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競技選手はスーパーシューズについて"正直に話したほうがいい"その①:クレイトン・ヤング🇺🇸(アシックス)

(写真:Instagram Clayton Young ©︎kevmofoto

今日からこのテーマの記事をシリーズとして毎日書いていく。

1回目はアシックス契約のプロ選手、クレイトン・ヤング(アメリカ)について。

(3月21日の全米15kmロード選手権で優勝したクレイトン・ヤング)


スーパーシューズの“アドバンテージ”を授かった選手

私が彼のことを知ったのは、2019年6月の全米学生選手権男子10000m。優勝したヤングは初の全米タイトル(全米学生タイトル)を獲得したが、印象的だったのは、彼が全米初タイトルのフィニッシュした後に、奥さんと娘のもとに駆け寄ったシーンだ。

これは当時、動画で見ていた私は心を打たれたワンシーンでもあった。

彼は当時24歳で、その年の9月には25歳になったが、BYU(ブリガムヤング大)ではミッションというモルモン教の布教活動が概ね2年間あるため、その期間はスポーツの競技は中断となり、卒業する前には24-25歳という年齢になっている選手が多い。

BYUは全米でも現在トップ3に入る長距離強豪校で、私から見れば東海大のような存在だと思っている(BYUも東海大もナイキがサプライヤー+大学内にバイオメカニクスの研究のためのラボが設置されているから)。

ヤングは当時のチームのエースというポジションでは無かったが、ケニア人選手とのラスト勝負に競り勝って優勝。

そして、このレースではなんと6人ものBYUの選手が出場していた(NCAAでは1校○○名ではなく記録上位○○名もしくは、地区予選の勝ち抜き方式で進むので、チームが強ければ6名が1種目で全国大会に出場できる時もある)。

この時、もう1つ話題になったのが、BYUの選手が全員、ヴェイパーフライ4%を履いて出場していた、ということだ(2019年6月の話)。

NCAAの大学生選手は、日本とは違って基本的には学校が契約しているブランドのシューズを履くことが一般的であるため、このレースではナイキ以外のブランド契約の大学の選手は苦戦を強いられたのではないか、ということが考えられる(それがBYUの6名出場にも少し好影響を与えたのかもしれない)。

それを象徴する他の例が、この年の秋に全米学生クロカンの地区予選で、降雪のためにクロカンレースがロードで行われた時のこと。そのレースでは、ナイキの厚底カーボンシューズを履いていたハーバード大の選手たちが軒並み健闘した事から、2019年ではすでに米国内でナイキのサポート校の“スーパーシューズ”による好影響が目立っていた。

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このFloTrackの記事によれば、クロカンの地区予選が降雪で中止になると決まってから、ロードでやるとなったわずかの時間にかけてナイキの契約校はすかさずVFネクスト%を買い漁ったそうだ。一般的に米国学生のクロカンシーズンではロードのガチ練習がほとんどないため、元々そういうシューズの用意がなかったのだ。

BYUの全米学生選手権10000mの話に戻ると、そういったスーパーシューズのアドバンテージは、2017年の駅伝シーズンの東洋大が優位にあった時の状況に似ている(箱根駅伝総合2位)。


スーパーシューズを持っていなかったアシックスが”それ”を手に入れた時

ヤングは全米学生タイトルを手に入れた後にBYUの学位を取得し(一般的にはそれを卒業というが)アシックスとプロ契約を結ぶ。NCAAの規定で、プロ契約(金銭が発生する契約)を結ぶとNCAAでは競技ができないが、彼は現在BYUの大学院で機械工学の勉強をしている。

BYUがナイキ契約で、選手たちがヴェイパーフライを履いていたのにも関わらず、当時彼がアシックスと契約した理由は、BYUの大学院に進学するということで引き続き地元のユタ州を拠点とすること(彼には奥さんや娘という家族がいる)その条件をのんでくれたのがアシックスだった、ということだ。

日本の場合で考えれば、ナイキがロードのシーンを席巻していた時期に、ナイキのシューズを数年間も履いていた選手がわざわざアシックスのシューズを履こうとは簡単には思わなかっただろう。その理由は、当時アシックスはメタレーサー さえもリリースしておらず、ヴェイパーフライネクスト%に対抗できるシューズを持っていなかったからだ。

私は、2019年9月にヤングの地元であり、現在も拠点にしている米国ユタ州に出張で訪れ、彼と話をする機会があった。その時、とても印象的だったのが、

今からでも就職できるように勉強してきたけど(大学院に行っているけれども)それでもまだ陸上をしたいと思った時にプロの契約を提示してくれる企業の熱意を感じた。だから、今しかできないことは、と考えた時にアシックスと契約してプロ選手として競技を続けることにしたんだ。

という彼のコメントだった。

それから時が立ち、メタレーサーが2020年の春に発売されたが、一方ではヤングの競技成績はかつての輝きを取り戻せない時期が長く続いた。

2021年2月26日にはトラックの5000mに出場。彼の自己記録は2019年に出した13:31.79であるが、その日は1番レベルが高い組ではない組の最下位で14:15.42。

彼の長い不調を拭えないように思えた。

しかし、だ。

3月21日に行われた全米15kmロード選手権では波いる強豪を相手に波乱を起こしての優勝で賞金10,000ドルを獲得。

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ラスト勝負でヤングは2秒差で競り勝っているが、3位のS.キプチルチルは10000mで27:07(=2017年ロンドン世界選手権9位+ドーハ世界選手権10位)を持つ実力の選手。

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(出典:Strava; Clayton Young USATF 15k National Tiltle

下りのラストでは2:35にまで上がり、最後の140mは2:22/kmペース(800m1:55ペース)で競り勝っている。

このレースで優勝したヤングはInstagramにこのように投稿している。

The running gods are a mysterious bunch. I went from dead last in the slow heat at my last race, to winning the USA 15k National Championship yesterday. While I don't have all the answers, I know that @ASICS super shoes and a little bit of iron supplements helped. ランニングの神様は不思議な存在だ。前回のレース(5000m)では1番速い組ではない組で最下位だったのが、昨日は全米15kmロード選手権で優勝することができた。(なぜそれが達成できたかについての)すべての答えを自分自身が持っているわけではないが、アシックスの"スーパーシューズ"と少しの鉄分補給が役に立ったことは確かだ。
If you've been following my professional running career, you know it has been a rough go. Was I just a one hit NCAA 10k champ wonder? Over the past year and a half, I've had to remind myself that the journey is where the true joy and growth is. If I can just trust the process, the success will come. 私のプロとしての競技生活を見守ってくださっている方は、これまでの道のりが大変だったことをご存知だと。私は全米学生選手権10000m優勝だけの一発屋だったのか? この1年半の間、私は自分にこう言い聞かせてきた。「本当の喜びと成長は旅にある」と。このプロセスを信じていれば、成功は必ずやってくる。
Feels good to have the one hit NCAA 10k champ wonder off my back.  一発屋の全米学生10000mチャンピオンがいなくなったのは良い気分だ。
Hope you liked the birthday present, @_ashley_young_ ! 誕生日プレゼント、@_ashley_young_ (自分の妻)が気に入ってくれるといいな。

彼は自分のこれまでのプロの競技キャリアを振り返りつつ、これまでの1年半の不調と、今回の飛躍について回想している。

ここでは、アシックスのスーパーシューズという表現を使用しているが、確かに彼がここで優勝できた要因の1つにそれを使用できたことが挙がるだろう。

1年前、彼が東京五輪マラソン全米選考会に出場した時は、アルファフライやネクスト%を履いている相手に対して、メタレーサー というシューズしか持っていなかった。それでも、今ではアシックスは他社に対抗できうる新しいシューズを持っている。

(このレースの女子2位に入ったアシックス契約選手のL.フラナガンもアシックスの新しい厚底シューズを使用)

ヤングが今回このストーリーの中で自分が優勝できた要因のすべてはわからないにしても、その要素の1つにスーパーシューズの存在を挙げたことは、アシックスにとっても、アシックユーザーにとっても、そして彼のようなアシックスアスリートにとってもとても、とても重要なことであるのだ。

(アシックスは2021年3月30日12:30に新シューズの詳細を発表予定)

最後にトリビアを1つ。

ヤングを大学時代(BYU)から現在も指導しているBYUヘッドコーチのエド・アイストーン(マラソンで2度の全米五輪代表選手)は1990年にこの15kmロードレース(フロリダ州ジャクソンヴィルでのリバーゲートラン)で優勝している。

31年ぶりにアイストーンコーチの教え子であるヤングがこのフロリダのジャクソンヴィルの地で復活優勝を遂げたことはとても大きなことだ。

ちなみに、このフロリダ州ジャクソンヴィルでのゲートリバーランは今回、一般のランナーも出場して6,731人が完走した。

今回の大会は、名古屋ウィメンズマラソンにように、コロナ禍において非エリート層の一般ランナーが大規模レースに復帰した記念すべき大会であった。


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