【連載小説】アナザー・ガール アナザー・プラネット #72
翌日、目が覚めると、なんだかんだで昨晩考えすぎたせいか、妙に疲れていた。そう、何かがじわじわと迫ってくるような感覚があり、それが僕の意識を覆っていた。実際、迫ってきてるのはビギーであって、得体が知れないわけではないのだけれど、その存在感が不思議なほど大きく感じられた。僕はその感覚を軽く振り払うように頭を左右に振り、ベッドから抜け出した。
休日ではあったけれど、今日からやることが山ほどある。ビギーが家に来るための準備をしなくてはならない。まずケージを買わなきゃならないし、餌も準備しなくちゃならない。それに少しは部屋を片付けておくべきだろう。正直、どこから手をつけるか迷うが、まぁなんとかなるだろう。僕は適当な服を引っ張り出して着替え、スマートフォンを手に取る。そう、まずはドレラに報告しなきゃ。
「おはよう。今日ケージとか買いに行くよ」と簡単にメッセージを送る。
返信はすぐに返ってきた。
「おはよう!楽しみにしてるね。ビギーもきっと喜ぶよ!」
返ってきた答えが少し期待していたものと違っていた。そう、僕は一緒に行くことを期待していたのだが、残念ながらそうはならなかった。
ビギーが喜ぶ?まあ、そういうのはわからないけど、ドレラがそう言うなら、きっとそうなんだろう。ともかく、僕は今日の予定をざっと頭の中で整理して、朝食を軽く済ませることにした。
ビギーのいるペットショップのある駅に着いて(もちろんドレラの住む街でもある、ついでにいうとミキモト君もだが)、改札を出ると、突然後ろから誰かに肩をつつかれた。そんな経験をしたことがなかったので、僕は周囲が驚くほど大きな声を上げてしまった。改札を通過した人が足を止めてしまうほどに。
「ごめん、驚かせようと思って…」
振り返ると、そこには申し訳なさそうにしているドレラがいた。肩にかかる黒髪が、ほんの少しだけ風に揺れている。
「え、なんでここに?」僕は驚いて尋ねる。
「一緒に買い物に行きたかったから」と、ドレラが少し照れたように、瞳を少し伏せながら笑った。その表情で僕はまた反応が遅れた。そんなこと言われると思っていなかった僕は、しばらくの間、頭が追いつかなかったが、すぐに気を取り直して、「そっか、ありがとう。てっきり今日は一人で行くつもりだったから驚いたよ」と返した。
「だって、ビギーのための買い物でしょ?ちょっとワクワクしちゃって…それで、そうだ、キネン君を驚かせようって」と彼女は目を輝かせながら言った。ドレラはそんなふうに思ってくれてたんだ。
「駄目…だった?」
僕の困惑した様子を見て、ドレラは少し不安そうな表情に変わる。
「い、いや、そんなことないよ。ただ、予想外でびっくりしちゃって」と、僕はすぐに答えた。その答えに安心したのか、ドレラは少し照れくさそうに笑って、「よかった」と呟いた。
僕の答えと表情で安心したのか、彼女は悪戯っぽく笑いながら「あとね、ミキモト君も誘おうかと思ったけど、今日は用事があるって」と付け加えた。
「そうなんだ」と言いながら僕は心の中でガッツポーズをした。ドレラが一緒に来てくれたことが嬉しくて堪らなかったけれど、頑張って表情に出ないようにした。
ドレラと一緒に歩きながら、ペットショップへ向かった。道すがら、彼女は興奮気味に「ねぇ、ビギー元気かな?」とか「今日は何買うの?」とか質問攻めにしてきた。
僕は知っている限りのキバタンについての情報や、今日の買い物の内容を簡単に説明した。ドレラは僕の話を興味津々に聞いてくれて、それがまた心地よかった。
店に入り、「まずは…」と僕が言いかけた瞬間、ドレラが嬉しそうに「ビギー!」と声を上げて、彼のいる場所に向かって駆け出した。僕は彼女の後を追いながら、少し笑ってしまった。まるで子供のように、彼女ははしゃいでいる。今までと同じ場所にビギーはいて、前方の何かを見つめていた。
恐らくではあるけれど、僕たちに気づいた様子ではある。が、微動だにせず、僕たちを見つめている。ドレラが「ビギー、また会えたね!」と言うと、ビギーはほんの少しだけ首をかしげた。
「ビギー、また会えたね!元気だった?」と、ドレラはにこにこしながらビギーに語りかけた。何かを見ているようで、何も見ていないようにも見えるその瞳には不思議な輝きが宿っていて、なんだか彼女の言葉が理解できているように思えた。それを見てドレラが「やっぱり、ビギーも私のこと覚えてるんだね!」と、はしゃぎながらケージを撫でる。
「ドレラ、もちろんビギーも大事だけど、今日はそのビギーを救うためにさ…」
「わかってるって」そう言うとビギーに向き直り、
「ビギー、今日は君の新しいお家を準備しに来たんだよ。もう少しだけ待っててね」と、声をかける。ビギーはほんの僅かだけ嘴を開く。そんなビギーの様子に、僕らは顔を見合わせて笑った。
ドレラが周りを見渡して、「ねえ、ケージはどこかな?」と言った。
【続く】
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