SF小説・インテグラル(再公開)・第22話「最終話、絶望? 希望?」 Is it hope or despair we have?
インテグラルの、過去に向けての悲痛な訴えは、バーチャルなドアが乱暴に開かれた音によって中断された。インテグラルは、覚悟を決めた。
もう駄目だ。もうお終いだ……。
いくらニルスの研究が今この瞬間完成しようとも、この部屋を占拠されてしまえば、インテグラル世界は終わってしまうし、そうなれば、人類も終わりだ。
私の分身を作り、この世界の破壊をもくろんだ馬鹿な人間たち。そんな者たちによって、人類の歴史は、終わりをとげるのだ……。
インテグラルは、携帯電話をぽとりと落とし、両手で顔をおおった。
「インテグラル! よかった。間に合った!」
「え?」
聞き覚えのある声に、インテグラルは驚いて顔をあげ、ドアの方を見た。そこにはいつも通りの、申し訳程度に人間っぽい偽装がなされたアンドロイド、アランが立っていた。
「アラン! なんでここに?」
インテグラルはぽかんと口をあけて、アランを見つめた。ドアから入ってきたのは、てっきり増殖した、ニセ・インテグラルたちだと思っていたからだ。なぜなら、アランはついさっきまで、酸性雨の降る廃墟と化した地上を、ボロボロになりながら歩いていたからだ。
アランの思考はもう、完全に狂ってしまっているのだと、インテグラルは思いこんでいたのだ。
「レジスタンスの本拠地を見つけて壊滅させた。今はそこのコンピューターからアクセスしてる。現実世界での僕は、もう再起不能だ、ただの鉄くずだよ」
はは、と力なく笑うアランを見て、インテグラルは再び両手で顔を覆った。喜びと哀しみが複雑にまじりあった涙が、その指の間からぽたぽたと床にこぼれおちた。
エピローグ
インテグラルになにも話さず、僕とニルスだけで事件の根本原因を究明し、その元を断とうという二人の間での合意は、ひとつの賭けだった。だが結果的に、すべてはいい方に向かい、事件は解決した。今僕は、心底ほっとしてる。
地上に降り立った僕は、ニルスの解析結果から、インテグラルの思考自体には問題はなく、暴走している大量のインテグラルの正体が、レジスタンスによって生み出されたウイルス、であることを知った。
ただ、そのウイルスの侵入を許すきっかけとなったのは、インテグラルによるちょっとした反抗、であったのは事実であり、その点、インテグラルのナイーブな心を傷つけてしまった僕も、少なからず反省しなくてはならない。
それはともかく、僕はその事実をインテグラルには告げず、ニルスによって示されたポイントを探索し、廃墟に隠されたレジスタンスのアジトを発見し、それを叩き潰した。
人間のために、ここまで尽くしている僕らを抹殺しようとする人達がいるということは、少なからずショックではあるが、きっとそれが、人間というものなんだろう。
種の保存よりも個を重視し、気に入らないものはすべて破壊する。そんな人間の、隠された心理は理解していたつもりだけれど、ニルスというあまりに完成された人間を、サンプルとして見続けていたために、僕とインテグラルの危機意識も、薄れてしまっていたのかもしれない。
機械である僕達には本来起こりえないはずであろう油断、が起こってしまった。人間は、僕達が完璧であると思い込んでいたけど、その僕達も、完璧じゃなかった、ってことだ。
色々あったけれど、こうして僕達は、事件を解決した。ニセ・インテグラルに捕らわれていたン・ケイルも、無事開放することが出来た。
そのあと僕は、ニルスとン・ケイルに、そろそろ引退したいんだけど、と切り出したが、その僕の希望はあっさりと却下された。僕はまだ当分、インテグラルのお守り役、という大役から逃れることは出来なさそうだ。
ただ今回の事件の張本人であるインテグラル自身が、事の真相を知ったあとはもう、うって変わってケロッとしてしまったことが、今の僕にとっての救いではある。
これからも、彼女とはいいコンビでやっていけそうだ。人類の、本当に救われる日が来ることを信じて……。彼らが、青い空と青い海、そして輝く太陽を、再び取り戻すことを、堅く信じながら。
「インテグラル」・完
解説(ネタばれあり):
未来の地球と宇宙を舞台とした物語が、完結いたしました。お疲れ様でした!
「読者が読みたいと思うシーンを、あえて書かないエンタメ」は、いかがだったでしょうか?
この作品には2つ、実験の要素がありました。
①読者が読みたいと思うシーンを、あえて書かないエンタメとすることで、何が失われ、何を得るのか。
②序盤と終盤をリンクさせることで、小説全体を円環させる。またその円から適度な距離感を持ったエピソードをちりばめることで、立体的な「球」を構成してみる。その結果どういう効果が得られるか。
「読みたいシーンをあえて書かない小説」というのは、純文学的なものをエンタメで形成できないだろうかという興味からのもの。描かれてはいないけれども、複数のシーンが発する波長が共鳴することにより、脳内の空間に「ホログラム」的な、描かれていない情景が浮かび上がるのではないか、という仮定を実験によって検証してみようとしたのでした。
結果、私としてはすごく興味深い作品となりました。あえて設定をガチガチに考えず、作品中で描かない設定を多数つくることによって、作者である私自身が、何度読んでも楽しめるものになりました。
小説全体で「球」を構成する、という試みの効果はどうでしょう? 様々な時間、さまざまな場所、さまざまな人間関係、かろうじて関連をもった、ゆるいつながりで構成された「シーン」、ネットワークに例えれば「ノード」 それらはゆるいつながりを持たされて放置されることで、最終的に「球」を構成する。その物語で構成された球は、どんな効果をもたらすのか。
私が結論づけたのは、「それは結果的にその作品に、ゆるぎない安定感と、各シーンの存在感、リアルさ、全体としての現実っぽさをもたらす」ということです。単なるアイデアは0次元、単純なストーリーテリングは1次元、複雑に絡み合うサブストーリーが織りなす人間模様は2次元。
そして緩いつながりで接続されたノードが形成するのは、3次元。2次元が絵に描いた餅だとすれば、3次元は空間に描かれた立体アート。もしくは地球儀。パンパンに空気のつまったサッカーボール。とまあ、これ以上述べると主観となってしまうので、この辺にしておきましょう。
ストーリー的に言うと、この最終話で、アランとインテグラルがともに、感情を持つAI、人工生命であることがわかります。アランは現実世界にもロボットの身体を持っていますが、インテグラルは仮想世界の中だけの存在。
そんな人工生命体である2人が、人間に翻弄されてボロボロになって、でも人間のために戦い問題を解決する、というのがこの作品の核であり、テーマです。人間には様々な欠点がありますが、人工生命には、欠点というものが許容されないがゆえに存在するストレスが、あるということです。
さらにそんな、タイトロープを渡るかのような、危なっかしいバランスでかろうじて生きている「優れた」人工生命を、彼らよりも知能の劣る人間が、挑発したり破壊しようとしたり自分のものにしようとしたりする。そこでもし人工生命に人間並みかそれ以上の感情があったなら、彼らはどう思うでしょうか?
と、いうような様々な、人工知能、人工生命に対する「共感」を描いたこの作品ですが、もう少しわかりやすく構築すると、よかったですね、てへっ!
なお今回、挿絵は結構修正させていただきました。以前からずっと、「ここ治したいなあ、痛々しいなあ」と感じていた部分はほぼほぼ修正。これでようやくインテグラルという作品が、インテグラル(完全版)になったといことですね、あはははは。
あ、最後になりましたが、ここまでちゃんと読んでくださった方は、第一話をもう一度、読み返してみてくださいね。インテグラルという作品の概要(サマリー)が、第一話に集約されています。初見で読んだ時と、全話読み終えた後と、印象に違いはないか、確認してみてください。その楽しみは、作者である私には、感じ取れない部分です。うらやましいです!
以上、15年前に完成させ発表した作品を、いろいろ修正しながらの再公開でした。お疲れ様でした!
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