予測変換(よみきり)
最近友達が学校に来ない。
まぁ彼は前から学校を休みがちで、こういうのは別に特段珍しいことじゃない。
しかし、彼は「テストと必要単位だけ出席する」というスタンスを取っている。
だからこの期末テストの最後の日にまで来ないのは未曾有の事態だ。
うちの学校で期末テストを休むと面倒くさいことになるのは周知の事実で、後日テストを解いて提出することに加えてなんで当日休んだのかという理由も報告しなければならない。たまに「(気分的に)だるかったから」と先生に言ってのける猛者もいるようだが、そういうのは闇の集会送りになって倍の量の課題もとい「反省料」を払わされるのだ。
「休むことは反省すべきことなのか?」と前に彼は言っていた。だからこの期末テスト最終日の今日まで彼が休んでいるのはこういった学校のシステムに対しての抗議活動の一環なのかもしれない。
とにかく、この件に関しては深入りするつもりはなかった。少なくとも今日こんなことがあるまでは。
帰ってからさすがに連絡くらい入れておくか、と思いL○NEを開いて彼の名前を探した。
初期設定のアイコンにステータスメッセージはなしというなんとも無味乾燥な出で立ちなのですぐに見つかる。
「どうしたの?テストの日も学校休むな |」
ここまで打ったところでふと予測変換に彼の名前が出ているのに気づいた。
彼の名前は「な」から始まるものではない。
なんか変だなと思いつつ全文を打った。
「どうしたの?テストの日も学校休むなんて|」
明日 学校 に 来 る でも 今日 買っ て た 家 行 け
気味が悪くなった。予測変換が勝手にしゃべり出したのだ。何回打っても何を打ってもそれしか出てこなくなった。電源を入れ直してみてもだめで、彼に電話をかけても繋がらない。
困ったな、彼の家に押しかけるなんて小学生の時宿題を渡しに行った時以来だ。
しかもこんな怪しい心霊現象じみたことに
惑わされるなんて実にアホらしい。
けど気づけば彼の家に押しかけていたんだから仕方ない。
「ねぇ、私だけど、いるの?ねぇってば」
彼の家のご両親は共働きで、夕方のこの時間ならまだ帰ってないはずだ。つまり私がいても不審がられることは無いだろう。きっとそのはずだ。
「ねぇ、入れてよ、って鍵開いてんじゃん」
彼の部屋は2階で、玄関の先にある階段を登ればいい。リビングはやけに静かで夕日が際立って眩しかった。
2階に上がり、彼の部屋のドアを開ける。
そこにはひどく衰弱した様子の彼がいた。
「なんでいんだよ…てか勝手に入ってくんなし。
あーあ、お前の顔見るとやっぱやる気失せるわ」
憎まれ口を叩いているけどその裏に何かほの暗いものがあることくらいさすがに分かった。
「何で学校休んだの?テストの日も来ないなんて珍しいじゃん」
「そんなことわざわざ言うために来たのかよ。
体調不良とか考えねえの?」
「じゃあそのロープはなんなの!!」
「…お前に関係ないだろ」
「関係、あるよ…」
へなへなと座り込んでしまった私に対して吐き捨てるように彼は言った。
「言っただろ、休むことは悪いことなのかって。俺が人生休んだって別に誰も気にしねぇし責められることじゃない」
「…明日は学校来る気だったんでしょ?」
彼は乾いた笑いをこぼした。
「自惚れんなよ、別にお前の顔見てからやろうと思ったわけじゃねぇからな」
夕日はもう沈みかけで、もうすぐ闇が街を包もうとしている。カーテンから見えるのは地平線を溶かしたような橙の空だった。
「予測できなかったよ、こんなことやろうとするなんて。私には止める資格は、ない。ないけど、でも」
肺が大きく上下しているのに上手く酸素を取り込めない。
泣いているのだと気づくのが遅れたのは、もう彼を引き留める時間が少なかったからだろう。
「変えてみせるから、私、大丈夫なんて言えないし、これから何が起こるか予測、できないけど、
君が生きていたくない未来なんて私も生きたくないよ、だから」
日が沈んだ。
「…はは、俺、今怖くねえや」
それから私たちはこっそり家を抜け出して
朝になるまで歩いた。
「ね、昔から君はすごい夜を怖がってたよね。
でも今は歩けちゃってるでしょ。私早速ひとつ
変えちゃったね」
「るせーな。あーあ、またこれから夜を越さなきゃいけなくなる」
「怖いなら電話してよ。寂しいなら呼んでよ。
そうやって暗闇を塗り替えてあげる」
「…変な奴」
「変で結構。人生なんて予測出来ないことばっかりなんだからさ、勝手に変換しちゃえばいい。どうやら君はそこの機能がバグっちゃってるみたいだから、私がそれになってあげるだけ」
しばらくの沈黙の後、そーかよ、という震えた声が澄んだ空気に響いて消えた。
その夜が明けたあと、もう彼はロープを買うことはなかったし、私のスマホはちゃんと動くようになった。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?