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【分解する物語(6)】約鎖条件

Rは簡約条件を満たす、可換な単位的半群としよう。Rの元を分解していったときに、自然数における素因数分解のときのように、既約元というこれ以上分解ができないところまで行きつくかというのは、一般に保証されているのだろうか。今回はこのことについて考察し、既約元にまで分解される一つの十分条件を得る。

1.約元の列を作る

Rの零元でも可逆元でもない元aをひとつ固定しよう。このaを出発点としてどんどん分解していくことを考えよう。そこで
 a=a(0)
と番号を付けよう。

まず1回だけ分解してみよう。約元a(1)があって、ある元xによって
 a(0)=a(1)x
と書ける。これは1回目の分解になる。

次に、元a(1)について分解を考える。その約元a(2)があって、
 a(1)=a(2)x’
となる元a(2)がある。これは2回目の分解になる。

以後これを繰り返し、n回目の分解まで行うとき、約元の列
 a(0),a(1),a(2),・・・,a(n)
が得られる。ただし、
 a(1)|a(0),a(2)|a(1),・・・,a(n)|a(n-1)  ・・・(★)
である。この(★)が成り立つことを簡単に、
 a(n)|a(n-1)|・・・|a(2)|a(1)|a(0)
と略記しよう。

ところで、可逆元は常に割り続けるから、分解の列は確実にストップしない。そこで、真の約元に限定しておこう。

すでにa=a(0)が既約元であれば、もう分解は起きないから、分解は0回目で終わっている。

一般にはある第n回目でa(n)が既約元となればそこで停止する。

しかし、もしかしたらこの操作は永久に繰り返されて停止しないかもしれない。そのような例が実際にあるのだろうか。

2.既約元の存在しない例

0以上1以下の実数から成る集合をR=[0,1]とおく。これは実数全体の部分集合である。

なお、一般に実数αとβについてα≦βのとき[α,β]という記号は、端点αとβを含んでα以上β以下の実数すべての集合を指し、これを総称して閉区間(へいくかん)と呼ばれる:
 [α,β]={x|xは実数で、α≦x≦βを満たす}

このRに実数の通常の乗法を考えると、a,bがRの元のとき、
 0≦ab≦1
であるから、積abはRで閉じている。

実数全体で乗法は既に結合法則と交換法則を満足するから、特に部分集合Rにおいても結合法則と交換法則を満足する。

また、Rは単位元1を含み、Rの可逆元は1のみである。特に群ではない。なお、零元は0である。

そして簡約条件:
 a≠0とRの任意の元b,cについて
 ab=ac ⇒ b=c
が成り立つことも実数全体の世界に広げて考えれば明らかである。

よって(R,・)は、簡約条件を満たす可換な単位的半群で、群でもない。

ところで、このRには既約元が存在しない。

実際、0と1以外の任意のRの元をmとすると、mの平方根√mを考えれば、0<m<1だから
 0<√m<1
で√mはRに属し、単位元1でも零元0でもない。そしてmはその2乗に分解される:
 m=√m・√m

従って、mは単位元や零元を除く任意の元で真の約元をもつから、Rには既約元が存在しない。

このRは真の約元による分解がどこまでも続き得るということを示している。

3.約鎖条件の定義

そこで、いつかは停止するというのを条件に付け加えよう。同伴な範囲で停止すればよいから、次の約鎖条件を考えればよい:

(Ⅱ)約鎖条件
Rの元のa(0),a(1),a(2),・・・が性質
 ・・・|a(n)|a(n-1)|・・・|a(2)|a(1)|a(0)
を持つとき、ある番号Nが存在して、N以上のすべてのnについて
 a(n)~a(n+1)
となる。

この条件によって、「任意の元についてどんな約元の列があっても、その列がどこまでも続くことはなく、どこかで(同伴の範囲において)強制終了している」ということになる。

4.既約元分解

さて、Rにこの条件が付け加わるとどうだろうか。必ず既約元にまで分解しきるといえるか確認しよう。

aを零元でも可逆元でもないとする。aの真の約元を見出しては積の形に書き換え、またその約元に対しても真の約元を見出しては積の形に書き換え、これを繰り返し次々にaを真の約元の積に分解していくと、約鎖条件により究極的には
 a=pb
となる元b,pで書かれ、元pは真の約元を持たないところに行きついた。つまり、この元pは既約元である。

同様にbについても既約元とある元との積に分解される。

以後、これを続ければ再び約鎖条件によって次のことが導かれる:

 零元および可逆元を除く任意のRの元aは、いくつかの既約元p(1),p(2),・・・,p(n)および可逆元uの積に分解される:
 a=up(1)p(2)・・・p(n)

このような、いくつかの既約元および可逆元の積への分解を既約元分解(きやくげんぶんかい)という。また、Rが零元と可逆元を除く任意の元が既約元分解できるとき、単にRは既約元分解可能であるということにしよう。

以上より、約鎖条件を追加すれば、既約元分解可能であることが示された。

5.逆はいえるか(課題)

では逆は成り立つだろうか。つまり、
 簡約条件を満たす既約元分解可能な可換な単位的半群は約鎖条件を満たす
は正しいだろうか。

これが成り立たないとすれば、反例がある。その反例は次のような世界になる:

「零元でも可逆元でもない元aを持ってきたときに、aをスタートとして真の約元のみからなる列がどこまでも続き、永久に停止しないものがあるが、一方でaは既約元分解される、という元aがある」

逆命題が肯定的または否定的であるかは筆者の中では完成していない。これは一つの課題として残し次に進もう。(注意1)

(注意1:既約元分解が「一意的」であることを仮定に付け加えれば肯定的に証明される。これは次回以降で示そうと思う。)

6.結論

ここまでの既約分解可能性について一つの十分条件が得られた:

 簡約条件をみたす可換な単位的半群は、次のことが成り立つ:
  約鎖条件 ⇒ 既約元分解可能

整数の素因数分解は符号を除いて一意的であったように、一般の簡約条件と約鎖条件を満たす可換な単位的半群でも、同伴の範囲で分解は一意的だろうか。つまり本質的に異なる2通りの分解ができるかもしれないという可能性はないのだろうか。次回はその点について考察しよう。

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