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【連載小説】アナザー・ガール アナザー・プラネット #45.0
興奮気味の彼女は話を続ける。
「じゃあさ、イギーの好きな曲とか過去に演奏したことある曲とか調べたらその中にあるかもしれないよね?」
「うん、やってみる価値はあるというか、そのへんからしか調べようがないというか」
「なんかいいかも、キネン君。私、テンション上がってきた」
「そりゃ、イギーのことだもんね」
「うん、それももちろんだけど、探偵とか推理小説みたいじゃない?真実に辿り着く、みたいな」
「そうかな」
「キネン君は楽しくないの?」
「いや、そんなことないよ」
君といれるだけでだいぶ楽しいよ、なんてことを言う勇気は僕にはない。
「でも、ほら、ただイギーのこと調べるんじゃなくて、ビギーを助けるってのが最重要事項だから」
「そうだね、うん、急がなきゃ。急いで、キネン君」
勢いよく振ったサイコロの目のように気持ちや行動が切り替わる。翻弄されるっていうのはこういうことなのかもしれない。でも、嫌じゃない。ほんの数メートル先を跳ねるように歩くドレラに遅れないよう僕は彼女の後を追った。
「ねぇ、どこで動画観るの?」
僕は素朴な疑問として聞いてみた。前と同じようにファミレスにでも行くのだろう。
「キネンくんの家」
「え???」
「駄目なの、前は良かったのに・・・」
「いや、え、ほら、なんていうか、その、ね」
「駄目…なの…?」
なんだか目を潤ませているようにも見える。いや、僕だって馬鹿じゃない、演技だ。演技だってわかっているけど、わかっているけど抗えない。
「いや、まぁ、駄目じゃないけど」
「じゃ、決まり、行こ」
再び跳ねるように歩くドレラ。別にいかがわしいことをするわけではない、健全な、健全な男女だ。二人で一緒に、オウムが歌う動画を見るだけのことだ。親は当然仕事だし、妹も部活だけど、問題ない。いや、誰に言い訳をしてるんだろう、僕は。
僕達は電車に乗り、自宅がある駅で降りた。車内ではミキオ君の軽音楽の話になったが、ドレラはミキオ君が演奏しているところを見たことがないそうだ(もちろん記憶の上で、ということだけれど)。そしてスピッツもフジファブリックも聴いたことがないと言う。今度聴かせてあげると言ったものの興味を持つ可能性は低いかもしれない。どちらも演奏や曲の中でイギー的要素は見当たらないから。
駅を出て、少し歩いたところで、ドレラが質問してきた。
「妹さんて、中学生だっけ」
「うん、中学2年。生意気だし、気持ちの浮き沈みは激しいし、面倒くさいよ」
「部活は何かやってるの?」
「うん、バレー部。なんか小学生の時にバレーのアニメにハマって、それまでほとんど運動したことないのに、中学になったらバレー部入るって言い出して。別に背も高くないんだけどね」
「へぇ、すごいね」
「まぁ、中学から始めたわけだし、運動神経抜群ってわけじゃないから、レギュラーとかではないみたいなんだけどね。でも一応休まず行ってるし、頑張ってはいるみたい」
「妹がバレーしてるの見たことある?」
初めて聞かれたし、考えたこともなかった。
「今言われて気づいたんだけど、そういえば妹がバレーをしているところを見た記憶がない。疲れてソファーで眠ってる姿はいつも見てるんだけど」
彼女は何も言わずに僕を見て、その続きを待っているようだった。
「全然ドレラのこと言えなかったね。お互い弟や妹のことは知ってるようで知らないのかもしれない」
「うん、知らない」
その言葉は明らかに僕に向けてではなくドレラ自身に言っているように聞こえた。
「今度、ミキオ君の演奏聴きに行こう」
「じゃあ妹さんのバレーしてるところも」
「いや、そっちはやめておこう、きっと「うわ、なに見に来てんの、キモい、ウザい、死ね」とか言い出すと思うよ」
「そんな感じなの?キネン君からは想像できない、ちょっと盛ってる?」
「いや全然。でも僕と全く性格が違うのは間違いない」
「ぜひ会ってみたいな。今日も部活?」
「たぶんね。結構ハードみたいで日曜以外はずっと部活やってる」
「キミオもおんなじ。聞かれる前に答えるけど、キミオが剣道やってるところも見たことない」
「じゃあ、そっちも見に行かなきゃ」
それには答えずに、少し考えてから、僕の方を見ないで彼女は言った。
「ねぇ、私と弟たちって、似てる?」
僕は迷うことなく答える。
「似てるよ、すごく。どこがって言われると難しいけど、雰囲気というか纏っているオーラというか。そもそも美男美女だし・・」
ドレラは一瞬だけ立ち止まり、前を向いたまま、小さな声で「ありがと」とだけ言った。その言葉が、似ていることに対してなのか美しいと言われたことに対してなのかは僕にはわからなかった。なぜなら、僕のほうが照れてそれどころではなかったからだ。
そこから数分間は僕らは言葉を発せずに歩いた。その時、ふと彼女の首筋に目がいった。右側のうなじ近く、僕はそこにアーモンドほどの大きさの痣を確認した。形もアーモンドに似ている。色はちょうど皮に包まれたアーモンドと皮を向いたアーモンドの中間といった感じで、肌の上にそっと載せられているような感じだ。よくみなければそこにあることに気付けないくらいだ。今さっきそっとそこに置かれたみたいな印象を受ける。今まで気が付かなかったのは、彼女の首筋をじっとみたことがなかったからかもしれない。視線に気がついたのか、彼女が振り返り言った。
「ん、どうしたの?」
「い、いや別に」
僕はとっさに目を逸らす。何かいけないものを見つけてしまったような、僕だけの秘密を持ってしまったような、そんな感情に捕らわれてしまった。
しばらく伏し目がちに歩く僕を尻目に、ドレラは迷いなく街中を進んだ。時折僕の方を確認したが、すぐに前に向き直り僕の家を目指した。なんだか僕のほうが道を案内されているようだった。
あと数メートルで僕の家というところで、突然ドレラが立ち止まり、僕の前に向き直った。
(続く)
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