中国版ヴェイパーの「ポテンシャル」を探る①
現在、ナイキのαFLYやプロトスパイクへの規制がかかるかどうかが、ランナーたちの間で大きな関心ごととなっており、世界陸連が発足させた委員会(調査団)が今月末に発表するというVFレポートの発表待ちとなっている(※この記事は2020年1月に書いた記事です)。
そんな矢先、アシックスやミズノは新プロトをこぞって第96回箱根駅伝で投入し(ミズノは出雲駅伝から、アシックスはニューイヤー駅伝から)、サッカニー、ニューバランス、スケッチャーズ、ブルックスあたりも5月辺りまでには同じようなシステム(湾曲カーボン+厚底)のシューズをリリースするであろう動きがある。
それらのリリース予定と合わせて中国版ヴェイパーフライの「ポテンシャル」を考えてみたい。
2020年各メーカーのレーシング新作ラインナップ
まずは、本題からは逸れるが、今の陸上長距離のレーシングシューズの市場状況からおさらいしてみたい。
(左:VF出る前、右:ナイキ除いて今年の目玉)
オリンピックイヤーということで各メーカー気合いが入っていると思うが、かといって2017年に発売されたヴェイパーフライ4%を踏襲する他社の製品が2年経っても発売されてないのは(アシックスのグライドライドやメタライド、ホカのカーボンロケットをどう捉えるかは読者次第)、ナイキの特許の厚い壁が立ちはだかっているからだ。
【2020各社のレーシング新作ラインナップ】
・ナイキ:新アルファフライ
エアユニット×4+カーボンプレート×3のものではなく、エアユニット×2、カーボンプレート×1、ミッドソール40mm以下のWAの規定を満たしたものが4/30までに発売される見込み。
→ アルファフライネクスト%を2/29にアメリカのオンライン限定で発売
・アシックス:メタレーサー
メタライドやグライドライドに採用されている「ガイドソール」を搭載。そこまで厚底ではないが、これまでの伝統的なアシックスのレーシングに比べればかなり厚い。サブ3用のエボライドが2月7日に発売されたが、メタレーサーはその後の春に発売予定。
(出典:Rolows)
・ミズノ:ウェーブデュエルネオ
ウェーブプレート入りのウェーブデュエルのプロトタイプ。ウェーブプレートはカーボンプレートでない。アッパーのニット感がすごい。都大路で九州学院勢、箱根駅伝でちらほら着用選手あり。夏に発売予定。
(出典:産経新聞)
・ブルックス:ハイペリオンエリート(動画:1分59秒〜)
湾曲カーボン+厚めのソール。重さ27cmで195g・小売価格$250:発売は2/27。この時点ですでにアップデート版の「ハイペリオンエリート2」の開発が終盤に差し掛かっている。
(出典:Road Running Review)
・サッカニー:エンドルフィンプロ(動画:40秒〜)
湾曲カーボン+少々厚めのソール。重さ27cmで212g。日本での発売時期は7月ごろでABCマートのネット限定。
→ 2/27、2/28にアメリカのアトランタのランニングショップで限定発売。
(出典:Canadian Running)
・スケッチャーズ:スピードエリートハイパー
湾曲カーボン+少々集めのソール。発売は2/17。スケッチャーズのミッドソール素材のハイパーバーストはかなり軽いけど硬い。このシューズは一体どうなのかな?割と早い段階からプロトの改良を重ねていた。日本での発売は不明。日本のスケッチャーズ直営店には通常レーシングシューズは販売していない。
(出典:Rolows)
・ニューバランス:フューエルセルレーサー
ドーハ世界選手権4位のC. ホーキンスが使用。日本でも箱根駅伝で早大の井川、都道府県男子駅伝で鹿児島の市田が使用。走り心地はモロにVF4%に似てるとか。重量が重いのがネック。
(出典:benjohnson763)
・アディダス:アディゼロプロ
2019年ゴールドコーストマラソンで初めて確認されたプロト。
(これは↑私がゴールドコーストマラソン時に撮影したもの)
カーボンプレートが入っているが、湾曲したものでなく厚底ではない。プロトの改良を重ね、全日本大学駅伝で青学大の選手が試したが、その選手はその後ナイキのシューズに...。
(出典:benjohnson763)
一時は2月発売の噂があったが、その矢先に、ヒューストンハーフでアディダスの新型のプロト厚底が出てきた。詳細はこちらから。
上記のように、基本的には各メーカーはヴェイパーフライの構造(湾曲プレート+厚みを持たせたソール)を踏襲しているが、ミッドソール素材が違うので各々にバラツキはある(VFのような厚みを持たせても、26.5cmで190gより軽くするのはなかなか難しいようだ)。
(縦に読むと「あつぞこ絶対たおす」)
そして、ミズノは別路線のシューズ。あれ、ミムラボはどうなった...
そんな矢先、中国メーカーの開発競争も加熱している。
すべての創造は模倣から出発する
独創的な作品を世に残し、多くのファンを魅了するクリムトや草間彌生の絵画の基礎がデッサンから始まっているように、すべての創造は模倣から出発することによって基礎を身につける。
上記のように各メーカーの創造は、やはり模倣から出発している(ミズノはどうかな...)。
そして、中国人すらも認める「パクり」がお家芸の中国。しかし、その模倣からじわじわと基礎を身につけ、今やスマホ業界では中国メーカーの製品が、業界の新たなベンチマークとなろう勢いで他のメーカーを凌駕してきており、「現在の中国のものづくりの技術力は素晴らしい」ということを疑う余地がない。
2019年Q3期(第3四半期:7-9月)のスマホ出荷台数の世界シェアで、単体では1位のサムスン(韓国)に及ばないものの、中国トップのファーウェイ(17.6%・2位)やシャオミ(8.3%・5位)だけでなく、↓
中国のBBK Group (OPPO, Vivo, Realme, OnePlus) は世界最大のスマートフォン製造グループになりつつあり、世界のスマートフォン市場の20%強を占める。グループのうち3社がトップ10入りしている。出典先
これら全ての中国メーカーの合計シェアは全体のほぼ50%弱を占めている。
これはトランプ大統領による中国との貿易摩擦の影響で、中国国内やインドでの中国の出荷台数が増えたことも関係しているが、それでもBBKグループやシャオミやファーウェイのスマホが凄い勢いで伸びてきているのだ(日本でももっと多く取り扱って欲しい)。
そのような中国テクノロジーの興隆がランニングシューズの業界に仮に5年後、10年後起こっても、私は特に驚かない。
「すべての創造は模倣から出発する」というのは中国の国民性にも由来しているが、中国は変化に柔軟でチャンスがあれば貪欲に飛びつく。一方、日本ではこれまでの歴史や伝統といった蓄積されてきたノウハウを重視する傾向がある(若い人や海外経験が多い人はそうでもない人もいるけど)。
アシックスは2年ほど前から従来にはない発想でガイドソールの設計を始めた。それでもこれまでにミズノやアシックスは変化に柔軟というよりかはこれまでの蓄積を重視してきたと思う。
このように中国は変化に柔軟であり、創造が模倣から始まっているのは元アシックスの人が社長を務めている361度(361°:スリー・シックス・ディグリー)のシューズの1つがゲル・カヤノのソールにそっくりなのを見れば、すぐにわかることだ。
そんなことを2018年の秋に感じていたが、他のメーカーがモタモタしている間に2019年9月に中国のスポーツブランドの李寧(Li-Ning, リーニン)が、ヴェイパーフライネクスト%を模倣したシューズ(Fei Dian)を発売した。
私は法律の専門家ではないので詳しくはわからないが、これは今のところ中国国内のみの発売なので、VFの特許侵害の効力があまりないのだろう。
(当然のごとくVFの構造をコピー)
PVまで作ってかなり気合いの入れようが半端ない。ケニアのイテンで撮影しており、無名のケニア人選手を囲い込んだのだろう。その後彼らは中国の大会でこのシューズを履いてサブテンで優勝している。
(イテンは中国語で“伊藤”と書くみたいだ)
続いて、2020年1月に中国のスポーツブランドの特歩(Xtep, エクステップ)がヴェイパーフライネクスト%を模倣したシューズ(RACE 160X)を発売した。
そして、私はどちらも今手元に持っている。もちろんVFネクスト%も。
(↓中国版ヴェイパーの動画を作りました)
李寧と特歩について
李寧(Li-Ning)は1984年ロサンゼルスオリンピックの体操で3つの金メダル(団体含め大会期間中に計6個のメダル)を獲得した「体操王子」こと、中国の有名人である李寧氏が競技引退後に創業(李寧有限公司)。現在では中国国内でナイキ、アディダス、安踏(Anta)に次ぐ4番目の売上を誇るスポーツブランド。
もともとバトミントン業界で存在感があり、日本にも李寧のバトミントン用品の代理店が大阪にある。また、李寧はバスケのシューズにも力を入れている。
特歩(Xtep)は福建省は晋江の貧しい家庭に生まれた丁水波氏が創業したスポーツブランド。丁水波氏は華やかなスポーツマンであった李寧氏とは対照的に17歳で革靴店に弟子入りし、その後仲間と3人で会社を初めて靴の製造に取り掛かった。最初は地方の小さな会社であったが、スポーツシューズの需要拡大に伴って会社も成長。
中国は人口が世界一とはいえ、特歩は中国全土に6,200店舗を持つ(参考までに:日本ではABCマートが2019年に国内1,000店舗目を開店)
今では中国4位の李寧、5位のニューバランスに次いでの6位のスポーツブランドとして特歩が注目されている。特に様々なスポーツの中でもランニング業界に特化しており、2019年末からは中国陸連との共同の取り組みを始めた。
多くの中国代表クラスの選手もこの特歩の契約選手であり、2019年には2人の中国人選手がこのシューズでマラソンサブテンを達成したが、そのうちの1人の董国建はベルリンマラソンで2:08:28(中国歴代2位)を出した。
(このRACE 160Xの赤バージョンで2人の中国人が2019年にサブテン達成)
2016年のデータでは中国でのスポーツメーカーの売上高は以下の順番。
① ナイキ
② アディダス
③ 安踏(ANTA)
④ 李寧(Li-Ning)
⑤ ニューバランス
⑥ 特歩(Xtep)
⑦ 361°
(出典:中国スポーツウェア業界の動向)
※最新版のデータでは順位が変動している可能性があります。
この中で特歩はランニングに特化しており、李寧は最近になってランニング部門を強化している。361°はアメリカでスポンサードしている選手がいるなど海外での販売にも力を入れており、日本での取り扱いも2020年に開始。安踏は企業の規模は大きいがランニングのエリートレベルへのシューズ開発においては上記の3社に及んでいない。
今回私は、約半年間に及んで李寧と特歩とVFネクスト%のシューズを履き比べることによって、中国版ヴェイパーとの性能差について比較をしたいと思っている。
(左:VFネクスト%、右上:特歩 RACE 160X、右下:李寧 Fei Dian)
中国版ヴェイパーの「ポテンシャル」を探る②
へ続く。
(※この記事は2020年1月に書いた記事です)
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