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スーパースパイク時代に「シューズなし」で記録された"10000m28:24.93"(自己新)の凄さ。

(トップ写真:©︎2021 Cuan Walker

2021年3月5日に南アフリカの都市、ダーバンのKings Park Athletics Stadiumで行われた男子10000mで快記録が生まれた。

南アフリカのクワズール・ナタール州(KZN:KwaZulu-Natal provinsie)を拠点とするムブレリ・マタンガ(Mbuleli Mathanga)が28:24.93の自己新。この記録はクワズール・ナタール州の新しい州記録となったが、彼はこの記録をなんと、テーピングをぐるぐる巻きにした裸足で走ったのだ。

なぜ彼は今回裸足で走ったのか?

ナイキのドラゴンフライやエアズームヴィクトリーなど、中長距離種目の記録水準向上に大きくしている所謂"スーパースパイク"は2020-2021年の大きなトレンドである。

しかし、彼はスパイクどころか今回裸足で走った。

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©︎2021 Cuan Walker

この写真を撮影した南アフリカ在住のCuan Walkerに話を伺ったところ、この快記録の謎が解けた。

今回裸足で走ったムブレリ・マタンガは2021年2月20日にダーバンでの5000mで13:47.23の自己新を出したが、その時にはナイキの厚底カーボンシューズのヴェイパーフライネクスト%を着用した。

この記録は公認記録となったが(おそらく現地の陸連が容認した)、今後取り消されるかどうかはわからない。

彼がなぜこの厚さ25mmを超える厚底シューズで走ったのかについてだが、スパイクを履いてトラックレース(5000-10000m)を走ると

「ふくらはぎやアキレス腱に"大きなダメージが残るから"」

というものだそうだ(Cuan Walker談)。

そもそも同じような理由で日本の長距離選手も2019年秋から2020年11月末までにかけてこのように5000m-10000mで厚底シューズを履く選手が多数いた。

また、ドーハ世界選手権男子10000m決勝で唯一スパイクではなくネクスト%を履いていたソンドレ・モーエンも同じような問題を抱えているそうだ。

ただ、2020年12月1日から施行された現状のルールではトラック公認レースでの厚底シューズ使用は公認の対象外となるため、実質的に選手たちは2020年12月1日より厚さ25mm未満のシューズを選択することとなった。

2021年2月のレースで厚底シューズを使用したマタンガの↑の写真は瞬く間に世界に広がり、彼は一部の人からの批判の対象とされた。


厚底シューズが使えず裸足で走る"決断"

そのような経緯から、彼は3月5日の10000mでネクスト%でもなくスパイクでもなく、なんと裸足でテーピングをぐるぐる巻きにして走ることを選択した。

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©︎2021 Cuan Walker

後述するが、彼はこの10000mを"ノーマルスパイク"で走るとなると故障のリスクが高い、と判断したのだろう。

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©︎2021 Cuan Walker

レースでは実力上位のマタンガが先頭争いを繰り広げ、裸足ながらに先頭を引っ張る場面もあった。この時代において、なかなか見られる写真ではないが、それでも彼は積極果敢にレースを展開した。

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©︎2021 Cuan Walker


雨中でのスパイクとのグリップの差で勝負に惜敗

この日は雨が降っていたので、路面は滑るようなコンデション。

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©︎2021 Cuan Walker

ラスト勝負でマタンガはスパイクを履く選手にラスト1周で引き離されたが、それはスパイクと裸足のグリップの差であっただろう。

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©︎2021 Cuan Walker

マタンガはそのまま2位でフィニッシュ。

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©︎2021 Cuan Walker

28:24.93という記録は彼の自己新であり、裸足で出した正真正銘の価値のある28分台である。

なお、このレースの後、彼の脚には問題がなかったという。

南アフリカに"スーパースパイク"は全く流通していない

この3月5日の10000mのレースの写真を見ていると、日本のレースで見られるような"ナイキのスパイク一色"のような光景は見られなかった。

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©︎2021 Cuan Walker

その理由は、南アフリカではいわゆるスーパースパイクと言われるナイキのドラゴンフライやエアズームヴィクトリーが一切、流通(販売)していないからだ

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©︎2021 Cuan Walker
(ネクスト%を履いている選手もいる)

そのような状況で出された記録は、そういったスーパースパイクが流通している国の選手の記録と比較した時に不利になる。そのようなことから、↑ではネクスト%での出場を容認している(これがWA記載の公認記録になるかは定かではないが)。

先日、モナコ5kmで優勝した男子のJ.チェプテゲイ、女子のB.チェプコエチが揃ってライトグリーンのヴェイパーフライネクスト%を履いていたが、日本で最新モデルのカラーがしょっちゅう販売されている状況から見れば、そもそもアフリカでのネクスト%や最新スパイクの流通量がそこまで多くないということをもっと認識しなければならない。


3月下旬に"ノーマルスパイク"で再び10000mを走る

今回10000mを裸足で自己新を出したマタンガは、再び3月下旬に南アフリカで10000mを走る予定だという。

そこでは、南アフリカ代表選手のスティーブン・モコカ(10000mPB27:40.73、2020年びわ湖毎日マラソン2位、2020年世界ハーフ7位:59:36)も出場する予定。

その10000mでは、マタンガはさらなる記録向上のためにスパイクを履く予定だという。

しかし、彼がこのレースの後にオンラインでオーダーしたスパイクはマトゥンボ3(ナイキ)

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©︎2021 Cuan Walker

南アフリカでは本当に"最新のスパイク"は販売されていないのだ。

このように、世界の様々なところで行われている陸上競技では我々が想像もしないような状態で競技が行われている。

マタンガは3月下旬の10000mの後、4月11日にドイツのハンブルクで行われるNNミッションマラソンで初マラソンを迎える。

そこでの彼の目標は2:11:30の五輪標準記録突破、そして、2:10:31以上の記録を出して南アフリカ男子マラソンの代表入りを決めることである。

【2021年3月時点での南アフリカ男子マラソン代表争い】
スティーブン・モコカ(2020年びわ湖2位:2:08:05 / PB2:07:40, 2015年)
デスモンド・モクゴブ(2018年別大優勝 / PB2:09:13, 2020年)
エルロイ・ゲラント(2019年ケープタウン4位:2:10:31=PB)

このレースの写真を撮影し、このような状況を世界に広めてくれた写真家のCuan Walkerに心から感謝の気持ちを述べたい。

Cuan Walkerが撮影したこれらのレースの写真はコチラから見ることができる。

今世界でこういうことが実際に起こっているので、この記事を読んだ人はコメントをしていただいたり、この記事をシェアしていただけると大変嬉しいです。

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