているバターサンドだった。
ふわっとしたかみごたえのないケーキではなく、ほどよい硬さと確かなかみごたえ。
高級感はあるのに、手でパクッと食べられる手軽さ。
サンドしてあるラムレーズンは、家にストックしてあるストレートティーに合いそうだ。
「このバターサンド、3つください」
靴下を脱いで、こたつに足を入れる。
温かい紅茶をお気に入りのマグカップに並々と注ぎ、バターサンドにかじりつく。
うまくいかないこともあるけれと、日常にひっそりと隠れている幸せの瞬間。
ほろほろっと崩れるクッキーを手で受け止めながら、ひとりでニヤニヤする夕暮れ時。
足の先がじんわりと温かくなってくる。
もうひとつ、食べちゃお。
1人になれる嬉しさと寂しさを同時に味わいながら、2つめのバターサンドに手を伸ばす。
ひとり時間を楽しませてくれるのは、
1人になりたいと思えるほんのわずかな勇気と、おいしい相棒。
それを叶えてくれた、手のひらサイズのバターサンドをじっくり眺めてから、大きな口を開けて、かじりついた。
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