【分解する物語(10)】最小公倍数
今回は第9話で保留した最大公約数の2つの定義の同値性を確認しよう。そのためには最小公倍数の2つの定義から始まり、その同値性を示す。次に最大公約数の2つ定義とその同値性を示す。
最後にこの証明を見直し、何を使ったか観察してみよう。我々は自然数のある1つの初等的な原理を使っていることに注目する。従ってすべてはその原理が素因数分解の一意性を導いていたことになる。
1.最小公倍数の2つの定義
【定義1】
任意の2つの自然数a,bについて、次の2条件を満たす自然数mをaとbの最小公倍数という:
(1)a|m かつ b|m
(2)a|m’ かつ b|m’ ⇒ m≦m’
【定義2】
任意の2つの自然数a,bについて、次の2条件を満たす自然数mをaとbの最小公倍数という:
(1)a|m かつ b|m
(2)a|m’ かつ b|m’ ⇒ m|m’
条件(1)はともにmが公倍数であることをいっている。
定義1と定義2の違いは条件(2)の結論部分である:
定義1の条件(2)は公倍数の中で大小関係についての最小値
定義2の条件(2)は公倍数の中で整除関係についての最小値
をいっている。
2.最大公約数の2つの定義
【定義1】
任意の2つの自然数a,bについて、次の2条件を満たす自然数dをaとbの最大公約数という:
(1)d|a かつ d|b
(2)d’|a かつ d’|b ⇒ d’≦d
【定義2】
任意の2つの自然数a,bについて、次の2条件を満たす自然数dをaとbの最大公約数という:
(1)d|a かつ d|b
(2)d’|a かつ d’|b ⇒ d’|d
条件(1)はともにdが公約数であることをいっている。
定義1と定義2の違いは条件(2)の結論部分である:
定義1の条件(2)は公約数の中で大小関係についての最大値
定義2の条件(2)は公約数の中で整除関係についての最大値
をいっている。
3.(最小公倍数)定義1⇒定義2
a,bを任意の自然数とし、mを最小公倍数の定義1を満たすものとする。このmが最小公倍数の定義2を満たすことを示す。(1)はそのままであるから、(2)をいえばよい。
m’をa,bの任意の公倍数とする:
a|m’ かつ b|m’
このとき
m’=ax’=by’ ・・・①
を満たす自然数x’,y’が存在する。
同様にして、mも公倍数であるから
m=ax=by ・・・②
を満たす自然数x,yが存在する。
そしてmの大小関係に関する最小性(定義1の(2))より
m≦m’
である。
m=m’なら
m|m’
であるからそれでよい。
そこで、m<m’とする。
①-②より
m’-m=a(x’-x)=b(y’-y) ・・・③
となる。なお、③の値は正の数であるから、自然数における減法が問題なく定義される。
③よりm’-mはm’より真に小さいaとbの公倍数である。従って改めてこれをm’として①の議論に戻れば、m=m’ならそれでよく、m<m’であれば再び③の式が得られる。
こうして、③⇒①⇒③⇒①⇒・・・という繰り返しがm<m’である限り繰り返される。公倍数m’の列は各ステップで真に小さくなるから、自然数の単調減少列である。従って、あるステップの段階でm=m’とならなければならない。このとき、それがN回目(N≧1)で起きたとすれば
m’-(N-1)m=m
即ち、
m’=Nm
である。
従って、
m|m’
が証明された。
4.(最小公倍数)定義2⇒定義1
逆は次のことから明らかである:
m|m’ ⇒ m’=mx を満たす自然数xが存在する
⇒ m≦m’
5.(最大公約数)定義1⇒定義2
a,bを任意の自然数とし、dを最大公約数の定義1を満たすものとする。このdが最大公約数の定義2を満たすことを示す。(1)はそのままであるから、(2)をいえばよい。
d’をa,bの任意の公約数とする:
d’|a かつ d’|b
d’とdの最小公倍数をmとおく:
d’|m かつ d|m ・・・④
d’|m’ かつ d|m’ ⇒ m|m’ ・・・⑤
このとき、
m=d
を示せばよい。
④のd|mより、明らかに
d≦m ・・・⑥
である。
一方、d’およびdはそれぞれa,bの公約数であった:
(d’|a かつ d’|b) かつ (d|a かつ d|b)
即ち、これは見方を変えればaおよびbはそれぞれd’,dの公倍数である:
(d’|a かつ d|a) かつ (d’|b かつ d|b)
よって、⑤より
m|a かつ m|b
である。これはmがaとbの公約数であることを意味する。
従って、dの大小関係に関する最大性(定義1の条件(2))より
m≦d ・・・⑦
を得る。
よって、⑥と⑦により、
m=d
である。
6.(最大公約数)定義2⇒定義1
逆は次のことから明らかである:
d’|d ⇒ d=d’x を満たす自然数xが存在する
⇒ d’≦d
7.最小公倍数の証明に関する観察
最小公倍数における定義2⇒定義1の証明中に、無限に公倍数の単調減少列が作れないことをみた。そこでは、mの最小性が効いていて最終的に
m’-(N-1)m=m
となることから従う。
ところでこの等式の左辺は、自然数m’からmを繰り返し減じるという操作をしている。一般には1つの自然数からある自然数を繰り返し減じた結果が、その減じた自然数自身と一致するとは限らない。
この観察は、自然数における除法の原理を暗示している:
任意の自然数a,bに対して、0以上の整数q,rで、
a=bq+r (0≦r<b)
となるものが存在する。
この「除法の原理」は自然数における加法と乗法の定義から直ちに得られる結果で、これは加法と乗法を結びつけている。
一方、単位的半群では2項演算は乗法のみを定義して考察している。このことから、このような原理が成り立つような一般の世界を考えるには、まず加法と乗法の2つの2項演算を導入しなければならない。そしてそれらがいくつかの公理を満足するとき、環や半環などと呼ばれる代数系に対応するが、その世界で一意分解条件が成り立つための条件を、整数や自然数のこのような知見から抽象化して考察を進めることもできるだろう。しかしそれは本章の範囲を超えてしまう。
8.結論
今回は、最小公倍数や最大公約数の2つの定義の同値性を見てきた。最大公約数の定義2⇒定義1を示すところで、最小公倍数を使った。そして最小公倍数の証明を振り返ると、自然数の世界は結局のところ加法と乗法を結びつける「除法の原理」に行きついた。
「除法の原理」はもはや可換な単位的半群のモデルの範疇になく、加法の構造も追加されるようにモデルチェンジしなければならない。そしてその中で一意分解の考察を続けることになろうが、それは本章の範囲を超える。
次回はここまでの考察の経緯を概観して最終話にしよう。