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SF小説・インテグラル(再公開)・第13話「ン・ケイル」 n.Cale

第11,12話はこちら。


 寝覚めは最悪だった。僕は昨日の夜、ビールを二缶空けたあと、『イン テグラル・ムービーメーカー』をスロットから取り出し、愛用のベッド内空調管理ソフトのカードをセットしてベッドに横たわったのだが、全身の血が逆流するような不快感にたびたび襲われ、明け方近くまで全然眠れなかったのだ。こんなことなら最近はやりの入眠用リラクゼーションソフトを買っておくんだったな、と僕は後悔した。こうやって人は、バーチャルソフトにはまっていくのだろうか?

 いつものように通勤用の小型ホバーカーに乗り、弾丸メトロに乗り付けて機体を固定した。

身体に強烈なGを感じながら、僕はトンネルの闇を見つめた。キャノピーにうつったもう一人の僕が、不安げに僕を見詰め返した。

 職場に到着すると、班長のン・ケイルと同僚のニルスが僕を出迎えた。 「おはよう! アラン君おはよう! あはは!」

ニルスは手を振りながら僕に挨拶した。僕はコクピットから手を振り返した。 「やあ、ニルス。相変わらずハイテンションだな」

「無駄口はいいからさっさと降りてきて。出発まであと30秒ですよ」班長のン・ケイルがいらいらした声 で言った。「はい……」

 僕たちは古めかしいゴミ収集車に乗り込み、出発した。目的地は現代の宝島、東京湾の埋立地だ。仮設の離着陸場から移動すること1時間、ようやく掘り返されたゴミの山が見えてきた。そこにはすでに、十数台のゴミ収集車がとまっていた。「盗掘だ……」

「放っておけばいい。お宝はまだ無限にありますよ」

「無限じゃない。人類に残されたごくわずかの、貴重な資源だ」
「でも、彼らも生きている。それに時間も限られてる」
「知ったこっちゃない。ニルス、通報して」
「了解!」

 僕は盗掘者どもが排除されるまでの数十分、ゴミ収集車の運転席で腕組みし、特殊警察の手際の良さを見守った。助手席のン・ケイルの横顔をちらっと見ると、不機嫌そうな顔で彼女も腕組みしていた。僕の視線に気づいたのか、彼女は腕組みしたまま首を回し、僕をキッと見つめた。

「あ!」
「あ、って、何ですか。別に怒ってませんよ」
「ああ、そうですか。それはよかった」

 ン・ケイルは、眼がねの奥からちらちらと冷たい視線で僕を攻撃しながら、さらには氷の微笑を浮かべて言った。
「それで? 『インテグラル・ムービーメーカー バージョン5』はどうでしたか?」
「あ、ああ!! すみません、昨日はちょっと疲れてたもので、まだ試してないんですよ」
「そう……」
彼女は顔から微笑を消し、ぷいっと前を向いてしまった。やっぱり怒ってる。

 そう、僕に『インテグラル・ムービーメーカー バージョン5』を強引に薦めたのは彼女なのだ。一体なぜ、何の目的で……、と思わないでもなかったが、僕にそれを薦める彼女の目は真剣であった。まるで怪しい宗教の勧誘のようでもあった。もし断れば、僕は確実にこの職場を追われる。悪くすれば殺される! と思った僕は、彼女から『インテグラル・ムービーメーカーバージョン5』を受け取ってしまったのだった。

  そろそろ終わろうとしている盗掘者排除の作業を呆然と見つめながら、僕は全身にうっすらと嫌な汗が浮かぶのを感じた。
「今日帰ったら、絶対にお試しなさい」
「……はい……」

(続く)


解説(ネタばれあり):

 前話の、「殺風景な部屋でバーチャルソフトを試す男、という設定のムービーを、バーチャルソフトで楽しんでいる誰か」、という構図の続きです。

 アラン、ニルス、ン・ケイルという3人の名前が登場します。あれ? 前回の解説で、私は「実は第11、12話の男性は、アランではありません」と書いてしまいましたが、アランであるという解釈が正解だったのですね(汗。

 作者である私自身でさえ、15年ぶりに読むとあれこれミスリードさせられる小説(汗。こんなの誰が読んでも、読み解けるわけありませんでしたね(大汗。これまでの解説、他にも色々間違いがあるかも知れません、てへぺろ!

 というわけで、11話、12話、13話と連続するひとつの物語となっていて、その主人公はアランという青年。東京湾の埋め立て地から、貴重品となった資源を掘り出すという仕事についていて、その仲間の二人がニルスとン・ケイルであると、今回のお話を読むと理解できます。が、それって本当なのでしょうか? そもそもこれは「誰かが見ている、バーチャルソフトで作られたストーリー」であって、事実とか歴史と一致するものかどうかは、不明ですね。

 そこで重要となってくるのが、第七話から第九話での記述です。重要な部分を引用してみます。

「これは……」

「インテグラル世界についての書物が、ここに収められています。インテグラル世界のマスター、アラン、ニルス、ン・ケイルについての本は……、これです」

私はそのまましばらくバージョン3の世界に居座り続け、地下図書館で借りた本に読みふけったのでした。

「インテグラル世界は、ある女性が創りあげた。彼女の名はナタリー。そしてインテグラル世界を治める三人のマスター。アラン、ニルス、ン・ケイル……、か……」

現実世界での私に、2つの噂がもたらされました。その一つは、インテグラル バージョン4では、ナタリーと3人のマスターの物語を、チュートリアルとして体験できるということ

私は強烈な後悔の念とともにあわててショップに走り、バージョン4を購入しました。

その女性はくすっと笑い、私に手をさしのべてこう言いました。
「あなたは正直な人ね。ならばおいでなさい、バージョン4の世界へ。あなたの望んでいた世界が、ここにはあります」

私が彼女の手を握った瞬間、私はインテグラル世界のマスターの一人である、ン・ケイルになっていました。埋立地に遅刻してきたアランに私は辛辣(しんらつ)な言葉を浴びせてしまいましたが、私の本心は、アランに会えた喜びでいっぱいでした。

 インテグラル バージョン4を入手したその日、私はナタリー、そして3人のマスター達に出会いました。チュートリアルで体験した彼らの生い立ちは、地下図書館の書物で読んだことと若干違っていました。そもそも彼らはゴミ収集業などに従事したことなどなかったはずだし、ナタリーは、アラン、ニルス、ン・ケイルが生まれる何年も前に、その肉体を事故によって失ってしまっていたはずだから。

 しかし、お話の設定こそ事実と異なってはいるものの、彼らは私が想像していた通りの人達でした。ナタリーは聡明で優しかったし、アランは……。性格どころかその容貌まで、私が想像していた通りの男性だった……。

おわかりいただけたでしょうか?

第七話から第九話は、「ある女性」視点の私小説、つまり真実の物語です。そこから読み取れることと、今回のお話を合わせて考えると、

・今回登場している、アラン、ニルス、ン・ケイルは、インテグラルというソフトを開発した人達である。

・今回のお話は、「インテグラル・ムービーメーカー バージョン5」というソフトを、オフラインで利用した時に体験できる、チュートリアルの中の出来事である。

・その出来事の舞台は、「アラン」の住まいと弾丸メトロ、東京湾のゴミ埋立地であるが、それは作られた物語であり、実際のアラン達は、全く別の人生を歩んでいる。※ここで少しネタバレすると彼らはずっと「人類の延命」を研究する研究者として宇宙で働いています。

・「ある女性」が体験したチュートリアルでは、女性はン・ケイルになっていたが、今回のエピソードでは、利用者はアランになっている。発生する出来事はほぼほぼ同じであるため、物語の粗筋はほぼほぼ決まっており、利用者はそれを体験させられるのみであることがわかる。

・ただし、女性が体験したのはオフライン版であるバージョン4のチュートリアル、今回のはオンライン機能が実装されたバージョン5の、オフライン版でのチュートリアル、という違いがあり、その影響がどの程度なのかは不明。

 いやあ、なんだか笑えるほど難しいですね(笑。

 なお今回登場している、「東京湾のゴミ埋立地から、お宝を回収する」というのも、当時騒がれ始めていた「地球温暖化」の影響で描写した部分もあるのですが、それ以上に私は子供の頃から、「恐竜や古代の生物の化石を、古い地層から掘り起こして復元し、男のロマンだ、学者の偉業だと、言っているけれども、掘り起こされ博物館に飾られたそれらは、災害や、犯罪や、戦争によって、今度は復元不可能なほどに破壊されてしまう。それって本当に偉業なのか? 地球の歴史から見ればただの余計な仕事、大きなお世話なのではないか?」、と私は疑問に思っており、その考えも、たぶんに入っています。

どういうことかというと、わざわざ地球を破壊して資源を取り出し、それを使って製品を作って消費し、不要になったら地球に投げ返す。そしてまた、その資源が地球から枯渇したら、手の平返しで地球からそれを取り戻そうとする。そんな自分勝手な考えが、人類を、滅亡に導いているのではないか?

 と、アラン達がそんな考えから埋立地のエピソードをインテグラルに追加したのかはわかりません。ちょっとネタバレしておくと、今後「インテグラル世界を破壊しようとするレジスタンス」が登場します。そんなレジスタンスの活動をかく乱するための、フェイク情報の一つだったのかも知れません。

 そうそうもう一つ。チュートリアルではン・ケイルが主任、アランとニルスがその部下という役割ですが、実際にはニルスが「人類延命機構」のリーダーです。その描写は、もう少し後に出てきます。

次回はこちら。

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