同値関係と両立する写像(8)

前回は環における合同関係を調べるとイデアルが現れた。そして合同関係とイデアルは1:1対応の関係であった。

今回は単位的半群上の加群(R加群)の場合を調べよう。まずR加群の定義を述べる前に、話は一旦「作用」の定義に溯ろう(1節)。そのあと単位的半群上の加群を定義しよう(2節)。定義を理解されている方は話のメインである3節から入って頂いて構わない。このような代数系の例としては、線形空間(あるいはベクトル空間)は体上の加群であり、環は自分自身の上の(両側)加群でもある。それゆえR加群は環の拡張概念であり、前回の結果を含む。R加群における合同関係から部分加群が現れ、合同関係と部分加群が1:1対応することをみよう。

1.作用の定義

まず「作用」とは何かを説明するのに、過去の記事で概念的に気持ちだけ述べていた。

今回はR加群という厳格な数学的対象があるので、気持ちだけではなく定義を厳密にしよう。

aを任意の対象とし、Xを任意の集合とする。対象aが影響してXの元が別の元に写されることを考える。

集合X上の変換とは、集合Xから集合Xへの写像のことをいう。

対象aが集合Xに作用するとは、対象aがX上の変換ρ(a)に対応する:
 a↦ρ(a)
ときにいう。対象aに対応する変換ρ(a)によるx∈Xの像を、簡単にaxで表す:
 ax=(ρ(a))(x)

axは対象aがX上の変換そのものであれば、対応する元の書き方としてa(x)と括弧を付けて書くべきだが、axと書いて括弧(   )を省略しても書き方として特に困ることはない。対象aはX上の変換そのものでなくてもよいという趣旨は、「Xの変換全体」への対応ρによって実現されている。

いくつかの作用する対象を考える場合は、集合A上の作用という概念に拡張すればよい。即ち、集合Aの任意の元が集合Xの上に作用するとき、集合Aは集合Xに作用するという。

次に集合Xに何らかの構造を持っていて、X上の変換としてはその構造と両立するようなものを考えよう。これをX上の自己準同型(endomorphism)と呼び、そのすべてから成る集合をEnd(X)と書く。2つの変換がともに構造と両立するとき、その2つの変換を合成してもまた両立して然るべきであろう:
 ◦:End(X)×End(X)→End(X)
  (f,g)↦f◦g
  f◦g(x)=f(g(x)) (x∈X)

そこで作用する集合Aには乗法(・)が与えられていて、対応する変換全体における合成(◦)と両立していると仮定しよう:
 ・:A×A→A,(a,b)↦a・b
 ρ(a・b)=ρ(a)◦ρ(b)
 (a,b∈A)
即ち、
 (a・b)x=a(bx) ,(a,b∈A,x∈X)   ・・・(1)

ところで合成写像の記法であるが、一般に2つ自己準同型fとgの合成写像f◦g:X→Xは
 f◦g(x)=f(g(x)) (x∈X)
を意味する。これはxを写像gで写してから、写った像g(x)を写像fで写すという順番となる。この記法に従って写す順番をfからgの順にしたければ
 g◦f
と記述しなければならない。写像の順番としてどちらを優先するかという選択は、単に決めの問題に過ぎない。そこで◦の合成の意味でその反転を与える新しい合成を◦’で書こう:
 ◦’:End(X)×End(X)→End(X)
  (f,g)↦f◦’g
  f◦’g(x)=g◦f(x)
      =g(f(x)) (x∈X)

こうして、Aの乗法が対応する自己準同型の合成と両立するというのは◦’の意味でもよい:
 ρ(a・b)=ρ(a)◦’ρ(b)
 (a,b∈A)

その場合は、写像ρを
 (ρ(a))(x)=xa
と書くと分かりやすくなる。この記法に従えば
 x(a・b)=(ρ(a・b)) (x)
      =(ρ(a)◦’ρ(b)) (x)
      =(ρ(b)◦ρ(a)) (x)
      =(xa)b ,(a,b∈A,x∈X)   ・・・(2)
となって、作用する順番が表記した順番と素直に対応する。

こうして、(A,・)が何らかの構造を持った集合Xに作用するとは、(1)または(2)を満たすような写像:
 ρ:A→End(X)
をいう。

これらをまとめて、
(1) ρ:(A,・)→(End(X),◦) が準同型写像
のときに、AはXに左作用するといい、
(2) ρ:(A,・)→(End(X),◦’) が準同型写像
のときに、AはXに右作用するという。

Aが単位元1を持つとき、左右どちらの作用についても準同型は単位元を単位元に写すことを課すからρ(1)は恒等写像
 (ρ(1))(x)=x (x∈X)
となる。

また、Aの乗法が可換であれば、左作用と右作用の概念は一致する。実際、
 a(bx)=(ab)x=(ba)x=b(ax) 
(a,b∈A,x∈X)
であるから、bの作用のあとにaの作用をするものと、aの作用のあとにbの作用をするものは一致する。そのときは左右の区別を取り払って単に「AはXに作用する」という。

2.R加群の定義

(R,・,1)を単位的半群、(M,+,-,0)を可換群とする。可換群Mは加法の記号(+)で書きたいのでここでは加法群Mと呼ぶ。Mが左R加群(left R-module)であるとは、
 (1) (a・b)x=a(bx) ,(a,b∈R,x∈M)
 (2) 1x=x ,(x∈M)
 (3) x↦ax が加法群Mにおける自己準同型写像であること:
     a(x+y)=ax+ay ,(a∈R,x,y∈M)
となるときにいう。(3)で加法についてのみであるが、このとき
 a0=a(0+0)=a0+a0
より、両辺-a0を加えれば
 a0=0 ,(a∈R)
となる。また、
 ax+a(-x)=a(x+(-x))
        =a0
        =0
より
 a(-x)=-ax ,(a∈R,x∈M)
となる。従って、Rの各元aで単位元は単位元に、逆元は逆元に写るから自動的にx↦axが加法群Mの自己準同型となる。

Rの左作用は、各a∈Rに対して、Mに1項演算
 x↦ax
を定めている考えられる。

そこでR加群Mの部分集合Nが、Mのすべての演算でNが閉じているとき、即ち、
 ・(N,+,-,0)はMの部分加法群である
 ・Rの左作用で閉じている:
  a∈R,x∈N ⇒ ax∈N
であるとき、Nを部分加群(submodule)、あるいは作用している集合を陽に表してR-部分加群という。

なお、右R加群(right R-module)も同様に定義される。その際の部分加群も「左」を「右」として読み替えていけばよい。

Mが左L加群で、右R加群で、さらに左右の作用が可換であるとき、Mは両側(L,R)加群(L,R-bimodule)という。特にL=Rのときは両側R加群という。左右の作用が可換であるとは、
 (ax)b=a(xb) (a∈L,b∈R,x∈X)
を意味する。従ってこの値はaxbと括弧を書き忘れてもよい。

環Rは自分自身Rに、環Rの乗法によって左ないし右作用する:
 a・x=ax,x・a=xa (a,x∈R)
(左辺の・は作用の意味で、右辺はRの乗法の意味である)
この左(右)作用を自然な左(右)作用という。そして環Rは乗法について結合法則を満たすから、両側R加群である。この作用を自然な両側作用という。前回『同値関係と両立する写像(7)』の「1.環の定義」においてこのような用語を定義していたのは、作用の定義に由来していたからである。

3.合同関係から部分加法群

Rを単位的半群、Mを加法群とし、左R加群Mに合同関係~が与えられているとする。

まず、~はMの加法について両立するとき、
 N={x∈M|x~0}
とおくとNはMの部分加法群となることは群のところで既に見た。

次に~がRの左作用についても両立することから、
 x∈R,a∈N ⇒ xa~x0=0
         ⇒ xa∈N

まとめると、
・~が加法と両立する 
 ⇒ (ⅰ)NはRの部分加法群である
・~がRの左作用と両立する
 ⇒ (ⅱ)NはRの自然な左作用で閉じている
ということがわかった。

この(ⅰ),(ⅱ)の条件を満たすMの部分集合NはMの部分加群に他ならない。

また、このとき
 a~a’ ⇔ a-a’∈N
が成り立つ。

4.部分加法群から合同関係

Rを単位的半群、Mを加法群とし、集合Nを左R加群Mの部分集合とする。

NをMの部分加法群(条件(ⅰ))とし、
 a~a’ ⇔ a-a’∈N
によって関係~を定義すると、これは同値関係となり、
 a~a’,b~b’ ⇒  a+b-(a’+b’)
           =(a-a’)+(b-b’)∈N
         ⇒ a+b~a’+b’
となる。よって、同値関係~は加法と両立する。

NがMの部分加法群(条件(ⅰ))でさらにNはRの左作用で閉じている(条件(ⅱ))とすると、
 r∈R,a~a’ ⇒ ra-ra’
           =r(a-a’)
           ∈N
         ⇒ ra~ra’
となるから、同値関係~はRの左作用とも両立する。

まとめると、
・(ⅰ)NはMの部分加法群である
 ⇒ ~は加法と両立する
・(ⅰ)NはMの部分加法群で、
 (ⅱ)NはRの左作用で閉じている
 ⇒ ~はRの左作用と両立する
ということがわかった。

よってMの部分集合Nが部分加群であるとき、上で定める同値関係~は、R加群Mの合同関係である。

5.1:1対応

こうして、左R加群Mにおいてその合同関係とMの部分加群の間には1:1対応が付く:
   {左R加群Mの合同関係}↔{左R加群Mの部分加群}
           ~   ↔   N

こうして左R加群の部分加群は、左R加群の上の合同関係によって特徴づけられるし、逆も同様である。

6.右作用、両側作用の場合

以上3節~5節の議論はR加群Mが左作用に対する議論であったが、同じことが右作用に対する議論もでき、同様な結論が得られる:
   {右R加群Mの合同関係}↔{右R加群Mの部分加群}
           ~   ↔   N

両側作用であれば左作用と右作用の結果から共通を取ればよい:
 {両側(L,R)加群Mの合同関係}↔{両側(L,R)加群Mの部分加群}
             ~   ↔   N

7.まとめ

今回は単位的半群Rに対するR加群を例に合同関係について調べた。R加群の合同関係は自然にR-部分加群を引き起こし、R-部分加群によって特徴づけられることをみた。

また、この結果の環Rの場合への適用としては、環Rを両側R加群とみれば、合同関係は両側R部分加群、即ちイデアルに対応する。これは前回の結果と一致する。

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