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the tea today no7 プロダクトデザイナー柴田文江さんと作り上げた「racu」の話

最高の日本茶体験を日常化する。当たり前にする為にはどうすればよいか?私たちはいつも考えています。茶具の開発も手がけるのもその活動のひとつ。「良い茶具」があれば、日本茶がもっと当たり前になる。そう信じています。


そして今回の対談のお相手は、プロダクトデザイナーで「racu」の開発に協力していただいた柴田文江さん。「racu」はお客様にとっての「良いとは何だろう?」からスタートし、「より多くの人に日本茶を楽しんでもらうには?」を追求し完成したプロダクトです。


開発のストーリーを交えた、2人の対談を是非お楽しみください。


左手 柴田文江さん   右手 すすむ屋茶店代表 新原

【柴田 文江】
武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科卒業後、大手家電メーカーを経てDesign Studio S設立。エレクトロニクス商品から日用雑貨、医療機器、ホテルのトータルディレクションなど、国内外のメーカーとのプロジェクトを進行中。iF金賞(ドイツ)、red dot design award、毎日デザイン賞、Gマーク金賞、アジアデザイン賞大賞・文化特別賞・金賞などの受賞歴がある。多摩美術大学教授、2018-2019年度グッドデザイン賞審査委員長を務める。著書『あるカタチの内側にある、もうひとつのカタチ』。


【新原 光太郎】
「racu」ブランドディレクター、日本茶アクティビスト、実業家
1983年生まれ。“鹿児島茶の父” と呼ばれる新原仁次郎を祖父に持ち、幼少期から日本茶に親しむ。株式会社ユナイテッドアローズを経て、2007年に家業の新原製茶株式会社に入社。現在に至るまで県内最大規模の仕入れに従事し、国内茶業者から目利き人としての評価を得る。2012年には “最高の日本茶体験を。” をコンセプトにした「すすむ屋茶店」を鹿児島市上之園町にオープン。現在は東京・自由が丘、鹿児島センテンス天文館に支店を構える。スポーツブランド「デザント」やアパレルブランド「ユナイテッドアローズ グリーンレーベルストア」といった異業種との協業も活発に行っている。近年は会社経営と並行して、“日本茶の力で、地球と世界の人々を優しさで満たす” を信条に日本茶アクティビストとしても活動。

受賞歴
第57回全国茶審査技術競技大会 6位入賞 ※第57回大会最年少入賞
第64回全国茶審査技術競技大会 団体の部 優勝



新原 今日は柴田さんのオフィス「デザインスタジオエス」にお邪魔して、「racu」が完成するまでの経緯や開発時のエピソードを振り返りたいと思います。なぜティーウェアブランド「racu」のデザインを柴田さんにお願いしたのか、そのきっかけってお伝えしてましたか?


柴田 お聞きしましたよ。


新原 弊社のオウンドメディアを読んでくださるお客さまにもお伝えしたいので、少々長くなりますが、改めてお話します。すすむ屋茶店では、お茶を淹れる道具シリーズ「すすむ屋茶具」を展開しています。デザイナーや日本の伝統工芸に従事する方々と協業し、かれこれ9年目を迎えます。定期的に出店する銀座松屋の催事では、茶葉だけでなく、「すすむ屋茶具」も人気があります。


中でも特に人気なのは急須です。お客様の中には「急須のリピーター」という方がおり、不思議に思いながら、度々購入する理由を聞いてみると、必ず割れると。初めは問題ないのですが、半年ほど経つと、手に重さを感じて「パリン」と割れるそうです。しかし、その急須がお気に入りで手放せないため、再度購入するという。このやり取りを通じて、「世の中をもっと良くしたい」といつも語りながらも、もしかしたら自社製品が攻撃的であるのではと思い、悲しい気持ちになりました。


そこで、「割れない素材で優しい製品を作ろう」という考えに至りました。様々なプロダクトデザイナーをリサーチした結果、柴田さんのデザインに興味を持ちました。KINTOさんをはじめ、これまでの柴田さんのデザイン製品を購入しては、日常に取り入れるようになりました。実際、とても使いやすい。自分も家族もすぐ手に取ってしまう。「柴田さんが手がけたプロダクトに、なぜ無意識に手が延びるのか」と考えたところ、その答えはプロダクトに「優しさ」があるから。柴田さんならば、私たちが行っているお茶業界の伝統や文化を、良い意味で丸くしてくれるのではないかと淡い期待を抱きました。そして、インスタグラムを通じて連絡を取りました。

柴田 そうでしたね。その時はプロダクトを作りたい思いが伝わってきました。


新原 私としても色んな伝手を辿れば、柴田さんに辿り着けたと思うんです。ですが直接思いを伝えてみて、これで柴田さんがオファーを受けてくださったら、新たにティーウェアブランドをやる意味があると勝手に思いまして。実際にはどうでしたか?


柴田 陶磁器とインジェクション(金型を用いた成形法)では、ロットや製造上のコストなど、規模感が大きく異なります。新原さんが陶磁器での製造経験があることは承知していますが、まずはその規模感についてお話ししましたね。また、私自身が日本茶について詳しくないこともあり、急須ではなく、かつてデザインした紅茶のティーポッドを使えばいいのではないかと思ったんです(笑)。


新原 仰ってましたよね(笑)


柴田 紅茶のティーポットで問題ないんじゃないかと思って(笑)。それから新原さんにオフィスにお越しいただいて、日本茶を淹れていただきました。その時に、日本茶には日本茶に適した形があることを知りました。ただ、「割れないモノを作りたい」と仰っていることにあまりピンと来なかった。それから陶磁器製の急須をお借りして。形も綺麗だし、私も気に入って使っていたのですが...早速割ってしまったんです。


新原 やっぱり割ったかと(笑)。


柴田 もちろん雑に使っていたわけでもなく、普段は食器を割ることなんてほとんどありませんが、あの時は「割れた...」とびっくりしました。同時に、「割れないモノを作りたい」と新原さんがおっしゃっていた意味がよくわかりました。


新原 割れる理由も一緒に考えましたよね。


柴田 ハンドルが短いわりに重量があるので、道具としてはコツがいりますよね。あわせて淹れる時に手を返さないといけない。動作的に難しいのもあるなと感じました。そもそも急須は道具として難しさがあるから、水を入れることを踏まえて本体は軽い方がいいなと身を持って実感しました。

新原 あの時割っていただいて良かったですね(笑)。


柴田 いえいえ、気に入っていたんですよ。なので、もう一度買いたくなる気持ちもわかりました。陶磁器製の急須も持っておきたいし、「warenai」もあった方が良いと思います。私は日々丁寧に暮らしている方だと思いますが、料理にとことんこだわるとか、そういうタイプでもないです。ただ、仕事をいただいて新しい道具に関わると、そこから自分の暮らしも変わってくるんです。包丁をデザインした時も、紅茶のティーポットをデザインした時もそうでした。道具への向き合い方が暮らしに反映する。今回、新たに日本茶が加わった感じです。


新原 嬉しいです。


柴田 私は毎日使っています。1日何回も。これなら手首を痛めることなく。


新原 毎日使ってもらうのが、私は本当に理想だったので。柴田さんにお話ししたかもしれませんけど、「aibo」(ペットロボット)的な。そんな存在になってほしいなと。いつもそこにいてくれるような。


柴田 一杯淹れて寛いでいると、透明なので「もう1杯飲んで」って言われている感じがしますね(笑)。その影響もあり、最近はすごくお茶の量が増えている気がします。

新原 よかったです(笑)。最初にお会いした時、鹿児島からお茶を持ってきたじゃないですか。飲んだ時、どんな感じがしましたか?我々はあの甘みがある日本茶っていうのが標準で。柴田さんにとっては、どんな印象だったかなと。


柴田 最初に淹れていただいた日本茶を飲んだ時、その風味はかなりしっかりしていて、少しだけ酔った気分になりました。ただ、家に帰って同じように淹れてみたら普通に飲める、とてもまろやかで美味しい味わいでした。それまで日本茶は適当に淹れると渋くなるのもあり、若干苦手な部分もあったんです。日本茶は淹れ方なんだと改めて感じましたね。また、日本茶は体にも良いですよね。


新原 「健康に良い」という側面は確かにあります。アメリカでも日本茶の消費量が年々増していて、ヘルスケアの一環としても取り入れられていますね。僕はコーヒーも大好きで、コーヒーにはコーヒーの役目があると思うんですけど、何か凄く強いパンチを食ってるというか...


柴田 個人的にニュートラルな状態のときには、日本茶が一番合うと感じますね。コーヒーはしゃきっとしたい時やお菓子のお供ですね。最近、日本茶の中にクコの実を7粒ぐらい入れています。薬膳的なこともあり、なんか美味しいんですよ、プチプチしていて。それを毎朝飲んでいます。自分がデザインしたというのを抜いたとしても、自分の暮らし方や、お茶の飲み方が変わるというのは、面白いなと感じています。


新原 確かに劇的に変わってくると思います。最近、地元のお茶屋さんから「これ、どういうことよ!うちの奥さんが今まで作った急須の中で一番これがいいって。今はこれしか使ってないよ」と言われたり、自分の周りでも「warenai」をきっかけに緑茶が好きになった方もいます。

柴田 デザインが好きな方に受け入れられることも大事ですが、あまり気にしないという方が何気なく買ったら、毎日すごく気持ちよく使えるというのも、非常に重要なことです。デザインで様々な表現ができますが、まずはそもそものコンセプトに合わないとですから。毎日何杯も飲むもの、それを淹れるものということを意識してデザインしましたね。


新原 デザイナーが評価するデザインと、一般の方が使いやすいと評価するデザインとの重なる部分は少ないかもしれませんが。


柴田 そこがモノづくりにおいて、一番重要なところだと思います。


新原 柴田さんには1番最初に急須を、その後に湯呑みとキャニスターをデザインしていただきました。その中でどれが1番難しかったですか?


柴田 急須です。樹脂製のものは製造上の条件が多くあります。そういう事情が表に見えなくても「暮らしの道具としてなんか素敵ね」と言われるものでないといけない。型がどうなるとか、容量がどうだとか、それに対して手の角度はどうとか。工業的かつ人間工学的なことを私たちはやっていますが、そういうところには美や情緒みたいなものは一切関係ありません。しかし、出来上がったモノには、逆に美や情緒が優先されます。不思議ですよね。


新原 大変なことだと思います。他にもデザインする上で難しい点はありましたか?


柴田 プラスチックはどうしても安っぽく見られがちです。それをどのように軽減するか、ということにも注力しましたね。一見、プラスチックですけど、肉を厚くしたりとか、フォルムに気を配ったりとか 、細部にまで丁寧にすることで、「プラスチック」という感じではなく、一つの素材として見えるようにと考えていました。プラスチックが一番成型しやすい条件で作ると、全部の肉厚が均一になってしまいます。無理しても一部に厚みを設けたり、ガラスみたいに見えるように心がけましたね。長年にわたりインジェクションでモノづくりをしてきた中で、「やりにくいことをやらないと安っぽさを払拭できない」という経験もありました。なので今回、製造の方たちにはすごく頑張っていただきました。


新原 細かい曲線の部分とかも。何度も直しましたよね。柴田さんが生み出す造形と機能性には感服しました。

柴田 振り返ると、日用品としての価格帯や皆さんが持つ急須のイメージに近づけることも重要でしたね。いつか「warenai」の特別エディションを作りたいと思っていまして、その際は提案させてください。


新原 ぜひお聞かせください。柴田さん、本日はありがとうございました。



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