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多くのカーボンシューズを長期間履き比べながら考えたこと

近々、「各メーカーのカーボンシューズ計25足の比較(2022-2023年新作:21足)」というnoteを公開するが、その前にこれだけ多くのカーボンシューズを長期間かつ幾度も履き比べながら考えたことを以下に記す。

ヴェイパー4%とアルファフライの衝撃

この2つシューズを初めて履いた時(2017年秋と2020年春)は、衝撃的だったのを今でも覚えている。

ヴェイパーフライ4%が画期的だったのは、ミッドソールの素材として軽量かつ高反発フォームのZoomXがフルレングス採用されたこと。今では超臨界発砲発砲のPebaxミッドソールはどこのブランドのカーボンレーシングのミッドソールにも採用されており、デファクトスタンダードとなっている。

それまではEVAやアディダスのBoostというフォームのミッドソールで、かつ厚底ではないものがレーシングシューズであったわけだが、どれだけ軽量であるかはランニングエコノミーを向上させる1つの要因として知られている。

つまり、軽量性を重視して耐久性や厚みを削り、薄底の軽量レーシングが主流であったところ、30mm台の厚みを持たせても200g前後の軽さをキープできるPebaxというフォームが主流となった。ランニングの接地局面で弾性エネルギーを貯蔵し再利用できる高弾性のフォームであることも特徴である。

また、ヴェイパーフライ4%に剛性の高いカーボンプレートがフルレングスでサンドイッチされた構造も当時話題となった。

このカーボンプレートは、
① フルレングスかつ厚みのある柔らかい高反発フォーム(Pebax)に対しておもにレースペースでの激しい足の動きや捻れ(エリートレベルの大半の選手は足の外側から接地して内側に入る=激しい回外→回内の連続)に対して足を安定させる役割を担い、
② 縦方向(ランニングの進行方向)への曲げ剛性が高く(曲げようとすると硬く)中足骨や足関節の剛性を高め(硬く振る舞い)バネのように押し出す性質を生み出す。本来人間が持つ機能性を代替もしくは向上させ、少ない力で推進力を生み出しランニングエコノミーを向上させる(とされている)。

説明が長くなってしまったが、ヴェイパーフライ4%はこの軽量かつ高弾性フォーム(Pebax)+縦方向への曲げ剛性の高いフルレングスのカーボンプレートの組み合わせで構成された世界初のランニングシューズだった。

ヴェイパーフライ4%を最初に履いた時の感想は、
① とても軽い(軽量性)
② とても弾む(反発性)
③ 少ない力で前に進む(推進力)

というもので、軽量性、反発性、推進力を兼ね備えた革新的なシューズ。という印象。そして、軒並み中長距離種目の記録水準が向上していった。

次に、アルファフライを履いた時の感想はというと、
① 従来からして有り得ないぐらい弾む(反則級のエアポッド)
② 40mm弱のミッドソールの見た目が凄い(話題性)
③ ナイキのマーケティング・ブランディングが秀逸(マーケ力)

ヴェイパーフライ4%の時もアルファフライの時も、ナイキのマーケティングやプロモーションを含めてこれまでにないもので斬新かつ素晴らしい製品だと感じた。先行者、パイオニアの強かさ、余裕たるや社会現象ともなった。

ただ、慣れというものは怖いもので、2020年時に衝撃であったものが、アルファフライ2が発売された2022年にはもう、そういった衝撃というものはなくなった。つまり、軽量かつ高弾性フォーム(Pebax)+縦方向への曲げ剛性の高いフルレングスのカーボンプレート(またはロッド)の組み合わせのカーボンシューズが標準となってしまったのである。


反発性と推進力の感じ方の違い

ランニングシューズにおける反発性とはバウンド性能、ミッドソールのフォーム自体の反発係数のようなもので、つまり地面反力をどれぐらい返せる(活かせる)かの概念である。

一方、推進力とはその字の如く「推進する力」であるが、ランナーの進行(走行)方向は真上ではなく前方であるので、前方に推進する力と考える。
イメージとしては少ないパワーで前方方向に押し出す力、それは本来人間が持つ走行時の機能性を補完/向上させるシステムともいえる。

シューズ内の硬いカーボンプレートは、走行時につま先が持ち上げる(背屈する)ことを防ぎ、エネルギーの無駄なロスを防ぐ。ただ1つ問題なのは、ランナーの走り方や体型などはそれぞれ違うということ。運動学者のDarren StefanyshynとCiro Fuscoは、体重、身長、体力によって、自己ベストを出すために必要なシューズ(と足の)剛性は異なるという研究結果を発表している。なかには、カーボンプレートのシステムが全く好影響をもたらさないランナーもいた(=カーボンシューズのRE向上に個人差がある)。ハーバード大学のダニエル・E・リーバーマン教授らは、従来の(薄底軽量)ランニングシューズでつま先が果たしていたバネ機能が足に高い負担をもたらすものであり、ケガのリスクを高めるかを分析した結果「つま先のバネはケガのリスクを高め疲れやすい。この効果は、スニーカーを履いている人なら毎日でも観察することができる。ランナーの足は次第につま先の関節(MTP関節=母趾中足趾節関節)が回転できなくなるため、足が1本の硬いレバーとして働き、ふくらはぎといったスネの筋肉に不自然なほどの力が加わり、足を力学的に望ましいまっすぐ前を向いた状態に保つことができなくなる(従来の薄底シューズはふくらはぎへの負担大)。カーボンシューズの役割は過度のトルク(固定されている回転軸を中心として生み出される力)の発生を避け、足をレバーとして作用させる機能を長さ(幅)を短くし、ランナーは走行中につま先立ちの状態(足の剛性が高い状態)を強いられることで、膝関節や股関節の代償となり、それらの箇所の痛みやケガに繋がることが多い。

https://www.instagram.com/p/CfJhI8jugfK/より引用

反発性(ミッドソールの弾性など)+推進力(シューズの構造)との組み合わせは、ランニングエコノミーの向上に繋がるが、これはあくまで反発性と推進力を合計させた「複雑な概念」である。

この記事では反発性と推進力はそれぞれ分けて考える。そして、多くのカーボンシューズが発売されている今だからこそ、それらを意識することで各シューズの特徴がよくわかるということを前提にしている。

例えば、反発性はPWRRUN PB(サッカニー)よりもZoomX(ナイキ)のほうが高い。そして、アルファフライのバウンド感は凄まじいが、ヴェイパーフライよりも重量が少しあるので、特にケイデンスを高める時(ペースを上げる時やラストスパートの時)や維持する時(耐える時)によりパワーや筋力を要する。走行時の速度はケイデンス(ピッチ)×ストライド長の合計。


アディオスプロシリーズの反発性と推進力

アディオスプロ

アディオスプロ2

アディオスプロ3

アディダスのアディオスプロシリーズを3足全て履いたことがある人ならわかるかもしれないが、それぞれの特徴は以下である。

アディオスプロ:反発性(バウンド感)は3つのうちで最も高い。しかし、フレックスではなく捻れに対して弱い(柔軟性に欠け足底に大きな負担がかかる)。直線コースでは問題ないがコーナーを曲がる時に曲がりにくく、アルファフライのようなイメージ。実際の重量に対して重さを感じやすい。

アディオスプロ2:プロ1の課題だった捻れに対しての柔軟性を改善。ゆえにマイルドな走り心地となり、反発性が落ちたが多くの人が扱えるシューズに生まれ変わった。アルファフライ(プロ1)に対してのヴェイパーフライ(プロ2)のイメージ。

アディオスプロ3:中足部の幅を取ることで柔軟性+安定性を向上させつつプロ1やプロ2より少し軽量化(サイズが大きいのでサイズを下げる)。3つの中でもロッカー性能(推進力)が高く、長い距離(ハーフからマラソン)向きのシューズという印象であるが、反発性も高い。

アディオスプロ(29)反発性 9 / 推進力 8 / 軽量性 6 / 柔軟性+安定性 6
アディオスプロ2(30.5)反発性 7.5 / 推進力 8 / 軽量性 7 / 柔軟性+安定性 8
アディオスプロ3(33)反発性 8 / 推進力 9 / 軽量性 8 / 柔軟性+安定性 8

反発性はプロが最も高いが、履く人を選ばないのがプロ2、最も長距離向けである(合計値が最も高い)のがプロ3という印象。


ヴェイパーネクスト%シリーズは全て高水準

ヴェイパー4%(30.5)反発性 6.5 / 推進力 8 / 軽量性 9 / 柔軟性+安定性 7
VFネクスト%2(34.5)反発性 8.5 / 推進力 9 / 軽量性 9 / 柔軟性+安定性 8
アルファフライ(31)反発性 10 / 推進力 9 / 軽量性 6 / 柔軟性+安定性 6
アルファフライ2(30)反発性 9 / 推進力 8 / 軽量性 6 / 柔軟性+安定性 7

反発性はアルファフライが最も高いが、履く人を選ばないのがVFネクスト%シリーズ、最も長距離向けである(合計値が最も高い)のもVFネクスト%シリーズという印象。

つまり、軽く(感じ)て、バウンド感が高く、少ない力で前方方向に進むことができ、かつ柔軟性と安定性を兼ね備えた扱いやすいカーボンシューズがより多くのランナーから支持されているということではないだろうか。

ただし、カーボンシューズはそれぞれに合う合わないシューズがあることが知られているので、実際のトレッドミルでの走行テストでも被験者の体型、走方、走力などによってどのシューズが合う合わないかは個人差があることを考慮しておく必要がある(上記の定量化した数値はあくまで参考で)。

例えば、キプチョゲ選手のように高い走力、筋力レベルにある選手だからこそ、アルファフライを履いてのマラソンでも終盤までペースを維持することができる。その他、自分には合ってないかもしれないが、単純にバウンド感が1番高いので、アルファフライを好んで履いているというランナーもいる。

例:トレッドミルでの走行テスト
測定条件:例えば… コントロール群(デイリートレーナー👟)と
カーボンシューズ3足でそれぞれ4:00/kmでトレッドミルを1分間走行

コントロール群(デイリートレーナー👟)に対して
アルファフライ / アルファ2 / VFネクスト%のエネルギー代謝削減率
Aさん:8% / 6.5% / 5.5%
Bさん:4.5% / 5% / 6%
Cさん:5% / 5.8% / 4.9%

「それぞれに合うシューズはバラバラ」
「Cさんはアルファフライ2のほうが数値がいいけど、デザインや走り心地の良いアルファフライを好んでレースで履いている」
みたいなことは普通に起こりうることである。


上り坂はケイデンスが出る軽量シューズが吉

最後に、第99回箱根駅伝の往路で早稲田大学の5区を走った伊藤大志選手がストリークフライを履いたことが少し話題となったが、今回は上り区間の5区でアルファフライを履いていた選手がいなかったことも注目に値する。

以下の論文は、ストリーク6(薄底)とヴェイパーフライ4%(カーボンシューズ)とのトレッドミル走行において起伏を用いてその差についてまとめた例である。

方法:16名の男子の競技ランナーが,ナイキのStreak 6とVaporfly 4%を用いて、アップ後に時速13kmの平地、上り坂(+3°)、下り坂(-3°)で5分間×6回の試走を実施。4-5分間に最大酸素摂取量(VO2Max)と二酸化炭素発生量を測定し、各シューズごとに代謝力(W/kg)を算出。

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34740871/より引用

結果:従来型シューズ(Streak 6)と比較して、Vaporfly 4%シューズの代謝パワーは3.83%(平地)、2.82%(上り坂)、2.70%(下り坂)減少(削減)。(すべてp<0.001)上り坂(勾配をつけた場合)の代謝力の変化率は、フラットの条件と比較して少なく(p = 0.04; ES = 0.561)、下り坂とフラットの間では統計的に差がなかった(p = 0.17; ES = 0.356)

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34740871/り引用

要約すると、薄底レーシングシューズに対するカーボンシューズの恩恵は上り坂で統計的に減衰する傾向がある。つまり、上り坂でのカーボンシューズのメリットは平地ほど大きくない。

しかし、ヴェイパーフライ4%は上り坂で薄底よりも全く恩恵がないわけではないのと、今は様々なカーボンシューズがあり、以下のように考察する。

① アルファフライのような重量が薄底よりもある程度重く、特にストライド長を大きく伸ばすシューズは上り坂に向いていないのではないか
② 上りでは特にケイデンス(ピッチ)を落とさず淡々と上ることが技術的に重要ではないか

これらのことを考えると、より軽量であるシューズが望ましく、アルファフライはそれに該当しない。また、ストリークフライはヴェイパーフライネクスト%よりも軽いことがポイントである。

とはいえ、5区は終盤に下り坂があり、最後は少しだけフラット区間となるので、カーボンシューズの恩恵を大きく受ける区間があるのも事実である。

その中で、軽量性を考えると、ヴェイパーフライネクスト%シリーズ、ストリークフライ、タクミセン8 or 9といった26.5cmで190gを切るような軽量シューズに現状では分があるのではないか、と考えることもできる。

以上、これらはあくまで一個人の考察なので、ご参考までに。


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