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15年前、卒業祝いにもらったウォーターマン エキスパート

字はキレイな方ではないが文房具は好きだ。お気に入りのペンで日記をつける時間は日常の癒しになっている。

中でも思い入れがあるのが、フランスのウォーターマンが作ったエキスパートというボールペンだ。

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正式名称はエキスパート エッセンシャルというのかな。

このペンとの付き合いは、かれこれ15年近くなる。

* * *

大学生のとき、原宿のアパレルショップでアルバイトをした。もともと客として通っていたお店で、たしかブログにだったと思うけれど、アルバイト募集のバナーを見かけて応募した。当時は学生らしく人目ばかりが気になる時期で「こんなのがショップスタッフの面接に?」と思われたらどうしようと、履歴書を前に悩みに悩んだことを覚えている。

無事採用してもらってからは、趣味を仕事にしたようなバイトだったので終始幸せだった。好きな服に囲まれ、その世界に共感した人がお客さんとしてやってくる。当事者意識バリバリの令和のインターン生とは違い、15年前の自分の頭の中はまるでお花畑。売れても売れなくても楽しくて、お客さんやスタッフと話し、お店に並ぶ服を見て、それを鏡の前で合わせるだけでじゅうぶんだった。

閉店間際まで売り上げが低い日は店長はじめ、社員スタッフからどんよりとした空気が滲み出てくる。この状態が好ましくないことはさすがに自分にもわかる。「今日はやばいっすね...」なんて、場に合わせてみたりしていたけど、今になってみればわかる。僕の相槌に危機感なんてみじんも漂っていなかった。そしてそれは、店長たちも当然察していたはずだ。

それでもその責任を僕に負わせることもなければ、プレッシャーをかけられることもなかった。とにかく楽しく過ごさせてくれたことには本当に感謝している。これって誰にでも出来ることじゃない。だから今も、大人としてのロールモデルはあの店の店長や社員のスタッフたちだ。こんな大人になりたいと思える人に学生時代に出会えたことはとても幸運なことだと思う。

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ウォーターマンは最後の勤務日にいただいた。大学と、その店を卒業する記念として。

それまで使っていたのは文房具店のアクリルケースに裸でギッシリ詰まっているようなものばかりだったから、ケースがあることがカルチャーショックだった。すごくうれしかったとともに、「ちゃんとした」感のあるブラックとゴールドを見て、これに見合う社会人にならねばと、背筋が伸びたことを覚えている。

以来、このペンはいつもスーツの胸ポケットに入っている...

んだったらカッコイイのだけど、現実はそうもいかなかった。僕が始めたテレビ番組の制作業は仕事でスーツを着る機会がほとんどなかった。だいたいTシャツにジーンズだから物理的にペンを身に付けられなかったのだ。

それに、ご存知の通りテレビ局のデスクというのは無法地帯のごとく散らかっている。隣のデスクとの境目はどれだけ荷物をどかそうと見えやしない。加えて「あ、ちょっとここのペン一瞬借りるー!」と、書類へのサインを急ぐスタッフが目についた文具を悪気なく拝借していくこともザラ。そんな環境だから、会社に持っていくのは諦めていた。これが営業職にでもついていれば「仕事の契約書はこのペンで書いているんです」なんて言えたかもしれないのだけど。

だからこのペンは10年以上もの間、ほとんど自宅での書き物に使ってきた。年賀状やハガキの宛名書き、紙で提出する書類への記名など、毎日じゃないにせよ、結構な頻度で手にとっているはずだ。

改めてペンを見ると、このペンをいただいたときに比べてずいぶんとくたびれている。そりゃあそうだ。テーブルから落としたり、ほかのペンとぶつけたりしながら持っていたんだもの。線キズはもちろん、ところどころ塗装が剥がれ、地が見えたりもしている。

それでも「書く」という機能については今でも現役。ふだんのメモや日記程度がこのペンにふさわしいのかはさておき、高級文具というのは華やかさだけでなく、タフさも兼ね備えているんだと身を持って実感した。

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そんなウォーターマンにもようやく、ペンの格にふさわしい場がやってきた。それが昨年の自宅購入である。

結婚して10年目、2人の子供たちが大きくなったことに加え、コロナ禍で在宅で働く時間が増えたことから、ゆとりのある家に引っ越すことになった。

一般会社員である自分の人生史上、これ以上フォーマルで緊張感のある契約はないだろう。やはり字はたいしてうまくないのだけど、このペンで一字一字しっかりと書いた。

(それにしてもこの手の契約での紙の多さはなんとかならないのだろうか。ほぼ同じ内容を何十枚にも書いた。役所で書類をもらうことを含めればもっとかな...)

かくして、時は2021年3月に至る。

このペンをいただいたときは右も左もわからなかった若造が、10年以上社会に揉まれ、曲がりなりにも家庭を築き、子供たちに対しては一丁前に父親ヅラをしている。ペンにはだいぶ年季が入ったが、向こうからしたら「きみの方が年季入ったよ」と言いたいぐらいかもしれない。まぁ話すことはかなわないけれど。

1本のペンとこれほどまでに長い時間を過ごすとは思わなかった。これからどんな文具を買おうと、このボールペン以上に思い出を刻めるものはそうないだろう。

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