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2020年の陸上中長距離種目の好記録続出について分析するのは大変興味深い。その②

数多くある陸上競技の種目の中で、今年は長距離が記録ラッシュに湧いていることは薄々気づいていると思うが、ロードレースだけでなく、トラックでも凄まじい勢いで好記録が続出している。

ナイキのスーパーシューズ(ネクスト%、アルファフライ、ドラゴンフライ、エアズームヴィクトリー)を履いて練習したことのある人なら、

なんとなく、感覚的にそうなることをわかっていたのかもしれない。

そして、10/16の金曜日に私はアディオスプロで21.1km走をしたが、感覚的には2017年以前のシューズよりもゆうにハーフで1-2分は速く走れる感覚を得た。

もう、そんな時代になってしまったのだ。

(私はこの4年間ぐらいハーフマラソンのレースには出場していない)

そして、これまでよりも速く走れるうえに、走っている時も走り終わった後も、その翌日もあまり疲れていない。最近のシューズはとことん凄すぎるシューズである。

そして、そのスーパーシューズはついにトラックスパイクとしても登場したこともあり、秋に入ってからのトラックレースにおいては、もはや厚底かどうかは重要ではない。

12月以降は多くの選手がスパイクに移行しなければならないので「ナイキのドラゴンフライをどうやって手に入れるか」が好記録を出すための必須条件となっている。

そして、定価2万円弱のこのスパイクがメルカリで50000円ぐらいで売れてしまうのは、こういった需要と供給が成立しているからであるが、今になってもナイキがなぜそこまでこのスパイクの流通量を抑えているのかが理解できない(もう次のスパイクを開発しているそうだ)。

さぁ、長距離種目はこれからトラック、ロードともに「好記録ラッシュ」という収穫の秋を迎える。

それぞれの時代の、それぞれ最高の選手の最高の瞬間を楽しもう。

ロードレース、駅伝:ハーフにおける学生のアルファフライのデビュー戦

アルファフライやネクスト%はランニングをやっている人ならほとんどの人が知っていると思うが、今やその辺で散歩しているおばあちゃんでさえも知っているシューズ、という点でもスーパーシューズである。

実際に私が河川敷で歩いていたら、「あの3万円ぐらいシューズを履いて練習しているの?」と、おばあちゃんに言われた。それとは裏腹に私がランニング時に愛用しているのは税込1900円のワークマンのシューズなのであるが...


【箱根予選会】10/17(土)

今年は例年とは違ってフラットコースの周回コースでの開催。とはいえ、気温12℃の雨。気象条件は最高ではない。しかし...

U20の歴代10傑に5人がランクイン。

今日は実質的に学生のハーフマラソンにおけるアルファフライのデビュー戦だった(ネクスト%の選手も多くいたが)。

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駒澤大や青山学院大のルーキーが走っていればここにさらに2-3人はランクインしていたかもしれない。今後もロードレースでこういったランキングは最近の選手の記録で埋め尽くされていくことだろう。

2021箱根予選会の結果
サブ62:13人(日本人9人)
サブ63:60人
総合4位の大学までが10人平均62分台
総合17位の大学までが10人平均63分台

箱根出場校でハーフ63分台当たり前
箱根優勝校は恐らく10人平均61分台の戦力

すごい時代になっている...!

今までのデータはほとんどもう参考にならない。そして、箱根駅伝出場を目指すなら、ハーフの10人平均で63分30秒前後のチームを作らないといけない。

ということは、単純計算だと3:00/kmで21kmを走りきれる選手を10人育成しないと箱根駅伝には出場できない。

私の時代(2006年)は全日本大学駅伝の6区の12.3kmを3:00/km切るぐらいで走れば区間賞だったが(私は区間8位だった)、今は3:00/km切るぐらいだと区間10位よりも下だろう。

この年代ごとの比較にも時代の流れを感じる。

これまでハーフで例えば61:59を出せば、その年の日本ランクで10位または20位ぐらいであったのが、今では80位である

5000mの13:27.60に関しては今年4人しか記録していない。明らかにスコアリングテーブルのロードレースの得点表が不釣り合いな状況となっている。

このように、ハーフサブ62の選手の数が例年の8倍や4倍に増えていることを考えると、実業団選手なら今やハーフ61分台の持ち記録では「強い選手」であるとはいえない。

そして、今年の80人うち、ナイキのシューズでなかった選手は10%未満であると想像できるが、この80人の内訳は以下。

① 実業団ハーフ:42人
② 丸亀ハーフ:27人
③ 箱根予選会:9人
④ 大阪ハーフ:1人
⑤ ヒューストンハーフ:1人

ヴェイパー時代のロードレースあるある:「ハーフや箱根駅伝での10km通過で10000mの自己記録よりも速く通過した」「駅伝やロードレースでトラックの自己記録を上回った」というのはこれからも結構あるので、今のうちから心の準備をしておいたほうがいいことだろう。


【宮城県高校駅伝】

各都道府県で行われる駅伝でも当然記録ラッシュが見込まれるが、そのスタートダッシュを切ったのが宮城県。仙台育英が男女で優勝したがその総合記録がこれまた「速い」。

女子の高校駅伝の1時間06分台は、確か4回しか記録されていない快記録である(埼玉栄、豊川、仙台育英、興譲館の4校のみ。高校記録は埼玉栄の1:06.26)。

その快記録を県駅伝で出してきたあたりがもうすでに神の領域であり、さすが2019年の都大路優勝校である。

そして、仙台育英の男子も快記録で続いた。

よーく見ると、4区と6区の記録があまり良くない。それは確かに区間の距離が長かったからだろう。去年は2:02:46で県駅伝を優勝している仙台育英は今年、550mほど長いコースで2:02:41を叩き出した。

もし、7区間で42.195kmだったら2:01:05ぐらいと計算できるので、世羅高の2:01:08の高校記録を県駅伝で更新してたのかもしれない。

しかし、県駅伝がピークにあるはずはないので、都大路では記録がさらに伸びて、距離は少し短くなるが(7区間42.195km)。今回の総合記録はとてもつもなく速く、高校駅伝初の“Breaking2”が狙えるチームであるといえる。


高校駅伝で「Breaking2」?

私の同期には北京五輪金メダリストのサムエル・ワンジルと、5000m前高校記録保持者の佐藤秀和が仙台育英というチームに同時にいた。その時のチームが都大路で2:01:32という総合記録で優勝したのは今から16年も前のことである。

当時の渡辺監督はこの記録を「神の領域」と呼んだが、今年はもしかしたら令和版の「神の領域」が見れるかもしれない。

令和版「神の領域」区間タイム
1区 28:50 28:48
2区 8:05 8:07
3区 22:50 22:44
4区 22:55 22:55
5区 8:40 8:36
6区 14:10 14:06
7区 14:10 14:08
1:59:40 1:59:24

右は2019年の都大路での区間賞のタイムであり、それを合計すると1:59:24である。一方、左は令和版神の領域に達成するにあたり、仙台育英や5000m13分台が現在4人いる世羅高(5000mの7人平均はおそらく13分台になるだろう)が目指せるような記録であり、キプチョゲが1人で走った記録でもある(コースが違うとはいえ)。

42.195kmを1:59:40で走ったキプチョゲはやはり凄いが、今年は都大路で令和版「神の領域」が見れるだろうか。

そして、仙台育英の女子も1時間05分台の神の領域に突入しそうな予感はあるし、県駅伝で1時間06分台を出しているので、都大路で1時間05分台が出てもおかしくはない。


高校生の5000m

がとんでもないことになっている。

10/17は4人の日本人の高校生が13分台で走り、沖縄県高校記録、宮崎県高校記録も同日に更新された。

10/17現在で今年の13分台が12人。

とはいえ、これはシーズン前にある程度は想定できたことであり、高校生の5000m13分台だけでなく14分1けた、14分10秒台も過去最高の数であるのは間違いない

まだ、10月なのにもうすでに12人も出ていることを考えると、今年中には高校生の13分台は20人前後は出ると予測する。

噂では「ドラゴンフライを履くと1周1秒はゆうに速くなる」ということを言っている人がチラホラいるので、ハッキリ言ってエアズームヴィクトリーも含めて厚底シューズ並みのインパクトである。

そして、13分台を出した選手がやはりナイキのシューズを履いているのが多いことを見ると、実際に記録のランキングを見た感じではそのような印象である(今まで14分1けたや10秒台だった選手が13分台に引き上げられた)。

1ついえるのは、今年何人13分50秒台が記録されようが、石田選手が飛び抜けて「強い」ということ。現時点で他の選手は11人も13分台を持っているとはいえ「その中で誰が強い」かはわからないし、この記事を見ている人も同じ意見だろう。

なかには13分台を出す高校生は「全員強い」という人もいるだろうが、例えばその全員が国体といった選手権の大会に出場してきて、11位や12位の選手が強いといえるのだろうか...?

私の同世代には5000m13:39の① 佐藤秀和、13:45の② 佐藤悠基、13:56の③ 阿久津圭司の3人しか5000m13分台がいなかった(2004年にはこの3人しか13分台を出せなかった)が、
① 5000m前高校記録保持者
② 10000m高校記録保持者(28:07)
③ 1500m3:40台、3000mSC8分台、5000m13分台を達成+インターハイ優勝
と、3人とも「強い」選手だった

また、私の2つ上の世代には5000mの2代前の高校記録保持者の土橋啓太さん(13:44)、私の1つ上の世代には高2歴代最高を持つ北村聡さん(13:45)、上野裕一郎さん(13:48)がいて、伊達秀晃さん(13:55)、松岡佑起さん(13:57)という「四天王」がいてその名の通り全員が「強い」選手だった。

これらの13:39、もしくは13:40台は今でも価値のある記録であるが、それが当時は国体やインターハイといった「選手権」で出された記録であるということもあって、その「強さ」の象徴となっている。

また、松岡さんの13分台、今でも珍しい「記録会での単独走」によるものである。最初から独走で13分台を出す高校生は当然、「強い」と認識されるのが、長距離というスポーツである。

このように10数年前までは「強い選手」しか出せなかった13分台という金字塔ともいえる記録なのであるが、今年もし20人以上も13分台が出てしまった場合、5000m13分台とは果たして「強い選手しか出せない記録」なのであろうか...?


これまでは5000mサブ13:30、10000mサブ28:00の学生が「強い」選手であったが...

10000m27分台や5000mサブ13:30は、日本人選手にとっては過去も今も「強い選手」しか出せないような領域の記録である。

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例えば、男子5000mと10000mの学生歴代記録をみても、ここに名を連ねている選手は全員「強い」で異論ないと思う

「速い」というよりも、当時普通に強かったので、トラックに出ようが駅伝に出ようが、どんな距離だろうが強かったわけである。

しかし、この数年で駅伝の区間新がしこたま出ている割には、この3年間の間に↑のランキングに変動が全くないということを考えると、本当に強い長距離選手はこの数年間で何人生まれたといえるのだろうか?

今年はトラックの10000mでも27分台の選手が6人出ている(伊藤、鈴木、服部、河合、西山、相澤)が、やはり27:30、27:40秒台ともなると別格のように感じる(そろそろそれぐらいの記録で1,2人出してくるとは思う)。

今年はこの種目で世界記録が26:11に縮められ、日本のケニア人選手も27分1けたが4人と、これまでよりも記録水準が上がっているように感じる。

一方、5000mに目を向けると、こちらも世界新や北米新、19歳の選手(J. キプリモ)が12:48と、新スパイク効果がうかがえるが、日本人選手もU20日本記録の更新(吉井大和13:28)、高校記録の更新(石田洸介13:34)、そして遠藤日向の13:17.99(大学4年の年齢)と好記録が続いた。

数年後に、これらの選手や、または他の選手が日本学生記録(13:19.00)の更新、または日本記録の更新(13:08.40)というインパクトがあれば、正真正銘の強い選手となるだろう。

当然そのレベルの選手ともなれば、世界で戦うことを意識するだろうが、全体的な記録水準がナイキのスーパースパイクで引き上げられたことを考えると、少なくとも「12分台は出して当たり前」ぐらいのモチベーションでなければ、5000mの世界選手権や五輪で入賞するのは厳しいと思う。

それは、世界を目指す選手を育成している指導者も同じことを思っているはずだろう。

そうすると、学生のサブ13:30は今後、高校生の13分台続出のように泡のように溢れ出すのではないかと考える。ただ、10000mは5000mよりも試合が少ないのと、5000mよりかは連戦が効かなく、5000mよりもより気象条件に左右されるので、そう簡単には学生のサブ27:50レベルは出ないと考える。

もし、学生の10000mサブ27:50が出ればその選手は現代においてもそこそこ「強い」選手だろう。


男子59分台後半、女子66分台後半でも入賞のできない現代の世界ハーフ

世界ハーフと世界クロカンは、五輪と世界選手権よりも非アフリカ系の長距離選手が入賞することが難しい大会である。

その理由は、五輪や世界選手権が各国3人しか現在出場できないのに対して(前回優勝者のワイルドカードがある国は4人出場できる)、世界ハーフや世界クロカンでは各国5人まで出場できるからだ。

しかも、昔とは違って東アフリカ系の帰化選手の数が多い。

五輪や世界選手権でアフリカ系の選手が10人出てくると、入賞のチャンスはあるが、世界ハーフや世界クロカンは男子にいたってはウガンダ、エリトリア、バーレーン、その他の帰化選手を含めて20名近くが出てくる。

よって、非アフリカ系の選手は世界ハーフか世界クロカンで入賞すれば結構凄いことなのである。

2017年、2019年の世界クロカンではシニアの男女ともに非アフリカ系選手の入賞者はゼロ。

2018年、2020年世界ハーフ女子の非アフリカ系選手の入賞者はゼロ。

しかし、2018年世界ハーフでジュリアン・ワンダースが8位入賞の快挙。

そして、今回はフランスのM. アムドゥニが初ハーフながらも59:40の欧州歴代3位の好記録で8位入賞を達成した。

アムドゥニはその名前からモロッコ系?フランス人であるが、彼の場合は生まれがフランスなので私は非アフリカ系選手に含まないように考えている。

私が考えるアフリカ系選手とは、そのほとんどが貧しい暮らしを経て、幼少期から大量の運動時間を確保してきた選手のことを指す。

あまり知られていないが、J. チェプテゲイの両親は教師であり、彼の場合は貧しい暮らしをしいられなかったことが想像できるが、基本的には幼少期にどれだけ基礎を積み上げてきているかということを基準にアフリカ系とそれ以外に分類している(圧倒的に記録と実績優位なのはもちろんアフリカ系の選手である)。

さて、前回はワンダースというヨーロッパの若者が入賞を果たしたが、アムドゥニは32歳のベテラン。初ハーフで59:40で世界ハーフ8位入賞のインパクトはとても大きい。

アムドゥニは2018年欧州選手権10000m金メダリストであり、10000mの自己記録は27:36.80(欧州歴代50位)であるが、今回の59:40は欧州歴代3位の好記録である。それを初ハーフで出したのだから、つまりはそういうことである。

【男子:総合結果】

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(60分を切らないと入賞できないが、当然ペースの上げ下げがある)

【女子:総合結果】

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(PB65分台のワンジルで10位)

「ペースの上げ下げ」のあるような選手権レースの世界ハーフで(女子は男性ペーサーがいないレースで)、※男女ともに日本記録を出しても入賞できるかどうかわからないのが現在の世界ハーフである。

(※)女子の場合は女子単独レースでの日本記録を出してもの意味

これまでに1年間で2回ハーフのサブ59:00を出したのは今回の男子2位のカンディエと、故サムエル・ワンジルだけであったが、今回もサブ59を出したカンディエが2020年3回目のサブ59:00達成となった。

今回の世界ハーフのPB率は男女ともにこの8大会中最高となった。コースが高速だったのか?それとも...?

男女ともに驚異的なPB率であるが、さて、今日の箱根予選会のPB率はどれぐらいだっただろうか?

それぞれの時代の、それぞれ最高の選手の最高の瞬間を楽しもう。

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