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時間と光速度 151/365

前回の記事で、時間と言語について書きました。

この記事は実際に僕が子育てをしていく中で、子供が時間という概念を得て、周りと概念を共有していく過程を見て気がついた時間概念でした。

だから、これはわたしたちの日常に関係していて、通常よく意識するいわゆる、時間というものだと思います。

この記事を書いた後で、いやいや、まだ時間には別の概念がある・・・とモヤモヤしていました。

で、先程、お風呂に入っていたらそのモヤモヤに気がつきました!

それは物理学で扱われる時間という概念についてです。

物理学が扱う時間は、こういった日常社会の物差しとして扱われる時間のことではなくて、空間や物質を思考するときに使われるものです。

なので、小難しい物理の公式にも時間(t)として公式に出てきたりします。
時間(t)は通常の人間社会における、時間ではなくて、物理を説明するための時間なのです。
そこを踏まえないと、時間についてはどうしても、混乱しがちです。

そこで、物理学的考察として、時間を考えてみましょう。

物理学で時間について新たな革命を起こしたのは、なんと言ってもアインシュタイン。

彼が唱えた相対性理論で光速度不変の原理が確立されました。
光速度は秒速約30万Km。1秒で地球を7.5周する光のイメージがあると思います。

絶対なのは空間でも時間でもなく、光速だと仮定することで物理現象がより適切に説明できる。光速がどこから観測しても絶対的に不変だと仮定すれば、空間も時間も相対的なものとなり、歪んだり曲がったりする。

アインシュタインの理論をわかりやすく説明すると、こんな感じですね。

ここで、重要なのは光速度不変の原理を仮定したのならば、空間も時間も歪むと説明したところです。

光速度はもうこれ以上、速くならないという速さ。

光速度を固定したということはどういう意味でしょうか?

速度は距離➗時間で表されます。

時速60キロは、1時間に60キロメートル進む速さ。

速度との関係で扱う時間は常に距離、つまり空間の広がりとセットなのです。

なので時空という概念を生み出します。

その基準を光速度として固定したということは、つまり時空を前提とした、ということですね。

なので、こういう文脈で使う時間は空間や見える世界を説明するための一つのファクターなのです。

この見える時間(光速度)としての時間と、言語としての概念の時間がどうしても混同してしまって、時間の考察が大変難しくなっているなと、気がつきました。

だから時間のことについていくら考察してもなんだかしっくりこない・・・

そして、ヌーソロジーで語られている時間はどちらかと言えば、物理学で扱う時間のことだと思います。

光速度を元に考える時間から、空間を考察すると、例えば今見えている太陽は約8分前の姿だ、とか何万光年離れた銀河とか、そういう時に距離を規定するための相方のような存在として時間が使われます。

これは要するに科学で扱う時間です。
〜と仮定したならば、こういう結果が出るという科学的思考で使われるものです。

ここのところをしっかり踏まえて、時間という概念の捉え方を文脈によって変えていく必要があります。

それだけ、時間に対する考察は難しい。

最後に、前回の記事で、言葉の概念としての時間から別れることができるかも知れないと書きました。

この場合の時間も、結論は同じです。

この科学的思考で使われている、時間からも別れることができるのかもしれない、それを作っているのはわたしたち、人間の思考の中だから。
ヌーソロジーではそれ(時空)をどのように作っているのか、科学的コンセンサスをとりながら説明されています。

結論は一緒ですが、全く違う時間の概念をきっちりと分けて考えていかないと、こんがらがるなと、思った次第です・・・

スッキリしました(笑)