離京
土産の弁当箱を手に提げて新幹線を待っている
いちど発てば帰る足もないし
懐かしんで帰る故郷でもない
都にはそういった決まりがあるという
それでもぼくは
留まった三月のことを何度もまぶたの裏に焼きなおしているよ
雲がひしめいて空に模様をつくれば
夕焼けの色がいつもと違うと騒いでいたね
小旅行の心づもりであっても
引かれる後ろ髪もあるし
靴底のチューインガムのように
剝がしがたい感情さえ募る
新しくはじまる日々はそう悪くない
明るい光の差すことをもう知っているのに……
想い出の痕跡が
通過列車の窓に映って袖を引く
都から散り散りに帰る故郷を想うと
箒星が尾を引いて流れたような気がした
すっかり高くなった春の太陽が寂しさの陰影を色濃くつくれば
長針は別れと旅立ちの切れ目に明確な線を引いた
乗客に定刻を告げる汽笛のように
はらり、と花びらが川面に落ちて……
どうか健やかに
それが身の丈いっぱいの送辞だと思う
もしもぼくたちの影を縁取る後光がゆるすなら
いつの日かそれぞれの故郷で会おう
photo by kaltenstein153