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SF小説・インテグラル(再公開)・第十話「リリア」

第九話はこちら。

 6歳になったリリアがプレゼントとしてもらったものは、一枚のメタルチケット、だけだった。彼女は一言、「ありがとう」とつぶやいてそのチケットを受け取った。

こうして彼女は、科学者達の創った、いわゆる「天空の城」に向けて旅立つことになった。

 一人の保育員に連れられ空港についたリリアは、その待合室で、ニルスに会った。
「こんにちは。僕はニルス。僕らは今後、天空の城で、一緒に仕事をすることになります。どうぞよろしく」

そう言って右手を差し出したニルスに対してリリアは、「どうも」、とつぶやくように答えたのみだった。ニルスは苦笑しながら手を引っ込めた。保育員はニルスに深々と、何度もおじぎをしたのちに去っていった。

 ニルスとリリアは待合室の黄色い椅子に腰掛け、飛行船搭乗の時刻を待った。待合室の壁に埋め込まれた分厚いシールド、その向こうの離着陸場で、多くの自動車が慌しく走っていた。

 その中央に、巨大な飛行船があった。やがて搭乗時刻が来て前面のシールドが開いた。ニルスはリリアに声をかけ、立ち上がった。二人が宇宙船までの送迎車に乗り込んだとき、離着陸場の天井が開き、放射能をおびて青白く光る、分厚い雲におおわれた空が姿を現した。リリアにとっては生まれて初めての「空」、彼女はその空を見て眉をしかめた。

 送迎車の運転手が言った。「ニルス、今年はその子一人だけかい?」

「うん、そう」、とニルスは答えた。運転手はそれきり何も聞かなかった。ニルスは思う。今年はこの子一人。そう、人はその遺伝子へのダメージを確実に深く受けつつある。去年は二人、そして今年は一人……。報告によれば来年はゼロで、その後は……、考えたくもない。

遺伝子に異常を受けた子供は、今の医学では地球から離れることが出来ない。地球上に建造された、莫大な電力を必要とする「インテグラル世界」から切り離されたとき、彼らの遺伝子は、彼ら自身に牙をむけるから。

 人はなぜ過去にすがるのか。人はなぜ過去無しには生きていけないのか。今を生きる僕たち、そして彼らにとって、「人類の遺産」とは、そして「地球」とはどれほどの価値を持つものなのか。「正常な」遺伝子を持つニルスには、計り知れないことだが、今生まれてくる多くの子供達は、この荒れ果てた地球を目にし、そしてそれを現実と受け止めたとたん、発作的に死を選ぶのだった。

彼らを生につなぎとめておく手段は今のところただ一つ。「インテグラル」という麻薬を与え、中毒化させることのみだ。そんな手段しかとれない自分を、ニルスは呪った。

 やがて送迎車は、宇宙船のタラップに着いた。ニルスは隣に座っているリリアの顔を見た。リリアは無表情に、巨大な宇宙船を眺めていた。その目はまるで冷たいガラス玉のようだ。無感動な、まるで機械のような……。でもその無感動さゆえに彼女、そしてニルスは地球を離れても生きていられる。地球の呪縛から逃れることが出来るのだ。放射能で汚染されつくした地球、そこを少しでも早く脱出することが、人類に残されたただ一つの希望なのである。

「行こう」 ニルスは言った。リリアは小さく頷いた。

狭いタラップを上りながら、ニルスはリリアを振り返って尋ねた。

「狭い所は嫌い? 『天空の城』までは時間がかかるから、しばらく眠ることになる。麻酔を打つから途中で目が覚めることはないんだけど、眠りにつくまで、暗くて狭い箱に一人でいることになる。平気かな?」

「うん、大丈夫。平気」「そう」ニルスはにこりと微笑んだ。ハッチが閉まり、淡いオレンジ色の光が二人を包み込んだ。

(続く)


解説(ネタばれあり):

子供達を延命しようと研究を続ける科学者のリーダー的存在、ニルス。彼が行っている活動の一端が描かれます。※その組織、名前をつけてなかったのでよりわかりづらくなっています。解説欄では「人類延命機構」と名付けておくことにします。

挿絵だとニルスはまだまだ若い感じですけど、実は結構な年齢で、「人類が遺伝子にダメージを受け始める前の世代」です。ダメージを受けてしまった若い世代は、地球上で運用されている「インテグラル世界」という仮想空間で、精神を癒しながらでしか生きていくことが出来ません。と、いうのは地の文で説明されていますね。

ではなぜこのリリアという少女は、宇宙にある「天空の城」に、連れていかれるのでしょう? それはなんらかの理由で彼女が、未来へ希望をつなぐためにコールドスリープされる実験体に選ばれたからです。もし人間の遺伝子を治療する方法が見つからなくても、宇宙でコールドスリープしている間に地球の環境が元に戻ったなら、人類はまた、地球上で健康に暮らせるかも知れないですから。途方もない長い時間がかかりますけど、希望はひとつでもあった方がいいですね。

地球上で延命するために、「インテグラル」という麻薬漬けにされるのか、それとも未来で生きるために、コールドスリープされて未来に可能性をつなぐのか。すごく難しい選択ですが、リリアは後者を選んだのですね。このリリアという少女、今後この小説に登場することはないのですが、人類の希望を未来につなぐという、献身的な少年少女たちの一人であるということだけは、忘れないであげてください。

「去年は二人だった子供が、今年はリリア一人、来年はゼロ」。これは何を意味するのかというと、子供自体が減っているとか、それに加えて「インテグラル漬け」で廃人になり、実験体として不適格な子供が増えてしまっているのかも知れません。

何という暗い未来なのでしょう。なんでこんなくらいお話を、私は書いてしまったのでしょう? その答えは2006年が、地球温暖化が本格的に叫ばれ始めた年であって、その結果導かれる一つの未来の可能性として2008年に完成させたのが、この「インテグラル」という作品なのでした。もう少しわかりやすく、話題になる作品にしておけば、少しでも温暖化防止につながったかもしれません、力が及ばず残念ですぐぬぬ。

なお、挿絵は当時描いたものですが、だんだん雑さが増していますね。これには理由があるのですが言い訳になるのでそれは省略。ただ、今日あらためて見てみると、リリアの表情がまさにジャンキーっぽくてやばかったのでかわいく修正しておきました(汗。

第11、12話はこちら。

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