【小説】ウルトラ・フィードバック・グルーヴ(仮)⑥

 一つ目の信号に近づく。点滅していた歩行者用信号が赤に変わり立ち止まる。公園の端にある青々と茂った木が、風に揺られ、自らの存在を大きく主張していた。カズマサは立ち止まって一息つくと、白い半袖のワイシャツの下が汗ばんでいることに気づいた。駅から立ち止まらず歩いてきたせいだ。行きたくない場所に急いでいるなんて変な話だな、急にそんな考えが浮かび、笑みがこぼれる。少し冷静さを取り戻す。再びカセットテープを思い出す。制服のズボンに手をやる。存在を確かめる。きっとこのテープには何かある。何故かはわからないがカズマサにはそう思えてならなかった。昨日母親に聞いてみればよかった。親父に聞いてみようか?いや、やめておこう、知るはずがない。信号はとっくに青に変わっていた。

 さらに数分直進し、二つ目の信号を左に曲がると、記憶通りの住宅街が眼前に現れた。カズマサはそこから5分ほど歩いたが昼間の住宅街は、一度自転車に乗ったおばさんとすれ違ったくらいでほとんど人通りがなく、閑散としていた。前回来た時とさほど景色は変わっていない。そうこうしているうちに倉庫が立ち並ぶ道幅が少し広い場所に出た。灰色の無機質な壁が並ぶ。倉庫の名前だろうか、所持している会社の名前だろうか、が、その壁に白い文字で書かれているが、薄汚れてほぼ壁と同化している。中には壁自体が剥げ落ちているものもあった。道路を挟んで、左右にある大きな倉庫を各二つ通り過ぎた5つ目の倉庫、これが目的地だった。「大東創亜倉庫」他の倉庫と違い黒い文字で書かれている。

 カズマサが目的地だとすぐにわかったのもこれが理由であった。カズマサはデジタルプレーヤーの再生を停止し、イヤホンを耳から外しポケットにしまった。フェンスの合間にある簡易的な門をくぐり、倉庫の巨大な扉を前にする。赤みがかった鉄の扉は、まるで来たものを拒み、引き返せと睨みつけているようであった。けれどそんなはずもなく、カズマサは重く堅いロックを外し、扉を開けた。中は暗闇だった。埃と熱気が外に出ようとカズマサを襲う。外よりも遥かに暑い。むわっとした空気がカズマサの顔にまとわりついた。
 「誰かいませんか」と言いかけたが、あまりに誰もいそうもないので思いとどまった。非常口のランプだけが何の意味も持たずに灯っている。数秒思いを巡らせた後、カズマサは引き返した。前回来た時にも案内された倉庫裏のプレハブのことを思い出したからだ。倉庫を出て裏へ回ろうと歩き出したときにふいに誰かに呼び止められた。
「何か御用ですか?」年配の女性の声がした。
 

 振り向くと、そこに五十歳くらいであろうか、背の低い女性が立っていた。薄茶色の色付きレンズの眼鏡の奥の視線からは明らかに不審の気配が漂っている。
「え、あ、に、荷物を届けにきたんです」
「荷物?」
「え、あ、えと、父の、父のです」
「お父さん?」ごく微量だが不審の量が減ったようだった。
「はい、森野、森野忠道です」
「あ、森野さん、息子さん?」
「はい、そうです、父がお世話になっています」
 ようやく女性の警戒が解け、柔らかな表情になる。笑顔を向け、お客に対する表情に変わる。
「あら、森野さんの息子さん。こんにちは。礼儀正しい息子さんねぇ。森野さんなら、奥の事務所にいるはずよ、案内してあげるわ」と言って少し先のプレハブの方を指差した。
「ありがとうございます」
 別に案内してもらうほどの距離でもなかったが、女性もどうやらプレハブに戻る所だったようで、カズマサは何も言わずに従うことにした。歩きながら女性は「森野さんにこんな大きな息子さんがねぇ」などと言っていたが、カズマサは、話しかけられているのか、そうでないのか判断がつかなかったため、ただ黙って後に続いて歩くことにした。(続く)

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