【連載小説】アナザー・ガール アナザー・プラネット #71
母親と妹は一瞬驚いたように見合ったが、すぐに母親が微笑んで、
「か、彼女とかですか?」とわざと驚いたように言う。さらに母親が言い切る前に妹が、言葉を乗せる。
「なわけないじゃん。兄貴に。まさか」
ここで乗っかってはいけない。本題はそこではない、ビギーなのだ。
「うん、まぁ、違うけど。そこはどうでもよくてさ、預かっていいかどうかなんだけど」
「ふうん、なんだか不思議な話だけど、あなたがお願いしてくること自体珍しいし、ちょっと意外だけど、面白そうじゃない?」と穏やかに言った。妹も別段気にする様子もなくというか、むしろ興味を持ったみたいで
「良いんじゃない。で、どんな鳥なの?その何とかっていうオウム」
と聞いてきた。
僕は二人に知る限りのキバタンの情報を伝えた、イギーのことは言わずに。たぶんここ数年で最も長い時間二人に向けて話をした気がする。二人はいつもと様子が違うことを感じとったみたいで、わりと真剣に話を聞いてくれた。
「ふうん、賢い鳥なのね。期間限定のレンタルペットって感じでいいかも。どのくらい預かることになるの?」
「数週間て感じかな。状況が整えば短くなると思う」
スマートフォンを駆使し、動画やら画像やらを見ながら聞いていた妹はその姿や仕草にも興味を持ったようで、
「なんかかわいいし、ちょっと楽しみかも」と、意外と言ってはなんだけど、ポジティヴな反応を見せてくれた。
「とりあえず、オッケーってことでいい?」
二人はお互いを見て、微かに頷き、代表するかのように母親が「いいわよ」と言った。
僕は少し拍子抜けしつつも、ホッと胸をなでおろした。
「ありがとう、ちょっと不安だったけど、良かった」
そう言うと、母親は、
「あなたの珍しい頼みですから」と、笑顔で返してくれた。
妹も「ビギーって名前、なんか可愛いし」と積極的な態度を見せた。本当の反応は、ビギーが来てからじゃないとわからないが。
「じゃあ色々準備を進めるよ。ありがとう」と感謝の気持ちを二人に伝えた。
「あ、父さんには…」
自分も含めて、父親の存在をすっかり忘れていた(もし機会があったら父親についても少し語ろうと思う、けどそんな大げさなものではない)。
「私から言っておくわ。ま、大丈夫でしょ。というか預かってる間に帰ってくるかもわからないけど」
「そうそう、大丈夫大丈夫」
「うん、それならいいけど」
夕食を終え、部屋に戻った僕は、椅子に腰掛けながら無事に交渉が進んだことに安堵していた。しかし、その安堵の裏側で、これからの準備についての不安も浮かんでくる。ビギーのためにケージや餌を揃えたり、住環境を整えなければならない。お金の心配はイギーのお陰で不要だ(母と妹が気にしなかったことも不思議ではあるが、実際にビギーが来たら訊かれるだろう)。しかし、ビギーが実際に家に来たとき、母や妹がどんな反応を示すかも気になるところだ。
それよりも、もう一つ、僕の心に引っかかっていることがあった。イギーが言っていた「ある人」についてだ。イギーは「信頼できる人物」と言っていたが、その言葉が頭の中で何度も繰り返される。どんな人物なのだろうか?彼が言う「信頼できる」とは、ただの友人や知人ではないだろう。それ以上の何かがあるのかもしれない。イギーからの連絡はまだない。
とりあえず現状をドレラにメールした。きっと喜んでくれるだろう。
メールを送った後、静かに机に肘をついて、窓の外を見つめた。夜の静けさが部屋に染み込んでくる。僕の頭の中は「ある人」のことでいっぱいだった。イギーが言う「信頼できる人物」という言葉が、何度も反芻される。「信頼」とは、どういうことなのか。それは単なる「信頼」とは違うのかもしれない。もっと深く、もっと根源的なものを指している気がする。
僕はスマートフォンを手に取り、再びドレラにメッセージを送ろうとしたが、指が止まる。彼が「ある人」を紹介するまで、何も動き出さないのだろうか?そんなことを考えながら、頭を振り、思考を切り替えようとした。だが、心のどこかでその「ある人」が、自分の未来を左右するような存在であることを感じていた。現実の重みが、すぐ近くに迫ってきている。
机に置かれたスマホが振動する。ドレラからの返信だった。
「ありがとう。すごく安心した。きっとビギーにとって良い未来になるよね」
良い未来?その一文が、僕の中に妙な不安と期待を同時に呼び起こした。これまで僕はただ、目の前の現実を無難に過ごしていただけだった。学校、家、友達との何気ない日々。でも、今、僕の周りの世界がゆっくりと動き出している気がした。
僕は深呼吸して、椅子に背をもたれた。頭の中で考えが錯綜する。イギーが語るその「ある人」は、どこか存在が希薄で、現実の枠を超えた存在のように思えた。イギーの存在、そして僕たちとの関わりに現実感が未だなさすぎる。本当に現実に起きていることなのだろうか。それとも僕が何か大きな勘違いをしているのだろうか。
考え込んでいるうちに、外の風が一瞬強くなり、窓ガラスがかすかに震えた。その音で現実に引き戻される。ビギーが来る前に、やるべきことは山積みだ。ケージを買いに行って、餌の準備もしなくては。家のどこにビギーの居場所を作るかも考えなくてはならない。
それでも、頭の片隅には「ある人」の存在がずっと残り続けていた。
(続く)
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