見出し画像

【連載小説】アナザー・ガール アナザー・プラネット #8.0

そこから会話は途切れてしまった。彼女は飲み干して氷だけになったコップをストローで回し続けていた。氷と氷が当たる固く湿った音が心なしか僕を責めているような気がした。
彼女の気持ちを盛り上げるような話をしたかったが、そこではたと気づく。彼女のことを何も知らないことに。前に少しだけ聞いてみたときもやんわりとかわされてしまったし。かといって女子高生を喜ばせることのできる話題を提供できるわけもなく、こんなときどうしたらいいか本当にわからなかった。

そんな苦しいほどの沈黙を破ったのは彼女の方だった。

「キネン君は違う誰かになりたかったことってある?」

「違う誰か?」

「そう。キネン君ではない、違う他の誰か」

「憧れている人とか、そういうこと?」

「近いけど、ちょっと違う。100%まるまるその人になるってこと」

「考えたこともなかったな。正直いうと憧れている人とかもいない・・かな」

良い答えじゃないのは自分でもわかっていたけれど、そう答える以外になかった。こういうとき話上手な人は、たとえ嘘でも気の利いた答えを用意できるんだろう。でも僕はそうじゃなかった。きっと彼女につまらない人間だと思われただろう。

「ふーん。じゃあ、好きになった人はいる?」

「え?・・・」

話の流れからすればアイドルとかアーティストとかについてだってわかる。でもこのときの僕は目の前にいる(正確には目の前でうなだれている)彼女に言われた言葉に激しく動揺してしまった。

「いや・・・いない・・かな?」

「そうなの?ミュージシャンとかそういうのも?」

「あ、ミュ、ミュージシャンとかね」

「うん、スーパーヒーローとかアニメキャラとかもいなかった?」

もちろん健康で健全な男子高校生であるからして、いないこともなかったが(「好きな人」を聞かれてパニックになってる時点でどうかとも思うけど)、気が動転して何も出てこなくなってしまった。ようやく、しかも彼女の方から話題を提供してくれた、この細い糸を断ち切るわけにはいかない。僕は必死で考えた。ヒーロー、ミュージシャン、芸能人、アイドル、アニメキャラ、何でもいい、出てきてくれ。そう、彼女の憧れるイギーのような存在だ。助けてくれイギー。

イギー?僕は突然彼女を喜ばす方法を思いつく。これしかない。

「そ、そうだ、ジョジョ、ジョジョに憧れてた」

「ジョジョ?」

「そう。『ジョジョの奇妙な冒険』のジョジョ」

これは半分本当で半分ウソだ。中学生のときにハマってかなり夢中になった。でも憧れたりはしていない。波紋とかスタンドとか、憧れるというより、別の世界の話と捉える方がマトモだろう。でも中学生ならむしろ憧れるのか、いや今はそれを考える時間じゃない。

女子高生の間で『ジョジョの奇妙な冒険』がどれほどの知名度かは測りかねるが、少なくとも彼女は全く知らないようだ。いけるかもしれない。

「そう、『ジョジョの奇妙な冒険』っていう少年漫画があるんだ。結構有名な作品だよ。冒険アクションものって感じかな」

「ジョジョ・・」

彼女が何かを確認するかのように口にだしてみる。そう、食い付いてこないのは予測済みだ。勝負はここから。

「結構長く続いていて、1部2部って別れているんだ。で、僕がおすすめするのは第3部。たぶん世間的にも第3部が一番人気なんじゃないかな」

「第3部・・・」

大丈夫、きっと彼女は「あのキャラクター」に反応してくれる。

「でね、ジョジョにはたくさんの登場人物がいるんだけど、そのキャラたちの名前がミュージシャン名やバンド名、楽曲やアルバム名が元ネタになってることがわりとあってプリンスとかストーンズのアルバム名とか、パール・ジャムとかレッド・ホット・チリ・ペッパーズとかまで出てくるんだ」

スタンドとかチリ・ペッパーズの「ズ」はつかないとかややこしい話はしないようにした。目的は彼女を喜ばすことだから。その成果か、彼女の身体に少しだけ力が入ったのがわかった。明らかに次の言葉を待ち構えている。

「その第3部に犬のキャラクターが出てきて、こいつがメチャクチャクールな犬なんだ」

実際僕も大好きなキャラクターだった。これは嘘じゃない。

「で、もう察しがつくと思うけど、そいつの名前が・・」

「イギー・ポップ!!」

彼女はまさに飛び上がるように起き上がり、僕が言う前にその名を叫んだ。パフェを食べ終えて満足そうにしていた隣の席の二人の子供がびっくりしてこちらを見た。

「ねぇねぇ、どんな犬なのイギーって」

くるくる変わる空模様のように機嫌を直した彼女が急かすように聞いてくる。姿勢も最初のお行儀よいものに戻っている。

「うん、まぁ、ポップは付かないでイギーってだけなんだけど明らかにイギー・ポップから取られたものだと思う。で、イギーはまさに愛すべきキャラクターで、性格はちょっと難あり、犬のくせにかなりふてぶてしいんだけど、主人公たちと旅をして戦いを重ねていくうちに根はいいやつでしかも誇り高い精神の持ち主だってわかってくるんだ。たぶん作者も好きだし、読者の人気も相当高いと思う」

僕の「憧れ」の話は完全にどこかに行ってしまったが、それは別に構わない。むしろ彼女がしっかりと食い付いてきて作戦が完璧に成功したことに満足していた。

(続く)


サポートお願いします。全力でクリエイター活動に邁進します。