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2023年 良かったマンガ五作、その他

今年は、6月に自主で本を出した。12月にペーパーバック版も出した。
ひとつの区切りになるような作品を作れたという自負がある。
多くの人に読んでもらいたいと思っている。

今年もそこそこ本を読んだり映画を見たりもしたが、その中で特に、マンガに関してはちょっと感想を書いておきたいと思うものが多かった。
なのでそのあたりのことを中心に、少し書く。
以下、今年始まったものの中で良かったマンガ五作。

『かわいすぎる人よ!』綿野マイコ

中一の少女・メイちゃんは小説家の叔父さんに引き取られて二人で暮らしている。叔父さんは容姿端麗で、それも「イケメン」というよりは「美人」という感じの人である。メイちゃんはそのことに少しコンプレックスを持ったりするのだが……。

ごく短いエピソードの連なりで、しかも意外と淡々とした見せ方をする。
モノローグも少なく、過剰に感情を書き込んだりはしない。言ったこととか、行動を通して描きだす。
仄めかすような、というか、この物語の登場人物は皆善良だけれど、たぶん、それをまっすぐに表現できるほどに強くはないのだ。
そんな愛情とか優しさ、親密さというものの繊細な描かれ方に、どこか切なくさせられる。


『スーパースターを唄って。』薄場圭

舞台は大阪・千日前。主人公・大路雪人は死んだ親が残した借金を返すためにドラッグを売って暮らしている。十八歳の誕生日、同居している幼馴染のビートメイカーのメイジから曲を贈られたことをきっかけに、自分のことをラップのリリックにしたため始める。
ある日、メイジに連れられて、ラッパーのLil lily in the mirror、通称リリーのレコーディングを見に行く。

その日、俺がリリーにくらったのは……
ラップがうまいからとか、
…声質がとか、フローがとか、
そんな、あとからどうにでも解説できることじゃなくて、
もっと、単純に、
Lil lily in the mirrorが…
「カッコよかった」からやった。


ラップを題材にしたマンガってもうそれなりの数出ているけど、うまくいっているものは少ないと思っている。というか自分の中では2018年の『キャッチャー・イン・ザ・ライム』がひとつのマイルストーンになっていて、そのハードルを超えるような作品がずっとなかった。
でもこの作品を読んで、ひさびさに震えた。
ラップという「手法」じゃなくて、ラップという「言語」。
心に傷を抱えた少年少女が暮らすグループホームでの日々を描いた『ショート・ターム12』という映画がある。その終盤、ある少年が、職員の青年にコンガを渡し、叩くように言う。その拙いビートにのせて、少年はそれまで頑なに語らなかった自分の傷について語り始める。
言葉を奪われた者のための「言語」。
声なき声を紡ぐための「言語」。
『キャッチャー・イン・ザ・ライム』の中で、「女子高生が集まってなんかするマンガ」と一見思わせるところに、貧困、孤独、コンプレックス、マイノリティとして生きることの苦しさが韻にのせて歌われたあの衝撃を、この『スーパースターを唄って。』でもう一度思い出した。
精細に描かれた雑多でにおいたつような街並みと、グラフィティのようなキャラクター。今までのどんなマンガでも見たことないビジュアル。そして言葉。
主人公・雪人の死んでしまった姉である桜子は、生前、大量のノートに日々思ったことを書き残していた。そのノートを書く桜子の背中に向かって、幼い雪人は「そんなムカツクんやったら、、なんや書いとらんでしばきいけや」という。
桜子は雪人に向かって、こう言う。

ちゃんと忘れへんために、書き残しとんねん!!
痛みを痛みでマヒさせたら心は死ぬど!!
やられてやり返して。そら一瞬楽やわ…
そんで忘れんねん…したら、次は自分が他の人に同じことする。
ウチはそんなんになりたない!!

表現というのはある面においては、つまるところこれなんじゃないかという気がする。
生の苦しさ、辛さ、さびしさ、悲しさ遣る瀬なさを曲げて、別の形に変えて、言葉に綴って、そうやって物事を良くしようとする。そういうことなのじゃないかと。


『ロックは淑女の嗜みでして』福田宏

お嬢様がロックする。

もはや飽和した感のある女子高生バンドものの中にあって、新鮮で強烈なフックでもって楽しませてくれた一作。
ゴリゴリした筆致の力のある絵で紡がれる演奏シーンが、まず良い。
ドロドロの汗みずくになりながら形振り構わず演奏する姿は、今までのこういうタイプのマンガにはちょっとなかったものだった。圧倒されるようなエネルギーの奔流。
音は熱い、ということを分かるだろうか?
これは比喩ではなく、音には熱がある。
昔、バンドをやっていたときに、アンプとスピーカーを大量に借りてライブハウスのステージ後ろいっぱいに並べたことがあった。このとき、ステージで演奏していて、音以上に参ったのはその熱だった。アンプというのは、音を増幅するときに強い熱を生じる。ソリッドステートにせよチューブにせよ。とにかくそのとき、そんな熱によってステージ上は蒸し風呂のようになってしまった。
音楽マンガに対して、音が聴こえてくるような、という評し方があるけど、それでいうと、このマンガからは熱がたちのぼる。アンプの中の真空管がオレンジ色に発熱してステージからフロアの上まで焼く、あの熱。
それからもうひとつの良さは、現実のロックの豊かさを反映しているということ。
このマンガの中で演奏されるのは、LITEとかmudy on the 昨晩の楽曲なのだ。

ロックの「熱」を、マンガを通して、インストロックで表現しようとしている、という点で、現状他に並ぶところのない無二の作品だと言えると思う。


『神田ごくら町職人ばなし』坂上暁仁

江戸時代の職人たちの仕事を描く連作短編。

すでに各所で絶賛されているのであまり語らなくてもいい気もする。しかしまあとにかく凄かった。
仕事の場面においては台詞はおろか擬音もほぼなく静かなのだが、その場のにおい、熱、光が立ちのぼってくるような臨場感。
精緻を極める圧倒的密度の作画。
細かなディティールに関しても、読んでいて「これ何だろう?」と思って調べてみると「そういうことか!」みたいな気付きが沢山あったりとか。
ただ働く姿を、仕事を徹底的に描くことで、人間の美しさ、人間讃歌にまで至ってしまっているような。


『這い寄るな金星』華沢寛治

あらすじを書こうと思ったが、ものすごく書き辛い話だった。
というのは、キャラクターの立ち位置とか関係性、見え方というものが、絶えず反転してツイストを繰り返していく作劇によって成り立っている話だから。ひとつの視点から物語を説明するということが難しい。
単純化すると、血の繋がらない姉妹の確執と愛憎。
この、愛憎という言葉は面白いなと思う。真逆の、表裏のものが接合している。それも、ほとんど極点のようなものが。この作品で描かれるひとつの主要なテーマは、この「愛憎」というものになる気がする。
愛するというやり方によって憎悪すること。
憎悪するという仕方で愛するということ。
そこにおいて、憎むということと愛するということは実は危険なほど隣り合っていて、境界線も曖昧になっている。

ビジュアルも独特極まるもので、これがまた作品のテンションと完全一致して強い推進力を生む。
しかし、こういう真にオリジナリティのある作品にNTRとか巨大感情とか陳腐で手垢まみれの売り文句をつけて売り出すのはやめてほしいなと思う。それによってめちゃくちゃ損なわれるニュアンスがあるだろうと。
いや、それが売り方・・・の最適解なのだと言われれば返す言葉もないが……。


以上、今年始まりの五作を挙げてみた。
が、もう一作、どうしても挙げたいものがある。
普段、こういう年間ベストを決めるとき、その年に始まったものか終わったもので考えていて、続刊は考慮に入れない。
ただ、一作、「すごい続刊」が出てしまった作品があった。


『対ありでした。 ~お嬢さまは格闘ゲームなんてしない~』⑥ 江島絵里

お嬢様が格ゲーする。

今、格ゲーマンガって幾つか描かれているけど、この一冊はもう、ひとつの大きな達成と言ってしまっていいと思う。
一冊を使って、ひとつの試合を書いている。99秒二先、実際に戦っている時間にしたら五分ほど、流れている時間でいっても十五分くらいだろうか?
異様なまでに書き込まれる感情と思考。徹底的にロジックを積み上げ、感情を絡め、失神寸前の熱量を保ったまま物語を煮詰めていく。

おかしい なにか変だ
自分の中になかったはずの動きが
まるで導かれるみたいに・・・・・・・・・・・とっさに───
なにかおかしい いつもとちがう
いつもの対戦とちがう
頭の中がいつもより静かで 少し息苦しくて
それなのに妙にレバーは軽快かるくて───
そして
そして───
対戦相手こいつのことしか見えない───

プレイングにはどうしようもなく自分自身が出てしまう
一瞬の判断がモノを言う世界に
嘘や見栄ハッタリの入り込む余地はない
"隠せない"
だからたったの1セット対戦り合うだけで
何万語 費やして語り合うよりも わかり合える

PvP、つまり対人戦とは何か。対戦ゲームとは何か?
そんな深遠な問いの答えに迫ろうとするような気迫すら感じた一冊だった。


マンガ以外で読んだものは、相変わらず国内小説が多かった。
特に強く印象に残っているもの何冊か。まず、乗代雄介『それは誠』は抜群に良かった。上で『スーパースターを唄って。』というマンガについて書いたが、同じくラップもので目覚ましい一作が小説でも出ていて、宇野碧『レペゼン母』というのがそれ。他、去年のものだが呉勝浩『爆弾』は面白すぎてどうかしている小説だった。旧作になるが川上未映子『夏物語』はちょうど夏のさなかに読んだというのもあって良い読書体験だった。読み終わってから何週間か、半出生主義というものについてぐるぐると考えてしまった。井戸川射子『この世の喜びよ』は著者の前作の『ここはとても速い川』とあわせて読んだが、どちらも素晴らしかった。
誰かが言ったほうがいい気がしたので書いておくが、冲方丁『骨灰』は今年読んだ小説の中で一番ひどかった。
怪談本では、朱雀門出『第八脳釘怪談』、蛙坂須美『怪談六道 ねむり地獄』の不条理怪談二冊、それから福澤徹三『忌み地 屍 怪談社奇聞録』が強く印象に残った。
読んだものに関してはそれくらいだが、もうひとつ、映画のタイトルを一本だけ挙げておきたい。『エゴイスト』がそれで、この映画だけは、見られる環境下にあるすべての人に見てもらいたいと思う。


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