見出し画像

SF小説・インテグラル(再公開)・第11、12話「バーチャル・ソフト」 「拒絶反応」

第十話はこちら。

A社から昨日発売されたばかりの バーチャルソフトを手に入れた。

 以前販売されていた同タイトルのソフトのバージョンアップ版なのだが、単なるバージョン アップにとどまらない、画期的な機能がインプリメントされていた。それは……。インターネット接続による、世界初の多人数参加型 バーチャルソフト! だそうだ……。昔「マトリックス」という映画があったが、あれを誰でも、 ご家庭で簡単に 疑似体験できるってことだろうな、と僕は理解した。

 バーチャルソフトの危険性がマスコミで報じられ、ここ数年、粗悪な商品を販売する違法業者が次々と摘発されていることは僕もよく知っていて、「君子危うきに近寄らず」という古臭い言葉を心 の中でつぶやきながら、僕はこれまでバーチャルソフトにだけは手を染めまいと誓ってきたのだが、「マトリックス」 の誘惑には負けてしまっ た……。

一つ不安に思っていたのは、バーチャルソフトというのは本来映画の代替品として出現したものであって、視聴者の設定した、30分から2時間の間の任意の設定時間内で、そこそこの感動を得られる演出がなければならない。
 スタンドアロンで実行される既存のバーチャ ルソフトでは、それらの課題は驚異的な速さで解決され、さらには視聴者を圧倒する驚きのイベントを、次々と盛り込んだバージョンアップ版を提供して有名になったのが、A社だそうであるが、さすがに多人数参加型となると、すべての参加者に感動を与えるのは無理なのではないか、と僕は考えていた。「ま、何事もやってみないとね」

 僕はケースからバーチャルソフトの入ったカードを取り出し、ベッドの脇のスロットに挿した。カチッという音がしてロックが外れるのを確認した後、透明なプラスチックの扉をあけ、ベッドに横たわった。自動的に扉が閉まり、僕の全身を柔らかい樹脂が包み込む。目の前にホログラムで投影されたスクリーンが出現し、「機器診断結果→異常ナシ」という文字が点滅した。ベッドの中が真っ暗になり、ソフトが再生され、スピーカーから女性の声が流れ始めた。

「このたびは、A社製バーチャルソフト、『インテグラル・ムービーメーカー バージョン5』をご購入いただき、まことにありがとうございます。『インテグラル・ムービーメーカー バージョン5』では、新たにインターネット接続による、多人数参加型のインテグラル・ムービーをお楽しみいただけるようになりました。この機能を使用されるかどうかは、……」

「スキップ……」

 あまりに長い説明に辟易した僕は、説明をスキップさせた。声は止み、スクリーンに文字が表示された。

インターネット接続機能をご利用になりますか?

    YES    NO

「ノー」、と僕は答えた。これまでバーチャルソフトというものを実際に体験したことのなかった僕は、まず、スタンドアロンでのバーチャルソフトとはどういうものなのか、というのを知っておきたかったからだ。

第十二話 「拒絶反応」

『インテグラル・ムービーメーカー バージョン5』を起動させた僕は、感動にふるえた。子供の頃に観た「マトリックス」という映画も衝撃的だったが、インテグラル・ムービーとやらの臨場感、そしてストーリー展開は、それをはるかに超えるものだった。

 ムービー中でうろたえる僕を、登場するキャラクター達がさりげなくサポートし、物語をクライマックスに導く。あまりに自然なその展開に、僕には逆らうことさえ許されなかった。

「ちょ、ちょっと待って! まだ心の準備が!!」 悲鳴をあげる僕を見て クスッと笑い、相棒 の女性が言った。「そんなもの必要ない。 現実は常に危険であり非情なものなのよ」

ああ、勘弁してくれ。悪い夢でも見ているようだ。

悪党どもの住処(すみか)である 工場に、たった二人で潜入する。 無謀だ。あまりに無謀だ……。

廊下の前方の監視カメラが僕たちをとらえ、工場内に警報が響き渡った。廊下の前方と後方に、黒服の男たちが現れ、銃を構えた。


 もう駄目だ……。

 僕が死の恐怖に気を失いそうになったとき、どこからか鳥の鳴き声が聞こえた。眼の前にはいつの間にか、緑に包まれた深い森が広がっていた。

「ここは……」誰かが僕の肩をそっとなでた。顔を向けると、そこには、さきほどまで一緒に戦っていた相棒が、穏やかな微笑みを浮かべ、僕を見つめていた。彼女はゆっくりと言った。

「しっかりして。これはただの夢……。でもあなたには少し、刺激が強すぎたようね。次はもっと穏やかな夢をみましょう」女性の姿がゆっくりと消え、僕の視界は真っ暗になった。

放心状態となった僕の目の前に、ホログラムのディスプレイが現れた。そこには赤い文字で、こう書かれていた。

心拍数が危険レベルに達しましたので、
上映を中止しました。

あなたの健康を害する恐れがあるので、
連続しての視聴はおやめください。

ベッドの中で、僕は酸欠に陥った魚のように、口をぱくぱくさせて深呼吸し続けた。心臓が破裂しそうだった。
 
「オ……、 オープン」

ベッドの扉が透明になり、ゆっくりと開いた。僕は転げるように外に出て、冷蔵庫の前まで這っていった。その扉を開け、並べられた缶ビールの一つを取り出し一気に飲み干す……。ようやく落ち着きを取り戻した僕は、恐る恐る、ベッドを眺めた。イジェクトされたカードの表面のLEDが、闇の中で緑色に点滅していた。


解説(ネタばれあり):

 執筆当時は11話「バーチャルソフト」、12話「拒絶反応」と、2話にわけていましたが、ボリュームがそれほどなく、また今なら普通にすらすら読んでいただける気がしましたので、つなげさせていただきました。

『インテグラル・ムービーメーカー バージョン5』を初めて体験する男性を描写することで、読者にも仮想体験を味わってもらおうと思い、書いたエピソードです。でも今は、同様な物語が多数小説やアニメで作られているため、リライトするなら削除したい部分です。

 挿絵が非常に汚いですが、ワイヤフレームの3Dモデルで構築された、仮想空間というのを手描きで表現したかったのですが、1枚5分とか10分で描かざるを得ないスケジュールだったので、手抜きしまくった結果です、すみません(汗。

ただ、雑な絵の中から少しでも「仮想空間の空気」を感じていただければと思っています。

 また、最初の2枚と最後の1枚に描かれている、上半身裸の男性が、仮想体験をしているのですが、それらの挿絵もワイヤフレームで描かれているのがポイントで、実はこのエピソードは、「殺風景な部屋でバーチャルソフトを試す男、という設定のムービーを、バーチャルソフトで楽しんでいる誰か」、という構図と解釈するのが正解です。ややこしいですね!

バーチャルソフトの中でバーチャルソフトを視聴し、そのバーチャルソフトの中でまたバーチャルソフトを視聴する、という無限の連鎖が起こった場合どうなるのか……。と、その前にストップをかけるための、上映停止機能なのでしょう。

 最後にネタバレというかお詫びですが、今回、表紙絵が左眼の赤い金髪の男性になっていますが、これは今後登場する、人類延命機構の一人、「アラン」というキャラの容姿と重なっています。また11話12話の挿絵にも金髪の男性が登場するため、最初から読み返してくださった方は、このエピソードをアランが体験しているのだとミスリードしてしまうと思います。が、このエピソードとアランは全く無関係で、ここでは扉絵がミスリードをさせるためのトラップとなっています(汗。

  • そのようなトラップはただ単に読者を困惑させるだけのものなので、リメイクするとしたら、すっきりさせたい所です。

    ↑この記述、全くの私の勘違いだったので消し線で消しときます。
     表紙絵も「アラン」だし、挿絵も「アラン」という理解が正解でした。

次回はこちら。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?