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週報+「ECDの追悼記事いろいろ」

今週は、気温のアップダウンが激しく、何だか体調がイマイチでした。そんな一週間のなかで、観たり聴いたり読んだりしたものをまとめました。

ここにきて、今年1月に亡くなったラッパー・ECDの追悼記事が各メディアで出そろった感がありますね。わたしが読んだものを紹介します。

「ミュージック・マガジン」最新号です。

ミュージシャンとしての活動を振り返る記事、交流のあった人たちによる「わたしの一曲」、音楽以外の活動をまとめた記事、全オリジナルアルバムのレビューといった構成でした。長い活動の記録がずらっと並べられていて、その紆余曲折ぶりに改めて驚きました。

個人的には、音楽雑誌でECDを取り上げるなら、彼の持っている膨大なレコードの知識についても論じているとよかったなあ、と思います。ECDはミックスCDも多くリリースしています。それらは、歌謡曲、スクリュー、アンビエント、パンクといろいろなコンセプトで作られています。そこから、アングラミュージックの帰結点としてのECDを浮かび上がらせる、といった内容が読みたかったです……というか、お前が書けよという話ですね。いずれ書きたいです。最近も、レアな「ECD 7inch Mix」なんて買ってしまいましたし。

3月24日の「毎日新聞」の夕刊では「ECD デモを変えた男」という記事がありました。やはり新聞なので政治とデモの文脈で紹介されています。印象に残る箇所を引用しておきます。

ECDさんの人柄を物語るエピソードがある。国会前の安保関連法案反対デモが最大規模となった15年8月30日、ECDさんがツイッターに投稿した。
〈そろそろECDはUCDのパクリって言うやつが出てくるぞ。楽しみだ〉

文のつながりが分かりにくい気がしますが、要は、にわか知識で揚げ足をとった気でいるネットの言説を笑い、自らはストリートにどんどん出ていったECDの姿勢のようなものを指摘しているんだと思います。

実は、この2015年8月30日のデモの後にECDは青山のクラブ・蜂でライヴをやっていて、わたしはそれを観ていました。MCでとくに政治の話を熱っぽく語ることはしていませんでしたが、その場にいた人間は、この夜、ECDがどこから来たのか皆知っていました。ライヴでECDは身体を震わせてラップしていて、それだけで伝わるものがありました。やっぱりミュージシャンだなあと思った記憶があります。

そして、朝日新聞の「WEBRONZA」では、「ECDが遺したものを考える」として小特集を組み、2つの記事をアップしています。

高千穂大学教授の五野井郁夫氏が「不正義を前にして傍観者ではなかったECD」というタイトルで、毎日新聞の記事同様に政治とデモとの関係でECDを語っています。

そして、もうひとつのライター・印南敦史氏による記事「やりたいことがあるなら動け——活を入れてくれた人『カウンター・カルチャーの申し子』のようなECDから学んだこと」が、いろいろ読んだなかで、一番共感したものです。少し長めですが、引用します。

 (前略)1992年にリリースされた彼のファースト・アルバム『ECD』内の「アタックNo. 1」を耳にしたときのこと。これは「ECDの名曲」みたいなランキングにはまず登場しないであろう、あまり知られていない地味なタイプの曲だ。おそらく、知らない人のほうが多いのではないかと思う。が、僕にはとても響いたのだ。
 そこでECDは、やりたいことがあるならアタックしろと訴えていた。「せっかく生まれてきたのに、ちょっとの恥かくことを怖がってちゃいけない」と。「誰も見てないし聞いてないんだし、深く考えすぎだ」と。そして、「一花咲かせてでっかく散ろうぜ」と。
 実はこの2曲を知ったころ、僕は「音楽ライターになりたいんだけど……」と、ウジウジ思い悩んでいた。なりたいけれど、そのための方法がわからなかったし、なったらなったで、やっていけるのかも不安だったのだ。
 ECDは、そんな僕に活を入れてくれた。たしかに、やりたいことがあるなら動くしかないのだ。なのに自分は考えすぎて、頭のなかだけで気持ちを整理しようとしていたのかもしれなかった。でも、動けばいいだけだったのだ。その証拠に、意を決して動いてみたら、いつの間にか複数の音楽雑誌で書けるようになっていた。

ECDは、ミュージシャンとして身体的に恵まれた人ではなかったと思います。驚くような美声でもないし、彼が好きだったという「デヴィッド・ボウイ」のように容姿端麗でもなかった。ライミングの技術でも、同時代に活躍したラッパーを並べたときに語られるのは、彼ではありません。

しかし、それでも、ヒップホップというアートフォームに忠実で、「日常やストリートという限られた場所で自分なりにやってみる」という姿勢を貫いていたと思います。つまり、上記の「やりたいことがあるなら動くしかないのだ」ということです。そこから、ECDは、彼にしか作れない音楽を確立しました。その純粋さに、やはり何にも恵まれていないリスナーたちは感動するのです。

まとまらないわたしの考えもつらつらと書いてしまいましたが、最後に改めて追悼を。ECD IN THE PLACE TO BE、彼が、彼ののぞむ神様のもとにいけるように祈っています。

来週は、気候も安定してくると思うので、美術展なども行きたいところです。

以上、今週のカルチャー週報でした。

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