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【連載小説】アナザー・ガール アナザー・プラネット #5.0

そのまま彼女は前回と同じように階下に消えていった。屋上に一人残された僕は、呆然としつつも、ひたすらイギー・ポップについての話を僕に浴びせ続けた彼女を、そしてその言葉たちが発せられた彼女の口元を思い返していた。けれどそれは少しづつ薄れていき、彼女の三日月を思わせる下唇の形だけが記憶に留まり続けた。フェンスの向こうで名前のわからない小さな鳥が何かを啄んでいたけれど、それが何かは分からなかった。

それをなんとなく眺めながら、僕はイギー・ポップに会う方法を少しだけ考えてみた。でも、何も思いつかなかった。イギー・ポップに会うってどういうことなんだろう。なんだか雲を掴むみたいな話だった。

それからまた彼女からのアプローチは無くなった、と言いたいところだけど、次のアクションはすぐだった。その日の放課後、帰ろうとする僕を捕まえ、そのまま学校近くのファミレスに連行されたのだ。

帰りのホームルームが終わると、いつもは知らぬ間にいなくなっている彼女が、僕の机の前まで来て、小声で、「ちょっとついて来て」と耳打ちしてきた。僕は言われるがままに、せっせと帰り支度をして、彼女のあとに続いた。素直についていく僕もどうかとは思うけれど、正直言うと彼女に興味を持ってしまったのも事実で、正確に言えば、半分くらいは自分からついていったとも言えた。

僕は彼女に振り回されている。気持ち的にも体感的にも。そしてそれが嫌でもない。彼女が可愛いから?うん、確かにそれは否定できない。でも、それだけではない、不思議な言動や素振りにどこか惹かれているのかもしれなかった。

校門を通り過ぎ、生徒たちの姿がほとんどなくなるまで彼女は一言も話さなかった。それどころか一度も振り返らなかった。そんな様子でも彼女の後を付いていく自分はなんて健気なんだろうと情けなくなった。そしてすこし悲しくもあった。

しばらくして彼女は突然立ち止まった。彼女の先にある建物はどこにでもある街のファミレスだった。
「ここでいい?」

相変わらず彼女の言動は突飛だった。少しずれているというか。
「いいも何も、何がなんだかわからないよ」

「そう、じゃあここにしましょ」

同意も了解もないのに、彼女は歩き出し、ファミレスのドアを開けた。

社員と思わしき中年の男性店員に案内され、窓際の4人席に向かい合って座った。今の時間は保育園帰りに子供を連れておしゃべりに来ている、いわゆるママ友の集まりが多く、それなりに賑わっている。ママたちの笑い声や、子供の甲高い声が混ざり合って、店内の雰囲気を形作っている。僕らは場違いな感じがしなくもない。

そんなわけで、僕と彼女はこうしてファミレスで対峙したというわけだ。

「ねぇ、ファミレスのドアってなんで二重なの?」

「いや、知らないよ、なんでだろう。室内の温度調節とかそういうのと関係してるんじゃない?」

「そう」
端から答えを期待している様子はなく、もうすでに他のことを考えているようだった。弾まない会話に句点を打つように、パートのおばさんが水を運んできて、注文はお決まりですかと、定型文を唱えてきた。
僕は少しだけカッコつけて、普段は飲まないアイスコーヒーを、彼女はアイスティーを注文した。一応昼食代の残りのお金はあるので、大丈夫だろう。でも二人分はちょっと厳しい、心配は心配だ。

「で、今日は・・」

「待って、待って。いきなり連れてこられて、何の前振りもなく本題に入ろうとしてます?」

「前振り?何か必要なの?」

不思議なんだけど、彼女のこういう言動に腹は立たない。彼女は本当に本心でしか言葉を発していない、そんな気がするのだ。だから何かおかしなことを言っていたとしても、受け止めることができるし、受け止めてあげようという気になるのだ。

「いや、別にいいけど。でも一応言っておくと僕にだって都合とか考えとかあるんだ」

「でも、来てくれたじゃない」

「いや、まぁそうなんだけど」

次の言葉が出ない。完全に彼女のペースにはまってしまっている。

「いい?喋って」

「うん」

「作戦会議よ」
「作戦会議?何の?」
「決まってるじゃない、イギーに会うためのよ」

この前の話は終わっていなかったのだ。彼女は本気のようだ。いや、いつだって彼女は本気だった。

「どうやって・・・」

「だ、か、ら、それを今から考えるのよ」

「そうなんだ・・・」

「何、そのテンションの低さ」

「いや、だって・・・」

先程と同じ店員が注文した飲み物を運んできて僕らの前に置いた。レシートを乱暴にレシート入れ(正式な名前はわからない)に入れて立ち去ると、彼女が紅茶をストレートで飲み始めた。僕も格好つけてブラックでいこうかと思ったが、さすがに苦くて飲めないと思ったので、ミルクとガムシロップを入れた(普段はカフェオレだって飲まない人間なのだ)。

うら若き女子高生(しかもかなりかわいいと僕は思っている)とファミレスで二人きりでおしゃべり。普通の男子高校生なら狂喜乱舞の出来事なんだろう。いや、正直僕も嬉しい。そしてかなり緊張している。

でも、話す内容が、イギー・ポップで、しかもその彼に会うための作戦会議。荒唐無稽、無理難題、艱難辛苦すぎるだろ。
でも、正直いうと、普通の(この場合、僕の知らないという意味に近いけど)高校生の男女が何を話すかなんて、僕にはわからなかった。何故かって?経験がないからだ。でもほぼ100%、今この地球でイギー・ポップについて語りあおうとしている高校生の男女はいないんじゃないかって思ってる、これは確信に近かった。

(続く)


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