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『「脱炭素」は嘘だらけ』という嘘だらけの本について

真鍋淑郎氏のノーベル物理学賞受賞で祝賀ムードですが、日本では、温暖化の科学を正当に評価できない人たちがまだ発言権を持っている状況です。

今年、杉山大志(2021)『「脱炭素」は嘘だらけ』(産経新聞出版)という本が出版されました。この本の著者は、科学者の知見は党派性を帯びたものであり、政治的に変わっていくものだと考えているようです。たとえば、次のような記述があります。

極端なCO2削減を正当化するような科学的事実はない。このような認識は、莫大な経済負担を突きつけられてショックを受けている世界諸国民に、米国共和党を本拠地として、遠からず広がってゆくだろう。p.21
温暖化の科学に関しては、共和党系のメディアの方が、観測事実に基づいて正確に情報を伝えている、これに対して、民主党系のメディアは「災害が激甚化」などと観測データに反することを報道し、いたずらに「気候危機」を煽る傾向にあり、科学的に不正確なものが多い。 p.35
温暖化問題の場合は、共和党という政治的受け皿もあることが「懐疑論」の科学者やメディアの挑戦を支えている。こと温暖化問題に限って言えば、他の国よりもバランスのとれた議論が公式の場で行われているようだ。 p.38
米国の共和党支持者は温暖化危機説がフェイクであることをよく知っている。議会でもメディアでも観測データに基づいた合理的な議論がなされている。 p.42

科学的な知は、おもに学術的なジャーナルにおける知見の積み重ねによって、形成されていきます。決して共和党か民主党かといった党派の主張によって左右されるべきものではありません。この点について、杉山氏は、自然科学系学術ジャーナルの権威であるNatureに2019年に掲載された論文において、科学論文の件数は「脅威論」が圧倒的に多数であること、科学論文の被引用件数も「脅威論」が圧倒的に多数であること、しかしながら、メディア報道の件数は拮抗しており、むしろ「懐疑論」の方がやや多いことが述べられていると紹介し、驚くべき解釈を加えます。

科学論文については、「脅威論」には各国の行政機関や国際機関がスポンサーとなってたくさんお金を出しているから、件数も多くなる。この状況にもかかわらず、メディアにおいては両者が拮抗しているというのは、驚きである。p.37

はい。杉山氏にとって、科学論文こそ、各国の行政機関や国際機関がお金を出していて、脅威論の方に歪められている存在なのです。

さて、この本では、温暖化対策を進めることは、中国を利することであるという主張がなされています。

「2050年CO2ゼロ」を目標に、いま太陽光発電、風力発電、電気自動車などの大量導入を進めるとなると、最終製品はもとよりインバーターやバッテリーなどの半製品の形でも、中国製品が大量に日本に入り込んでいくことになるだろう。p.64

さらに、こんな「脅威論」を主張します。妄想にとりつかれているのでしょうか。単純な構造の太陽光パネルにどのような仕掛けをすれば、サイバー攻撃ができるのですかね。

中国製の太陽光発電や風力発電設備が日本の電力網に多数接続されると、サイバー攻撃のリスクが高まる。p.65

原子力発電や大規模な火力発電への攻撃の方がリスクは高いはずですが、この点は、安全だと言い切ります。

原子力などの集中型の発電設備は、通常、重要な施設として、徹底して安全に保護されているので、容易には攻撃は成功しない。
どこにでも配備されている分散型の太陽光発電・風力発電を攻撃する方が難易度は低い。p.65

分散型の太陽光発電・風力発電を攻撃して、日本の経済を麻痺させることができますか。全くバカな議論ですね。

さらに、太陽光発電に関する時代遅れの認識も露呈しています。

太陽光発電は、石炭火力発電を代替することはできない。太陽光発電が何キロワットあっても、それと同じだけの石炭火力発電を、いつでも運転できるように維持しておかねばならないからだ。p.101

あー。もうどうしようもない。変動する太陽光発電や風力発電については、需要に合わせて調整することが必要なのは事実ですが、それをなぜ今後も石炭火力発電で行わなければないのですか。電力会社間の融通を活発化させるとともに、蓄エネルギー技術を発展させることによって、再エネの大量導入による変動を吸収できることはすでにわかっています。こんなことを言っているから、日本の産業政策は世界から立ち後れてしまうんです。
その他、目が潰れるような記述のオンパレードです。

災害のたびに地球温暖化のせいだと騒ぐ記事があふれるが、悉くフェイクニュースである。
台風は増えても強くもなっていない。
猛暑は都市熱や自然変動によるもので、温暖化のせいではない。
豪雨は観測データでは増えていない。
このように観測データをみると、地球温暖化による災害の激甚化・頻発化などは皆無であったことが解る。p.140
温暖化による海面上昇で沈没してなくなると言われたサンゴ礁の島々はむしろ拡大している。サンゴは生き物なので海面が上昇しても追従するのだ。p.143
今後、地球温暖化や1℃や2℃進んでも、健康や寿命への影響はおそらくプラスであることがはっきりするだろう。p.170

この辺りの温暖化の影響を否定する議論については、根拠もなく言い切るわけです。観測データをみると温暖化による災害の激甚化がなかったと言い切りますが、これまで起こってきた台風の巨大化、集中的な豪雨災害の発生、高緯度域での異常高温の観測、大規模な森林火災の発生などは、温暖化の影響ではなく異常気象と考えているのでしょうね。サンゴは生き物で追従するとありますが、温暖化によってサンゴが白化して死滅する現象には触れないのですね。

ダンプカーで砂を運び入れて砂浜を造成する「養浜事業」が大々的に行われている。数値モデル予測を信じるならば今後の海面上昇は2100年までに60センチ程度に達するが、この程度であれば十分に適応できる。p.183

1/100程度の勾配の砂浜は、60センチの海面上昇で60メートル浸食されますね。自然海浜が失われます。単純計算もできないのですか。

再生可能エネルギーはいざというときに天候が悪ければ使い物にならない。LNGは貯蔵しにくい。対照的に、いちど燃料を装荷すれば1年以上持つ原子力、石炭を貯蔵できる石炭火力の重要性が明らかになった。p.234

燃料を装荷する必要がある原子力・石炭は、運転用燃料を含めば、投下したエネルギーを回収することはできません。嘘だと思う人は「エネルギーペイバックタイム」で検索しましょう。再生可能エネルギーの方が重要なのは明らかです。

CO2削減を名目とした政府の経済統制は、イノベーションを阻害するので、むしろCO2削減のためには逆効果なのだ。
よくある反論として「これで確実に2050年にCO2はゼロになるのか?」というものがある。そんな約束は、もちろんできない。
そもそも「2050年CO2ゼロ」自体が、毛沢東の大躍進の数値目標と同様で、技術、経済を無視した、荒唐無稽な目標にすぎないからだ。pp.246-247

2050年カーボンニュートラルは荒唐無稽な目標って、言ってしまいましたね。経済統制がイノベーションを阻害するという議論は、1970年代の自動車排ガス規制の頃から経済産業省(当時は通商産業省)が行ってきた議論です。でも、自動車排ガス規制をクリアするために燃費のいい自動車を開発した日本企業が世界市場を席巻することになりましたよね。十分なカーボンプライシングを行って、CO2削減のためのイノベーションを行った企業が必ず儲けることができる経営環境を整えることこそが重要なのです。

2050年にCO2をゼロにしようとするコストは国家予算に匹敵するものになる。もちろんこれは実行不可能であり、そのような高コスト技術の普及を意図した政策は実施すべきではない。p.262

日本国内の設備投資総額は年間21兆円です(2019年度)。日本の化石燃料の輸入総額は年間17兆円です(2019年)。再生可能エネルギー基盤の経済に徐々に切り替えていくことは、設備投資額を上乗せすることになると思いますが、その分、海外に流れる国富を国内にとどめることができます。どこが高コストですか。

地熱発電所は遠目には気づかないぐらい目立たない。設備はさほど大きくないし、景観には配慮して建てられるからだ。湯煙は出るが、天然の温泉と区別がつかない程度だ。p.272

杉山さん、実際の地熱発電所を見に行ったことがないでしょう。地熱発電の冷却塔や配管が、設備がさほど大きくなくて天然温泉と区別がつかない程度なんて、よく言えましたね。自然公園地域などにおける、これからの地熱発電所の建設に当たっては、半地下式にしたり、さまざまな工夫をしたりして、景観にも配慮して進める必要があります。

さて、以上、『「脱炭素」は嘘だらけ』という嘘だらけの本をみてきましたが、この本を読む限り、この筆者は科学的な事実を客観的に評価することができない人で、エネルギー関係の知見もねじ曲がっている人のように思うのです。しかし、この筆者は、経済産業省の審議会の委員であり、この主張に沿った意見書も提出しています。最近も「中央環境審議会地球環境部会中長期の気候変動対策検討小委員会・産業構造審議会産業技術環境分科会地球環境小委員会地球温暖化対策検討ワーキンググループ」という経済産業省と環境省の審議会の合同WGの委員として意見書を提出しています。脱力感この上ないです。

温暖化の科学が正当に評価され、それが政策の場に活かされ、世界の潮流を誤ることない産業政策が実施されるには、まだまだほど遠いですね。

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