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「死霊のえじき完全版」DVDは手放さないで

先月発売になったゾンビファン待望のBD
『死霊のえじき HDニューマスター・スペシャルエディション』

CFにより実現した初の日本語吹替音声、各国の既発品からかき集めたテンコ盛りの映像特典に加え、初回限定生産のメモリアル・コレクション版には
伊藤美和氏の訳による幻のオリジナル脚本が付属するという豪華仕様。

こういう痒い所に手が届く製品のリリースが近年増えてきたことは一マニアとして大変に喜ばしい。
発売から早ひと月、この豪華版に満足し、長年連れ添ったハピネット版「死霊のえじき 完全版」のDVDに別れを告げる声もちらほら見かける。

でも待ってほしい。

「完全版」DVDには特典でオリジナル脚本がPDFファイルとして収録されているのだ。

え?今回の「メモリアル版」にも同じものが製本されて付属してるんだろって?

結論から言うとこの二つは同じではない。
ゾンビファンにはお馴染みのバージョン違いというやつである。

さらに言うなら「完全版」収録脚本の方が中身が濃い。
これにはマクダーモットでなくとも一杯呷らずにはいられない。

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何処が違うの?

誤解無きように言っておくと、二つの脚本で物語に大きな違いはない。

両者の表紙にはどちらも

ジョージ・A・ロメロ 著  セカンド・バージョン 第一稿

の表記があり、書かれているのは全く同一のシナリオ展開だ。

しかし読み進めていくと「完全版」収録脚本の方が明らかに登場人物たちの台詞が多く、ト書きのディテールも小説並みに書き込まれていることに気付かされる。

参考として、物語序盤の同一シークエンスを下記に引用する。
ゾンビのいない新天地を目指す船上で、噛まれた仲間を撃ち殺したミゲルの狂気が描かれる一幕だ。

「メモリアル・コレクション版BD」付属脚本

31 屋外。フィッシングボート(外洋)―夜

静寂……ただ、ポッポッポッというエンジン音だけが聞こえる。
ミゲルは拳銃を持った腕をゆっくり上げ、トニーが死んだキャビンの向かいの壁に残る大きなウミガメのような血痕に狙いをつける。
ミゲルは相変わらず奇妙な笑みを唇に浮かべ、ゆったりしたテンポで、一発ずつ確かめるように撃ち続ける。
弾丸の大半は血痕の真ん中に命中し、木製の横壁に穴を開ける。
サラとチコは怯えた眼をして互いに顔を見合わせる。

「完全版DVD」収録脚本

92 屋外 大型ボート(外海) 夜

ライトが弱まって消える。サラがまたなぐりつけるが、今度は効果がない。操舵席の男が船を逆方向に回転させると、エンジンが苦しそうな音をたてる。
また聞こえる水音と悲鳴・・・そして静寂。
ミゲルはゆっくりと片手をあげると、キャビンの向こう側、トニーが死んだ所の側壁に見える、亀の形をした血のしみにピストルを向ける。
口もとに例のチェシャ猫の笑みを浮かべたまま、彼はわざとゆっくりとしたリズムで、一発ずつその血だまりへ弾を打ちこむ。
その弾丸のほとんどが血のしみに命中し、側壁の木材に穴をあけてゆく。
サラが操舵席の男をふりかえる。男は彼女をおびえた目で見かえす。
ミゲルは弾を撃ちつくすが、引き金を引きつづける。
銃のメカニズムは、ゆっくりとしたテンポに合わせたメトロノームのくりかえしに似た、狂ったような大きな音を響かせている。エンジン音が鳴り、見えない波が船体に音をたてるなか、片腕の男がただひとり座っている。
彼の撃っている銃が、空になっていることにも気づかずに。

この後「完全版」脚本では、死んだ仲間が蘇り海中から襲い掛かってくるシーンに続く。
一方で今回の「メモリアル版」脚本では展開自体が削られている。

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何故違うの?

オリジナルのスクリプトが紆余曲折あって何度も書き直されたことは
ファンには今更な話だ。
簡単に経過をまとめると、

ゾンビ版「風と共に去りぬ」若しくは「レイダース」と呼ばれる200ページ超の初稿とそれを切り詰めた122ページの第二稿。(ファースト・バージョン)

製作費の面で難色を示した製作会社の要望でリライトした165ページの第三稿とそれを104ページに切り詰めた第四稿。(セカンド・バージョン)

予算とレイティングの取捨選択を迫られたロメロが後者を選び、本質を残しスケールを縮小させた88ページの決定稿。(映像化されたシナリオ)

「完全版」と「メモリアル版」の特典になっているのは何れもセカンド・バージョンの脚本であり、それぞれ第三稿と第四稿に当たるのではないか。

両者の関係は、ゾンビファン流に言えば「DC完全版」と「アルジェント版」であり、「完全版」にあったロメロの知性や教養を感じさせる台詞やト書きが「メモリアル版」特典脚本ではごっそり削られている。
一部の展開も省略・統合され、シナリオのテンポと読みやすさは格段にアップしている反面、読み応えは減ったと感じるかもしれない。

個人的には分冊の長編小説を消化したような読後感の「完全版」脚本に比べ、「メモリアル版」脚本ではどこか急ぎ足な物語運びに若干の物足りなさを覚えたのも事実。
これは一種の群像劇とも呼べるセカンド・バージョン脚本の構成に起因するものと考える。
オリジナル脚本の魅力は完成版に比べ倍近く登場するキャラクター達が織りなす複数のドラマが同時進行していく点にあるが、ただでさえ多い彼ら一人一人の出番と台詞が少しずつ削られた結果、「メモリアル版」脚本では非常に忙しい――というよりは淡泊でサクサクとした場面転換に落ち着いている印象を受けた。(実際に映像化されていたらこんな感じだったろう)

捕捉として、訳された脚本のページ数は「メモリアル版」が153頁に対して
「完全版」が216頁。
スクリプトの柱に場面毎に振られるシーン番号に至っては前者が170に対して後者は倍の342だ。
まるで劇中半分こにされたローズ大尉さながら。
諸種の事情で当初の構想を削らざるを得ないクリエイターのジレンマ、
断腸の念を感じずにはいられない。

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「完全版」は完全版だった

繰り返すが、両者は本質的に同一のシナリオだ。
どちらもロメロの手によるものと考えると「米国公開版」と「DC完全版」の関係に近いのかもしれない。
しかし「ゾンビ」といえば「米国公開版」派の自分でも、今回は「完全版」収録のスクリプトを推したい。
ト書きとしては過剰に思えるディテール描写にロメロの物書きとしての一面が感じられ、「台本」よりは「小説」なのがこのバージョンなのだ。

これを完成した本編映像が浮かんでくるようなきめ細かく丁寧な仕事ととるか、映像の設計図としては冗長で無駄の多い叩き台に過ぎないととるかは各々の判断に委ねたい。
そのためにも「完全版」DVDを所持している人は一先ず手放すのを待ってほしいという話だ。

今回のニューマスターBDの発売前に、自分も通常版を予約するかメモリアル版にするかで悩んだ。
メモリアル版の目玉はやはり製本されたオリジナル脚本だったが、完全版にも入ってるしなぁ…と躊躇しつつも結局購入。
結果としてはもう一つの封入特典であるブックレット(ノーマン・イングランド氏責任編集!)の内容が期待以上に濃く、(あまり語られることのない米国版本編と日本公開版、東北新社VHS版の編集違いについての記載も)
数千円の元は取ったなと思っていたところにこれだ。

当時の定価で3800円(税抜)だった完全版DVDにROM特典としてしれっと収録された長尺のオリジナル脚本……まさに「資料」として「完全版」だった。

もちろん「メモリアル版」脚本も貴重な資料であることに疑いはなく、
「完全版」と併せて読むことで、ラフカットにロメロ自身が鋏を入れた公開編集版のような印象を覚えることは上述した通りだ。
それにしてもここまで脳内に鮮明に映像が浮かんでくる脚本も珍しい。
もう一つの「死霊のえじき」本編が映像特典になっていると考えれば益々お買い得なセットだろう。

余談になるが、真の意味でのオリジナル脚本――ロメロが最初に書き上げたアクションとアドベンチャー満載のファースト・バージョンは、今のところ当時の関係者の目にしか触れていないらしい。
今回のリリース告知でこの初稿もしくは第二稿の収録を一瞬期待した自分がいた。結果は思いがけない方向にぶれたけど。

いつの日か、幻のファースト・バージョンが世に出ることを祈って、
明日からまた、死者の日々を生きていこうと思う。

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