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パッシブ運用増×エンゲージメントの人的制約増がサステナビリティ情報開示の重要性をさらに高めていく…のかも


2023年4月26日発表の「コーポレートガバナンス改革の実質化に向けたアクション・プログラム」(以下「アクション・プログラム」)について、特に企業のサステナビリティ担当者として自分自身が気になる内容を見て行くシリーズ、第2回です。


本日のnoteでは、「投資家との対話の実施状況やその内容等の開示」に関する資料(資料名:「株主との対話の推進と開示」に関する企業の対応状況とフォローアップ)(注1)を読み、気になったことを書いています。




「対話相手の投資家が見つからない」と企業が考える理由は

今年(2023年)3月、「株主との対話の推進と開示 について」で企業と株主との対話の実施を要請するとともに開示を依頼した日本取引所グループ(JPX)は、「要請前後において、上場会社・投資家から聞かれた主な課題・悩み」として下記の表を提示しています。

出典:株式会社東京証券取引所上場部 2023年8月29日
『株主との対話の推進と開示』に関する企業の対応状況とフォローアップ


私が注目したのは、上場企業側が挙げた課題の2点目「対話相手となるアクティブ投資家がパッシブ投資家に比して限定的」です。

企業側の主張は、対話・エンゲージメントなのはアクティブ投資家だが、その肝心のアクティブ投資家が市場にいない(減っている)から対話相手がいないのだ…というものなのですね。


パッシブ運用の増加は企業ガバナンスに負の影響をもたらす?

JPXの資料にも示されているとおり(下図)、確かに、パッシブ運用のウエイトは年々高まっています。

出典:株式会社東京証券取引所上場部 2023年8月29日
「『株主との対話の推進と開示』に関する企業の対応状況とフォローアップ」


アクティブ運用の低迷を背景に、世界的にパッシブ運用が増加する中、日本においては日本株ETFの増加もこれを後押しする形でパッシブ運用のウエイトが高まっていると認識しています。

(日本銀行の株式ETF購入についてはこちらのnoteの記事をぜひ^^)


上記noteでも言及されていますが、「資料1(文末ご参照)」ではより直接的に、パッシブ運用の増加が企業のガバナンスを損なうのではという危惧を出発点に研究を行っています。

パッシブ運用のウエイトが高まることで企業のガバナンスに負の影響を及ぼすことが危惧されている.それは,パッシブ運用が,常日頃から企業経営に目を光らせ,経営者を様々な形でチェック・監視することで企業ガバナンスに大きな役割を果たしていると考えられてきた機関投資家(代表例として,物言う株主のアクティビストやアクティブ運用など)とは異なる可能性があるからである.このように,日本におけるパッシブ運用の増大が,企業ガバナンスに及ぼす影響を分析することは重要な課題である.


対話はしたいがリソースに制約があるパッシブ投資家がとる行動は


ここで注意しておかなければならないのは、パッシブ投資家が(アクティブ投資家のように)対話をしないわけではない、ということです。(パッシブという言葉のせいで”消極的”と思ってしまいそうではありますが)

機関投資家にはスチュワードシップ・コードに代表される行動規範があり、対話を通じた投資先企業の企業価値向上への貢献が受託者責任として求められています。そしてそれはパッシブ投資家も例外ではありません。

しかし、パッシブ投資家側には、対話を行う上での課題として、リソース(人材・時間)が不足しています。では、パッシブ投資家はどうするか。

(再掲)


資料2(文末ご参照)では、「共同エンゲージメント」を挙げています。

近年のエンゲージメントに関する取り組みとしては、国連責任投資原則(Principles for Responsible Investment:PRI)のプラットフォームやClimate Action 100+など国際イニシアチブなどによる要請により「共同エンゲージメント」が行われている。

エンゲージメントを投資家が共同で行うことは、コスト節約になるだけでなく、対象となる企業は共通であることを考えれば合理的である。加えて、年金基金などの投資家は共同でエンゲージメントを行うことで、単独でのエンゲージメントよりも自らの働きかけや発言の影響力を高めることもできる。

出典:資料2


そして、アセットマネジメントOne株式会社の代表取締役社長が日本取締役協会に寄稿した資料3(文末ご参照)では、「議決権行使」を挙げています。

徹底的なエンゲージメントを行っても、投資先企業と経営の方向やスピード感が合わない場合には、パッシブ運用では売却(ダイベストメント)することはしないが、議決権行使によって意思表明をすることになる。具体的には、取締役選任等の会社提案に反対する、または株主提案に賛成するという行動を取ることになる。このように、エンゲージメントと議決権行使を一体化して株主として関与していく点については、アクティブ運用と変わる点はない。

議決権行使にあたっては、ROEの水準、社外取締役の人数、取締役会の多様性等を形式的な基準のみで判断するのではなく、また財務情報だけでなく非財務情報についても一体化して分析した上で行う、深度あるエンゲージメントを踏まえた判断を行う。

なお、エンゲージメントのプロセスとしては、下図にある「21のエンゲージメント課題及び注目ESGテーマ」を投資先企業と共有して行うそうです。

(うわ、思った以上にがっつりESGですね…)


結果としてサステナビリティ情報開示の重要性は一層高まるのかも


上述の「共同エンゲージメント」は(当然ながら)共通の価値基準に沿って行わなければならないこと、そして「議決権行使」の前提となる判断も、横断的で比較可能な基準に沿って行われると考えるのが妥当でしょう。

だとすれば、それってISSB/IFRS、CSRD/ESRSをはじめとするグローバルなサステナビリティ開示基準しかないでしょうし、財務情報に匹敵する信頼性を持った非財務情報を集め、開示し、それをベースに語れることが求められているのだと改めて強く感じました。


企業側が対話に尻込みしているうちに、あるいは非財務情報の集計は間に合わないから本社だけ、手に入る分だけ…などとやっているうちに、そして他方では投資家が彼らのリソースの制約から十分な対話ができなかったとしても、無情にも議決権行使の時は来て、ある日突然反対票が…ということもあり得るわけで。だったら、「当社はCSRDの対象企業じゃないから関係ない」「うちの会社に人権問題なんかないからCSDDDなんか関係ないよね」などと言っていられないかもしれない。

だとすれば、企業に今、できることはサステナビリティ情報開示について十分学び、よく研究し、自社が開示すべき内容、そのために整えるべき体制(※経営陣の準備も含む)は何かを知り、すぐに行動に移していくことなのかもしれません。

肝が冷えたところで今夜はこのあたりで。

以上、サステナビリティ分野のnote更新1000日連続への挑戦・63日目(Day63) でした。それではまた明日。


(注1)
アクション・プログラム「2.企業と投資家との対話に係る課題」として挙げられている5項目のうち、B)対話の基礎となる情報開示の充実で挙げられている

プライム市場上場会社について、投資家との対話の実施状況やその内容等の開示を要請する。【2023 年春】

の具体策として実施されたアンケートの集計結果をまとめた資料です。

(資料1)芹田敏夫・月岡靖智・花枝英樹「パッシブ運用がコーポレート・ガバナンスに及ぼす影響」(現代ファイナンスNo.44, 2022年2月)

(資料2)ニッセイ基礎研究所 金融研究部 准主任研究員・ESG推進室兼任 原田 哲志「パッシブ運用のエンゲージメントを再考する」(2023年9月5日)

(資料3)菅野暁(アセットマネジメントOne株式会社 代表取締役社長)2023年3月12日「コーポレートガバナンスとパッシブ運用」( 雑誌「コーポレートガバナンス」Vol.11 - 2022年12月号 掲載)

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