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イケメンをみたら脳の回路がなんか開くかもしれないと思った話。

イケメンをみる習慣があまりないのだけれど、しっかりイケメンをみるっていいなって思って思いついた目黒蓮をガン見することにした。亀梨君はだいぶ大人になってすごく落ち着いているけれど、今売り出し中のイケメンは迫力がすごい。服も真っ黒。トークもキレキレ。ジャニーズは想像以上に縦社会なことに気がつく。ヴィジュアルバンドとかもそうなんだよね、野球でホームラン打つことと同じく、女性をよろこばせるということに対してのスキルを上げているに違いない。

そんな所為イケメンたちにそこまで興味がなかったのは『自分はそこいらの
イケメンよりもイケメンのメンタル』な自信があったからだった。それはきっと、家族の中で母と姉に頼りにされていた(と思っていた)からだと思う。

女性と男性は話し方にかなり違いがある。男性はとにかく『解決脳』であり、ゴールが設定されていればそこまで走ることができる。女性は『関係脳』であって、『どこに行くかよりも誰といくか』ということに脳みその大半を使っている。もっというと何をするかというのもきっとどうでもいい事なのだろうと思う。

解決脳の人の中でも経営者などはとかく世の中を便利にしたいと思っている。質問されたことには全部答えたい。そういう回路がひらいている。わたしは小さい頃から読解力が高くて、質問を分析して答えまで道をひくのが得意な代わりに、関係性を築くことはできない。この結論にこれたことは、この読解力のおかげでもあるのだが、提示された答えがあまりにも自分の信念と反発していて全然受け入れられなかった。

今まで解決策として母や姉に話してきたことは距離を遠ざけるばかりで、関係性という点においては的外れなことをしていたのだ。押し売りをしてしまっていたことに気がついてからは、もう何もしたくない気持ちでいっぱいだった。自分の力を信じられなくなった。真っすぐ歩いてきた道がぐにゃぐにゃと曲がり始めた。あの達成感は誰とも共有できない孤独なものだった。

動画の中で目黒蓮は亀梨さんのことを『ダサいっす』と言う。(言わせているのだろうけれど)イケメンは勝利に向かってひた走っているため、見つめていたいが恋愛対象にならない。なぜなのだろう?と考えていたら急に回路が開ける感じがした。

自分で書いておいてなんて名言なんだろう‥と唸った。そういうところがいらないのかもしれないけれど、思いついてしまったものは仕方ない。恋愛というのは『関係性の美学』であって、解決策の美学ではないからだ。だから恋愛ドラマは解決したのかしてないのかよくわからない感じ、寧ろダメだと思っていたところを好きになってくれるという人が現れる系の話がヒットするんだろうと思う。

イケメンがイケメンたるゆえんは圧倒的に解決してくれそうな雰囲気をもっているからだ。目黒蓮なんて見た目もよくて、気も効いて、努力家なのだろう。そういう人は解決するスピードが人より早い。でも、弱い部分がないから、遠巻きにみているしかないという状況になるのだろう。それでアイドルという商売がはじめて成り立つ。ホストの中にある『色恋営業』と呼ばれるものからは真反対の者のように感じる。凡そ神様を信仰するのに似ている。

ここから逆算すると、色恋営業は『関係性の美学』の上になりたっている。これは関係性さえつくればあとはどうとでもなってしまう、ということになるだろう。否定はしないけれど、浪費や徒労に近いように感じてしまう。
解決脳で生れてしまった段階で『恋愛関係』の類は私にはとても向いていないし、同級生と話がずっとかみ合わないというのもすごく理解ができた。

信者は図らずも神様になりたがる。それは神との関係があまりにも酔えるものだからだろう。ニーチェのいう『神は死んだ』というのは、その関係性に終わりを告げよということなのではないだろうかと考える。人は関係性の中だけでは生きていけないものを抱えて生まれてくる。関係性で癒されていたように思っていたものは単なるまやかしにすぎなかったと気がつくのだ。

私がこうやって文章を書き続けるように、誰とも関係しないところで何かを生み出したいという欲がどこからともなく出てくる。初期衝動。誰もいない街で自分だけが何かやってみたいと思うものは一体なんなのだろうか。それともそんなものはやはりくだらないとごみ箱に投げ入れてしまうだろうか。


最後までお読みいただきありがとうございます、今日もいいことありますよ!