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【連載小説】アナザー・ガール アナザー・プラネット #53.0

「さすがです、食井さん。私が見込んだだけあります。ありがとうございます」

気がつくと「Moonage Daydream」は終わっていて、次の曲に変わっていた。食井さんは針を上げ、盤をプレーヤーから取り上げ、皿を回すように盤の具合を目で確かめてからスリーヴに戻した。そしてジャケットに綺麗に収めてから僕たちに言った。

「とりあえず1曲だけでもわかってよかったよ。まぁ、いま店にあるボウイのレコードを一枚一枚聴くのもなんだし、家でゆっくり調べてみたらいいんじゃないかな。高校生に全部買えともいえないからな」

僕らは頷くことしかできなかった。その姿を見て、食井さんが続ける。

「ただ、調べてきたらいつでも掛けてやるよ。ま、ネットやらなんやらで確認できるだろうけどな」

「ありがとうございます」

「うん、私ここで聴きたい。調べたらまた来ていいですか?」
「もちろんだよ、いつでも来な」

「食井さんはいつ居るんですか?」

僕は素朴な疑問を投げかける。

「まぁ、平日はだいたいいるよ。俺ともう一人しか店員いなくて、そいつが土日は入ってる感じなんでね」

「わかりました、学校終わりにまた来ます」

「15時過ぎてたらたいてい開いてるかな」

店員二人、営業開始もだいたいなんて、途轍もなくざっくりした営業スタイルだったが、個人経営の店なんてそんなものなのかもしれない。僕らは再度丁寧にお礼を言い、店を後にした。僕の前を歩くドレラは後ろ姿で喜んでいるのがわかる。

「ねぇ、キネン君。まだ時間ある?」

僕はスマートフォンで時刻を確認した。時計は16時を少し過ぎたところだった。

「うん、大丈夫だけど?」

「ビギーに会いにいきたい」

「うん、行こう。今から行けばビギーの歌を聞けるかもしれない」

今日の分の曲はミキモト君に聞かせてもらっていたけれど、実際に聞いてみたい気持ちもあるし、何よりドレラとの時間を継続したい気持ちで溢れていた。ドレラはおそらく僕が答える前から行くと言うのを確信していたみたいで、歩く速度を緩めず、迷いなく前進を続けていた。

「ねぇ、デヴィッド・ボウイてさ」

突然彼女が立ち止まる。彼女とちょうど並ぶ形で僕も足を止めた。僕は彼女の言葉を待った。

「星になっちゃたんだよね」

その言葉は僕に問いかけたものか、そうではないのか判らなかった。それでも僕は答えを返した。

「うん、そうだね」

詳しくはなかったけれど、当時TVやネットのニュースを賑わせて、音楽ファン以外にも知るほどのものだった。僕ですら知っているのが何よりの証拠だ。ただそこから曲を調べたり聞いたりするまでには至らなかった。奇抜なファッションとかロックアイコンとしての存在を認識したって感じだった。だからこそジギー・スターダストの名は知っていたけれど、曲は知らなかったというわけだ。

「ボウイさんは、ボウイさんだけはイギーの才能をいち早く見抜き、自らイギーをプロデュースしてくれてソロデビューの道まで作ってくれた大恩人なの。その後も一緒にアルバム作ったし、ツアーも回ったし、本当のソウルメイトなの。イギーもあんな眩しい人は会ったことがない、最上の人だって言ってた」

「イギーにそんなこと言わせるなんて、本当にすごい人だったんだね」

「うん、ミュージシャンとしてはもちろん、人間としてもイギーは尊敬していたと思う」

「ちゃんと聞いてみたいな、ボウイさん」

「うん、私も」

僕たちはその後、並んで駅まで歩いた。道中ドレラはイギーがボウイと作った2枚のアルバムについて僕に熱く語ってくれた。駅に着くとすぐに電車が来たのでそれに乗り込み、ペットショップ、つまりドレラとミキモト君の住んでいる街に向かった。反対側(僕の家に向かう方)の電車は帰宅する学生などで混み始めていたが、僕らの方はまだ比較的空いていた。車内での会話はイギーからビギーに移り、それはペットショップに着くまで続いた。ほとんどドレラが話す形になり、中身はビギーを心配している内容だった。

「ビギーはちゃんとイギーとの生活を覚えていて、一緒に歌った歌を今も歌ってる。動物と人間にも友情は芽生えるってことだよね?」

「人間だって動物だし、言葉を話さなくても通じあうことはできるんじゃないかな。あ、ビギーは話すか」

ドレラが嬉しそうに微笑む。

「うん、二人は通じ合えてると思う。ボウイさんと同じく、二人はソウルメイトのはず」

「そんな二人を引き離しちゃいけねいよね、頑張って二人を引き合わせよう」

ドレラが力強く頷く。そんな話をしているうちに僕たちはペットショップに到着した。平日夕方のペットショップは閑散としていて、正直物悲しさを醸し出していた。店員の数も休みの日の半数以下で、心なしか動物たちも静かな気がする。ただ平日のペットショップの平均的賑わいを僕は知らないので、これがいつものことなのか、珍しいことなのか判断はつかない。

僕たちは前回来たときと同じように奥に進み、ビギーのいる鳥籠へと向かった。動く僕たちの姿を目で追うものもいれば、意に介さず眠り続けるものもいた。なんだか僕らが品定めされてるような感覚に陥っていた。

(続く)














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