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【小説】ウルトラ・フィードバック・グルーヴ(仮)㊳

件名:こんばんは。カズマサです。
本文:つかぬことを伺いますが、カセットテープを再生するラジカセとかプレーヤーをお持ちでないですか?

 これだけの文章を打つのに15分を要した。何度も消去して、打ち直し、送信するのをやめようっとも思ったが、思いとどまり、一応の完成をみた。残すは送信ボタンを押すのみ。数分の逡巡の後、ようやくカズマサは送信ボタンを押した。
 「送信中」の表示が「送信しました」に変わる。恥ずかしさと安堵が入り混じる。カズマサは携帯をベッドに放り投げ、天井を見上げた。ここ数日考えることと言ったらカセットテープとナナミのこと、この二つだけだった。他のことは何も考えられなくなっていたし、どうでもよくなっていた。こんなことは今までなかった。音楽に夢中になることはあっても、1曲にここまで固執することはなかったし、女の子のことが気になっても、ここまで頭の中を占領することはなかった。一つのことでも考えるのが苦手なカズマサにとっては、二つを同時に処理することなど到底できそうもなかった。しかもこの二つは切り離せるようなものではなく、どちらかが欠けた瞬間、もう片方も消滅してしまうのではないかと思えた。
 ナナミ。彼女といると心地よかった。彼女の笑顔も好きだ。彼女のすべてが好きだ、と言えれば格好もつくところだが、カズマサは彼女のことを全然知らなかった。もっと彼女のことを知りたいと強く思う。静かにベッドに沈み込むケータイを見ながら、その思いを強くした。

 その後何度かケータイを確認してみたが、彼女からの返信はなかった。仕方がないので明日学校で再びテープを聴こうと決めた。カズマサは風呂に入り、寝る支度をした。部屋のデジタル時計は23時を少し回ったところだった。

 いろんなことがありすぎたせいで、カズマサはかなり疲れていた。けれどもどうやら眠れそうになかった。試しにベッドに横になってみたが、眠りはやって来そうになかった。いつもなら音楽で気持ちを落ち着かせるところだが、そんな気にもなれなかった。何度か体勢を変えたりと試行錯誤してみたが、しばらくして諦めた。そして体を起こそうとしたその時に枕元に置いたままにしていたケータイの変化に気がついた。メールの着信ランプが点灯していた。カズマサは勢いよく起き上がり、ケータイを確認した。届いたのはほんの5分前、ナナミからのメールだ。眠れずにいた頭と身体が、さらに覚醒した。

Re:こんばんは。ナナミだよ。
本文:よそよそしいメールありがとう。カズマサくんらしくて笑ってしまいました。ウォークマンなら持ってるよ!あのテープ聴きたいんでしょ?いいよ!いつがヒマ?

 カズマサに今まで味わったことのない興奮と緊張が訪れる。返信メールを打とうとするが、頭と指先がうまく連動しない。いつもの倍以上の時間がかかってようやく返信メールの画面にできた。

件名:Re:Re:こんばんは
本文:夜遅くにごめん。ウォークマンの件、是非お願いします!!明日学校が終わったらヒマです!時間はそちらに合わせます!よろしくお願いします!!

 3回ほど読み直し、送信ボタンを押す。すると今度はすぐに返信があった。

件名:オッケー!
本文:じゃあ4時に「NINe Records」でどう?

 カズマサもすぐにオーケーのメールを返した。これで明日になればテープが聴ける、そしてナナミにも会える。カズマサにとってはこれ以上ない成果だった。そのせいで到底眠れそうになかったが。

 カズマサ自身もいつ眠りに落ちたのかわからない。けれどその夜カズマサは夢を見た。ナナミとどこか知らない街を歩いている。目的地はわからない。ふと立ち寄った喫茶店。二人はコーヒーと紅茶を頼む。普段カズマサはコーヒーを飲まない。苦いだけの飲み物としか思えないからだ。少女の前で大人っぽい所を見せたいのだろうか。ウェイトレスが注文を聴き、二人はそれぞれ思索にふける。カズマサはカバンから本を取り出し読み始める。何の本なのかはわからない。少女は窓の外を眺めている。コーヒーと紅茶が運ばれてくる。少女は砂糖もミルクも入れず、カップを口に運ぶ。カズマサも負けじとブラックのまま飲む。コーヒーの苦味が口の中に広がるが、無理して表情を変えない。二人の間に言葉はない。二人が同時にカップをテーブルに置いたその瞬間。まるでそれが合図であったかのように、店のスピーカーから音楽が流れ始めた。美しい女性の声。穏やかで、初めて聴くのにどこか懐かしい曲。二人は言葉を交わさない。その音楽に耳を傾ける。曲が終わりを迎える前に、その夢は唐突にそこで終わった。(続く)


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